第57話 囚われる聖女
セラフィア教会本部をセシリアとアメリー、そして五人の冒険者たちは見上げる。
「でっかいわねぇ〜」
「それをアメリーが言う? 仮にもセラフィア教のシスターなわけでしょ」
「そんなこと言ったって私はただの古びた教会のシスターなわけ。本部に来れる人なんてほんの一握りよ」
「どういうこと? 信者の人って巡礼しにくるんじゃないの?」
「巡礼するにも決められた量の徳を積んでないといけないの。基本セラフィア教ってなにかあっても自分でどうにかしなきゃいけないのよ。私の教会だって財政難だったわけじゃない? だからって本部は助けてはくれなくて、セラフィア様を信じて自分で乗り切りなさいって態度なの。で、乗り切ったらよくできましたと、セラフィア様に感謝なさいというわけなのよ」
説明するアメリーを見ていたセシリアが不思議そうに首を傾げる。
「こう言うのもなんだけど、アメリーってあんまりセラフィア教が好きじゃないって感じの言い方だね」
「ケッター牧師の受け持つメイデン教会は好きだけど、教え自体はちょっとね。巡礼するための徳ってのも結局はお金なわけだし」
「お嬢様方、もう少し静かにされた方がいいですよ」
ささやくテイクの言葉に周囲を見渡すと、自分たちに視線が集まっていることに気がつく。いつもは見せることのない怒りの表情を見せるアメリーに驚き気になりつつも今は話すときではないと、セラフィア教会の門をくぐる。
***
中に入り巡礼の受付をする場所で名を名乗り事情を説明すると、しばらく待たされた後すぐに大広間へと案内される。
セラフィア教が崇める、女神の像は人と同じくらいの大きさで背中に畳んだ翼を携え、頭上に輪っかが浮いており穏やかな表情で静かに目をつぶっている。
──ケッター牧師の教会にある像と違う? 本部と支部で像が違ったりするのかな?
アイガイオン王国にあるケッター牧師の教会にある女神像は両膝をつき、両手を握って祈っている像で翼はなかったはずだと思いながら像を眺めていると頭に声が響く。
『セシリアみたいなのじゃ』
「そういうこと言わないでよね」
アトラの言葉になんとなく引っ掛けるものを感じながら、続く聖剣シャルルの言葉に耳を傾ける。
『あれは、何だったか。たしかカードゲームでレア度の高い大天使の息吹とかなんとかで、遊戯人が作った等身大フィギュアシリーズとかだったような……』
色々なところで遊戯人の名前を聞くものだと思うセシリアの耳に銅鑼の音が飛び込んで来て、意識を強引に音のした方へと向かされてしまう。
「ゲンナディー様のお入りです」
シルクでできたゆったりとした袖口の広い服に身を包む二人の女性に連れられ、これまたゆったりとした真っ赤な服と黒いズボンに身を包んだ、横にかなり太いおじさんが姿を表す。
僅かな段差をヨタヨタと上り軟らかそうな椅子にドップリと座ると、髪のない頭に吹き出た汗をお付きの女性が拭う。
長く広い袖からギラギラと輝く金のブレスレットと指輪のついた手を出し、あごに手を当てセシリアとアメリーをジロジロと見る。
「セシリア・ミルワードと申します。この度は急な訪問にも関わらず謁見頂き感謝いたします」
セシリアが片膝をつき挨拶をすると、ゲンナディーは不機嫌そうな表情でにらむ。
「お前が今話題の聖剣を持つ聖女セシリアか。確かにいい女ではあるが、腹の底はどうなんだろうな、あ?」
「事前にお送りしました手紙の方、拝見頂けたでしょうか?」
ゲンナディーの言い方にカチンときつつも、無視して話しを進めるとゲンナディーは不機嫌な表情をより険しくさせる。
「ああ、見てやった。それで言いたいことがある。そこのシスター、名を名乗れ! あ?」
「アメリー・パイルと申します。アイガイオン王国支部、ケッター牧師が運営のメイデン教会でシスターを務めております」
「ケッター牧師? 知らんな。それよりも二つ言いたいことがある。最近お前のところのメイデン教会は寄付が増えたと報告を受けているが、本部へのお布施額が変わっておらんのはどういうことか、あ?」
「お、お言葉ですが増えたと言いましても子供たちの生活費、教会の改修費を優先いたしまして──」
「うるさい! お前たちの事情は知らん。そもそも子供たちとかの慈善事業の配分は各教会に任せておるはずだ。それが上手くいってないのはお前たちの経営が下手なだけだろが、あ?
寄付が増えたのはセラフィア様の御加護があったから。そのご加護を受けておいてお膝元である本部に還元しないとは恩を仇で返す行為! 冒涜意外の何ものでもなかろうが、あ?」
ゲンナディーの一方的な物言いにギリッと歯を食いしばり口を開こうとするアメリーを、隣にいるセシリアが手を広げ制する。
黙って下を向くアメリーを鼻で笑うと、ゲンナディーは椅子の肘掛けを手のひらで数回叩く。叩く度に指輪が木の肘掛けに当たり耳につく音を立てる。
「そしてもう一つ、なぜセラフィア教会所有地から出てきた貴重な物をお前はそこにいる、聖女とやらに渡した! 所有地から出てきた物の所有権はセラフィア教会にある! 当たり前のことであろう? そんなことも分らんのか? あ?」
バンバンと肘掛けを叩き不満をあらわにするゲンナディーの言葉をアメリーは床をにらんでじっと耐える。
「彼女が困っていましたから、私が尋ねたのです。心配だったとはいえ、私がかなり強引に聞き出してしまったのです。彼女に非はありません」
セシリアが口を挟むとゲンナディーはすぐさまセシリアの方を向きにらみつける。
「非があるかないか、それはワシが決めることだ。それよりも聖女とやら、お前の持つその聖剣だが所有権はセラフィア教会にあることが分かったのだがな。意味が分かるか? あ?」
「聖剣はアイガイオン王国の秘宝であると伺っていますが……」
「それはここ数百年の間に湾曲された歴史だ。元々セラフィア教会の所有物であり、建国の際アイガイオン王国を守護するものとしてセラフィア教会が貸したものだ。つまりはセラフィア教会のものと言うこと。それを許可なく持ち歩き、その奇跡の力を勝手に使って聖女だと偽り人を欺き、最近では背中に翼を持ちセラフィア様を模してセラフィア教会を脅かす不届き者めが!」
セシリアの言葉を遮りまくし立てるゲンナディーの言葉に、聖剣シャルルがセシリアの頭のなかで呟く。
『なるほどな、教会の教えを布教するに聖女セシリアの存在が相当に邪魔だとみえる。此度の黒幕か聞く必要もないほど真っ黒だな』
セシリアはゲンナディーの後ろで優しく微笑む女神の像にグランツの翼を生やした自分の姿を重ね、聖剣シャルルの言葉の意味することに納得する
女神セラフィア様に似た自分の存在が目障りであること、とんでもない偶然だと自分の不運を嘆いてしまう。
「動くな! 怪しい動きをしたら全員引っ捕らえるぞ! 分かっておるな? あ?」
セシリアが聖剣シャルルに話し掛けようと目線を落としたのを見逃さずゲンナディーが怒鳴る。
「まずはシスター、お前はセラフィア教会の所有物を勝手に持ち出し他人に譲渡しようとしたその罪、非常に重い。よって地下牢に投獄とする!」
「なっ!?」
思わず立ち上がるアメリーのことなど無視して、ゲンナディーは言葉を続ける。
「聖女を偽る小娘よ。大人しく聖剣を置いてここから立ち去るか、罪を償うためセラフィア様の元で渾身的に働くか選ばせてやる? これは慈悲であるぞ。ワシとしては罪で汚れたその体を清めてやるのを手伝ってやらんこともない。忙しいワシ自らやってやるのだぞ。あ?」
舐め回すような目でセシリアを見るゲンナディーにため息をつくセシリア。
「私は教会のために働く気はありません。それよりも先ほども言いましたがアメリーに非はありません。どうしてもアメリーを捕らえると言うのであれば私を捕らえればよろしいのではないですか?」
「ぬはははっ! 小娘自ら囚われ我が身を捧げるというのか? さすがは聖女様! よかろう、その心意気に免じてシスターは解放してやろう」
ゲンナディーは興奮気味に立ち上がると、手を叩き愉快そうに笑う。
「聖女とやら、聖剣を置いて離れろ。そこのお前、グワッチを捕らえろ」
セシリアが聖剣シャルルを床に置き後ろに下がると、槍を持った男たちがセシリアに穂先を向け囲みグランツは抱えられてしまう。
アメリーとデトリオたち五人が立ち上がるが、槍を持った兵たちに囲まれてしまう。
「セシリア!」
アメリーが叫ぶとセシリアは微笑む。
「なんとかなるから大丈夫。アメリーは先に帰ってて」
「いやよ! セシリアを置いていけるわけないでしょ!」
泣き出すアメリーを見たセシリアが困った表情で笑みを浮かべると、デトリオたちを見て小さく頭を下げる。それを見た五人は顔を見合わせ小さく頷くと、泣いて取り乱すアメリーの手を取り強引に下がる。
「おい、聖女様を丁重に地下牢へ連れて行け、後でもてなしてやるから丁寧にな」
槍を向けられたまま連行されるセシリアは視線を下に落とすと頭に声が響く。
『シャルル先輩に考えがあるようだし、なんとかなるのじゃ。それにセシリアにはわらわがついているのじゃから安心するのじゃ』
──本当になんとかなるのかな?
アメリーの前では強がって見せたものの、本当は不安でいっぱいのセシリアは泣きたい気持ちを必死で堪え連れて行かれるのである。