第6話 沢山あるお金の使い道
「この度のシュトラウス討伐で町に被害が無かったのはセシリアの活躍があったから」
皆が口を揃えそう発言し讃える。
否定すれば謙虚だと言われ、お金を返すと言えば欲がないと感心される。
もう何を言っても無駄だとくらくらする頭を抱えるセシリアを、未成年でお酒が飲めないし疲れているようだから先に休んでもらいましょうと、メランダの気遣いで宿に帰る流れになる。
誤解は解けていないがずっとここに滞在できるほどセシリアの体力は残っていなかったのもあり、メランダの気遣いを受け帰ることにする。
メランダに導かれ酒場から出る際お別れの挨拶をするのに、セシリア自分自身は引きつった笑顔だと思っていたが、酔っている冒険者たちには優しく微笑んでいるように見えたのか活躍を称える歓声を浴びせられながら宿へと向かう。
***
「うわぁぁぁ~~、はあぁぁぁぁぁ」
メランダと別れ宿のベッドにダイブしたセシリアの、叫びとため息が混ざったは声は今日の濃い一日を表現している。
枕を抱え顔を埋めゴロゴロ転がるセシリアは、枕の影からテーブルの上に置いてある十数枚の金貨の詰まった袋を見る。中身を広げ数えてみると十四枚の金貨が入っていた。
金貨と言えば騎士団の中で給料が一番低いとされている見回りの隊員の月の給料が金貨二枚程度。それが十四枚あるわけだからおよそ半年分以上の給料をいきなり手にしてしまったわけだ。
確かに冒険者をするのにお金が欲しいとは思ったが、今回自分は何もしていないし貰うのは違う気がする。
だがその一方で服や装備品新調したいし少しくらい使いたいとも思ってしまう。それぞれの思いが交差して胸の中でモヤモヤするものを吐き出すように、勢いよく手を広げ息を吐く。
「はぁ~明日からどうしようかなぁ」
仰向けになり腰のポシェットに手を入れると、ブロンズ色に輝く冒険者バッジを手に取って見つめる。
「こんなのも貰っちゃってさ……本当にどうしょう」
自分の実力に対して重すぎるそのバッジの存在を見て、更に憂鬱になったセシリアはバッジを強く握りしめ目を瞑ると疲れていたのかそのまま眠ってしまう。
***
「んん~っ」
カーテンから差し込む瞼を貫く光の刺激と、耳の中で響く小鳥のさえずりに意識をくすぐられ目を開けたセシリアはベッドからゆっくり起き上がり伸びをする。
「ふわぁぁ~あっ……そう言えば服このままだった」
自分の恰好を改めて見て、昨日一日この姿で人前に出ていたのかと今になって恥ずかしい気持ちが湧き上がってくる。
ベッドから離れ部屋の隅にある姿見の前に立ってみる。
見慣れた自分の姿、唯一違うのは一般市民の娘が着る服であること。
地味ではあるが分厚くしっかりとして生地にふんわりとしたスカート。腰の後ろにある大きめなリボンがワンポイントの可愛い服。
お洒落に興味はないがシンプルで可愛らしい服だとセシリアは思う。
自分が着ていなければだが……
破れたズボンしかない今はこの格好で過ごすしかないと考えると大きなため息が出てくるのである。
ぐうぅぅ~
お腹の鳴る音で現実に戻され、何か食べさせろと主張するお腹を押さえたセシリアは自分が昨日から何も食べていないことに気が付く。
「ちょっとくらいなら使ってもいいよな……ついでに服と装備も買おうっかな。そうだなぁ折れた剣も買い替えて、宿代も払わないといけない、その他諸々考えると結構いるな。しばらくの活動資金にミルコの病院代とかも考えるとな……とりあえず四枚は自分の為に使おう。後はそうだな寄付とか? まあ後で考えよう」
金貨の詰まった袋から四枚取り出すと、ポシェットの中へと入れる。そして遅めの朝食を取るため町へと繰り出すのである。
王都の町ともなれば、朝から人も多く市や屋台で賑わっている。
慣れない人混みを掻き分け、鼻を頼りに美味しそうな匂いのする方へと向かって歩いて行くセシリアの耳に大きな怒鳴り声が飛び込んでくる。
「この生意気なガキめ! 今取った物を返しやがれ!!」
「はなせぇっ! 取ってなんかねえよ!」
「じゃあその手の物はなんだ!」
「後で金を払おうと思って手に持ってただけだよ! 離せよ!」
声の方を見ればパンを手に抱える少年と、それを後ろから羽交い締めにして怒鳴る店主らしき男の姿があった。
膝に穴の開いた朽ち気味の服を着た少年と暴れる彼を押さえつけるパン屋の店主。騒動の発端は見ていないが世の中の情勢を考えれば大体察しはつく。
貧困の格差が生み出すその様子は、冒険者として生き成功すれば良いが失敗すれば明日は我が身となりうるかもしれない姿。セシリアは胸を押さえ思わず目を逸らしてしまう。
「ん?」
逸らした先に小さな女の子が震えながら目に涙を浮かべ、少年と店主のやり取りを見ているのが見えた。
所々に穴の空いた服を着た裸足の女の子は、どうしていいか分からず泣き声も出せないと言った様子でただ震えていた。
少年と店主の争う様子を周りの人たちは慣れているのか、驚きもせずに半笑いや呆れた様子で見るなかで、女の子の存在はとても小さく気付く者はいなかった。
少女の表情で少年との関係になんとなく察しがついたセシリアだが、それでも自分には関係ないとその場を立ち去ろうと一歩踏み出す。
目を逸らして背を向けても少女の姿を思い浮かべてしまい、目を瞑るがそれでもなお少女の姿は消えない。
自分の村にいる家族、セシリアの兄妹たちのことが頭を過る。関わりたくない、でも今ここで見捨てるのは冒険者として、人として根本的に違う気がすると腰のポシェットを強く握りしめる。
握りしめたポシェットの中にある硬い感触を指先に感じたとき、セシリアの足は自然に止まりそのまま振り返ると、少年が店の壁に押さえつけられているのが目に飛び込んでくる。
そしてその様子に今にも膝から崩れそうな少女の姿を見たセシリアは、気が付けば少年と店主の前に立っていた。
「なんだあんたは?」
少年を押さえ付けながら、人混みを掻き分け現れたセシリアを怪訝そうな表情で店主は見る。
「あの、パンを売ってください。えっと……その……その子の分も一緒にお願いします」
セシリアはそう言いながら、手に持た金貨を店主におどおどしながら見せる。