第56話 必殺技名は声に出さないといけません
昨晩襲われたことについて、セシリアはデトリオをはじめとするみなに謝りつつ、命を狙われるようになることは予想していなかったことへの認識の甘さを重ねて謝る。
「アイガイオン王国のために動いていて、しかもセシリア様を狙うだなんて考えれるわけありませんよ。俺らの方こそ気を抜きすぎてました、申し訳ありません」
デトリオをはじめみなが頭を下げるのをセシリアは慌ててとめ再び謝るのを、寝ぼけ眼のアメリーは見ているのである。
ハイリツの町はセラフィア教会の町と言っても過言ではなく、質素倹約を軸とし生活する町民は切磋琢磨働き、全国から巡礼に来る信者をもてなし生活している。
国としてどこにも属しておらず、町の中にギルドはなく独自の警備体制を持っている。
五人の中では一番体格のいい男ガオスが、無精ひげをザラザラと擦りながら、居心地悪そうな顔をする。
「なんと言いますか、歓迎されてないと言った感じですな」
「昨晩の騒ぎでも誰も来なかっただろう? まあそういうこった」
テイクの言葉にガオスは眉間に深いシワを刻む。
「ここいらは酒場もないし、情報収集もままならねえ。俺ら冒険者にとっては何かとやりづらいとこだな」
デトリオがボヤくと、ティモとモースたちが何度も頷く。
セシリアとアメリーを真ん中に据え囲い歩く冒険者五人を見る町民の目はどこか冷たく、コソコソとなにか話している姿も見え、居心地の悪さを感じてしまう。
「おそらく私のせいでしょうね。聖女と呼ばれる存在が気に食わないと言ったところでしょうか」
セシリアはアトラが周囲の人の影を移動し集めた情報を口にする。
「聖女セシリア様をぞんざいに扱うなど許せませんね」
「別に私を聖女と呼ばなくてもいいのですけど。少し前まではそれが普通だったわけですし」
「そんな謙虚になさらずとも、誰しもがセシリア様のことを慕って聖女様と呼んでいます。ここの町民もセシリア様と直接話せばその凄さがすぐに分かるでしょうに」
聖女と呼ばなくてもいいと言うのは、セシリア自身の本音なのだが、謙虚だと思われたティモに速攻否定される。
何を言っても無駄だとため息をつきながら正面を見たとき、先頭のデトリオとテイクが足を止める。
二人の背中越しにぴょこぴょこと覗くアメリーをセシリアが引っ張って制する。そんな最中にチラッと見えたのは真っ暗な長い髪を後ろで一本束ねた少し痩せ気味の男。
鋭く細い目に僅かに痩けた頬のせいで頬骨が出ている。そして何よりも特徴的なのが腰に刺す長い剣。その形状はセシリアが今まで見たことがなく細めで非常に長く、の柄形状も独特なものであった。
「こんなところで出会うなんてなんのようですかね? 久しぶりに会ったからご挨拶って柄でもないでしょうに」
テイクが皮肉っぽく言うと男は表情を変えず剣の柄の上に手を添える。
「聖女セシリアだな。ここを通りたければ剣を抜いて俺と戦え」
男はボソっと言い放つと長い剣の柄に手を添え体を低くし構える。
『ほう、あれは居合の構えだな』
「居合? なにそれ?」
『剣を鞘の中で滑らせ抜くことで高速で斬撃を放つ一撃必殺の剣術だ。まさか根付いていて使い手が育ってるとは面白いものだな。話した本人も漫画の知識しかなかっただろうにな』
セシリアの頭のなかで何やら感心したような聖剣シャルルの声が響くが、目の前にいる男の殺気にデトリオたち五人もそれぞれ武器に手を掛け臨戦態勢に入る。
「お前たちには関係のないことだ。俺はそこにいるセシリアとやらに勝負を挑んでいる」
さらに殺気立って構える男に対し五人も武器を抜き構える。
「グンナー さんよ、基本的に冒険者同士の争いってのはご法度でしょ。仮にも五大冒険者の二位であるあんたが、率先して破るってのはいかがなものですかね?」
「それを差し置いても聖女セシリアの実力を試してみたいわけだ。聖女の放つ一撃は空を切り裂き大地を割ると聞く。その強さに触れてみたいと思うのは武を極める者としては至極当然なこと」
話しにならないと言ったところで、グンナーが柄を握り右足を大きく一歩踏み出した瞬間にガオスが大盾を構える。
「天鳴一閃!!」
グンナーの横に薙ぎ払われる一閃をガオスが大盾で受け止める。その脇から姿を現したティモが剣を構え突進するが、横に走った剣線は一瞬で鞘に戻り縦に走る一閃と変わり戻ってくる。
「くそっ、はええっ!!」
ティモは剣で受け止めるが、剣線に押しきられ地面に叩きつけられる。その少し前にテイクによって放たれた投げナイフの攻撃は体を一回転させながら前進しつつ、放つ抜刀による回転攻撃が全てを弾きテイクごと吹き飛ばす。
「霧消一祓」
グンナーが静かに剣を鞘に納める。
「ねえ、なんであの人さっきからぶつぶつ言ってるの?」
デトリオの影に隠れるセシリアが聖剣シャルルに尋ねる。
『あぁ、あれか。グンナーとか言う男の詳しい流派名は分からんが、遊戯人が伝えた武術は大抵必殺技名を叫ぶ必要があるのだ。そういう風に伝わったと言った方が正しいか』
「へえ~なんだか面倒なことするんだね。無駄じゃない?」
『手間よりカッコよさが大切なのだ。それに気持ちの入り方が違うのだぞ、実際強いであろう? それよりもグンナーとやらを大人しくさせんと怪我人どころではすまなくなるぞ』
聖剣シャルルの声でセシリアは慌ててグンナーの方を見ると、ガオスとモースが一閃により大きく後ろに下げられているところだった。
「ど、どうしよう」
『いつも通り姫プレイを行い、セシリアによる一撃で決める』
「一撃ってあの人無事でいられないんじゃ。それにみんなを巻き込んでしまうよ」
『まあ任せておけ、おっといつもと違う構えでいくぞ。いつも言っているが形が大事だ』
聖剣シャルルの言っている意味はよく分からないが、言葉を信じセシリアは隣で戦いの様子を興奮気味に見ているアメリーの肩を叩く。
「アメリー、危ないからちょっと後ろに下がってて。デトリオさん、あの人をなんとか止めてみせます。一撃を放つのに時間がかかるのでその間守ってもらえますか?」
セシリアに言われアメリーは期待に満ちた目でセシリアを見つつ木の陰に隠れて覗く。そしてデトリオはセシリアの方を振り返り爽やかな笑顔を見せる。
「姫による一撃ってヤツですね。これで勝機が見えるってもんです、正直俺らだけじゃどうにもならないんで助かります」
「私だけでもどうにもなりませんよ。みなさんの協力あってこそですから」
微笑むセシリアの言葉に頬を赤くしたデトリオが慌てて前を向いて盾と剣を構える。
デトリオの後ろで鞘の先端を地面につけ、聖剣シャルルを斜めに持ち柄に手を添え重心を低くし構え、静かに目をつぶる。それはやや居合に似た構え。
その姿を見た四人と目が合ったデトリオが大きく頷くと四人も頷き返す。そしてグンナーもまた口角を上げニヤリとすると居合の構えをとる。
「三尾龍閃」
三匹の龍の尾が同時に振られるような斬撃が三本空間を切り裂く。大盾を構えたガオスが体ごと斬撃を押し込み、さらにガオスの体をテイクが背中で押し斬撃を受け止めると、バランスを崩すガオスの横で回転しながらテイクがナイフを投げる。
剣を抜くまでもないと地面をタンタンと移動しナイフを避けたところを、ティモとモースの剣が左右から襲う。
「天鳴・凩」
急な風が吹くさまは冷たく吹き荒れる凩のようで、ティモとモースが剣を弾かれ左右に吹き飛んでしまう。
剣を収めた隙をねらい、間合いを詰めたデトリオが盾を構えつつ剣を振り上げる。それを僅かに抜いた剣の刃で受け止め柄を押し、デトリオの体勢を崩すと回転しながら剣を抜き振り降ろす。
先に構えていた盾で斬撃をなんとか受け止めたデトリオが、グンナーをにらみつつ笑う。
「ここまで実力差があると嫌になっちまうが、あんたは勝てねえよ」
盾ごとデトリオを吹き飛ばしたグンナーの視界に聖剣シャルルを構え魔力を溜めるセシリアの姿が映る。
「凄まじい剣気、俺も奥義にて迎えよう」
グンナーが居合の構えをとり、目をつぶり構えるセシリアを見据える。
「超高速の抜刀、シンプルだがなによりも強い一撃。お前にかわせるか?」
グンナーが剣を抜こうとしたとき、セシリアが目を開くとともに僅かに聖剣シャルルを抜く。紫の瞳に刀身が放つ紫の閃光が一瞬走り抜ける。
その瞬間だったグンナーの手に痛みが走り持っていた剣を落としてしまう。
ガチャンと音を立て地面に転がる剣を居合の構えをしたままのグンナーがゆっくりと見下ろす。
「えーっと、紫電乃霹靂です」
セシリアが人差し指でグンナーを差して技名を告げると、グンナーは膝から崩れ地面に手を付く。
「み、見えなかった。俺のスキル『完全動体視力』を持ってしても何も見えなかった……」
「あ、あの~、ここ通ってもいいですか?」
地面に手をついたままブツブツ呟くグンナーに尋ねてみるが、答えは返ってこず目を見開いたままである。
「行きましょうや。無視しても問題ないでしょ」
困っているセシリアのもとに集まったデトリオたちが肩をすくませ、行き先を指差す。セシリアはグンナーを見てペコリと頭を下げると、目的地であるセラフィア教会本部へと歩みを進める。
負けたショックよりも、セシリアの放った剣筋が全く見えなかったことの方に大きくショックを受けるグンナーだが、セシリアは少しだけ聖剣シャルルを抜いて光らせただけで実際は、影に潜むアトラがセシリアの影を伸ばしてグンナーの手を叩いただけである。
「紫電乃霹靂……技名もカッコいい……」
ついでに技名にも敗北感を感じていたりするグンナーである。