第53話 刺激はないが歴史はある
草むらを掻き分け歩くグランツは我が身が小さくなったことに感動していた。
何百年と生きてきても見たことない、グワッチという鳥の視界から見える世界はどれも新鮮で草の一本一本が、小さな虫たちが生命にあふれているように感じる。
そもそもヴァンパイアという種族がら日光はあまり好きではなく、夜を徘徊していた身なので日の光を浴びながら歩く行為自体が楽しかったりする。
小さな鼻をくちばしごとスンスンと揺らし微かにどこからか漏れる魔力を辿る。
時々視界に入る虫を食べたいと思うのはグワッチの本能。
でもグランツは元誇り高きヴァンパイア。グッと堪えて、近くにあったポンポン草をモシャモシャと食べる。
コツンッ
グランツの平べったく水かきのある足に何か固いものが触れる。
ポンポン草を飲み込みながら下を見ると鉄でできた四角いものが地面に埋まっており、その一部が露出しているのが見えた。
グワグワッ!!
グランツの鳴き声で周囲を探索していたセシリアたちが集まる。
***
草を抜き土を払うと薄汚れた鉄の板が姿を表す。端の方に鍵穴のようなものがあったので、ナイフを突き立て捻ると運良く解除できたので、板を持ち上げると中にレバーが現れる。
恐る恐るセシリアがレバーを引くと地面が揺れ出して、地面の一部に真っ直ぐ亀裂が入る。
セシリアが近づき、調べつつ隙間からアトラを忍び込ませる。
『階段があるのじゃ。奥までは届かんから分からぬが広い空間がありそうじゃぞ』
アトラの声を聞いたセシリアは、地面の隙間に聖剣シャルルを差し込み魔力を集めると軽く開放し強引に地面の隙間を広げる。
ドンッ!! と鈍い音が地面を揺らし大きく開いた地面には階段が姿を現し地下へと伸びている。
「セシリア、階段が出て来たよ。どうする行くの?」
「うん、行くよ。危険を感じたらすぐに逃げるから。アメリーはここにいて」
「ううん、私も行く。本がいっぱいあるかもしれないし」
「あ、え、あぁうん。暗いから足もとに気をつけて」
聖剣シャルルを紫色に輝かせその光を頼りにセシリアとアメリーは地下へ伸びる階段を下りていく。
階段の先にあったのは鉄でできた扉。鍵も手を掛ける場所も見当たらない扉をよく見ると真ん中に線が入っており、さらに上の方に隙間が見えたので再び聖剣シャルルの先端を差し込み魔力によって扉を強引に開ける。
左右に開いた鉄の扉は人が一人余裕で入れるほどの隙間でセシリアたちを迎え入れる。
中に入ると真っ暗な空間が広がり、聖剣シャルルの照らす光で棚やら大量の紙が散乱しているのが確認できる。
「片付けができない人が住んでたのかしら? だらしないわね」
「あ、うん……」
アメリーに言われたくないだろうなと思いながら曖昧な返事をしたセシリアの頭にグランツの声が響く。
『セシリア様、至極最近に魔力が大きく動いた痕跡を感じます。残り香のように宙を漂っている魔力は今の方向へ進めば濃くなると思われます』
セシリアは自分の目の前の方に聖剣シャルルを向け光を照らすと先へと進む。進むとすぐに壁にぶつかる。
「ガラス? こんなに大きくて分厚くて、しかも凄く澄んでる」
セシリアたちが普段見るガラスの質はそこまでよくはなく、直ぐに割れるし透明度もそこまで高くない。ゆえに自分の背よりも大きくさらに奥まで見える透明度の高いガラスを初めて見たセシリアとアメリーは驚き見上げる。
『魔力回路か……まさかこんなところにもあるとはな。グランツ、さっきからお前の感じている魔力の質はあれと同じか?』
『間違いなく同じです。あちらに見える扉の隙間から漏れた魔力がこの辺りに漂っていると思われます』
『ふむ、問題はなぜあれが動いたかだが……あれは確か我と同じで魔力を集め集約して動作するはず。となると……アトラよ、このコーアプの丘から前に我とセシリアがアントンを討伐したと教えた場所の方向は分かるか?』
『ちょっと待つのじゃ。北がこっちじゃから東の方向、あっちじゃな』
セシリアの影が指さす方を見た聖剣シャルルがしばらく黙る。セシリアは頭の中で三人による会議を聞いているわけだが、いつの間にか三人が役割分担し微妙に噛み合ってることに驚いてしまう。
『セシリアよ、あくまで過程の話だが目の前にある機械は魔力回路と呼ばれるもので異世界渡りを行うための装置。そしてこの装置を起動するためには膨大な魔力が必要となるのだが、魔力を得るために地下に配管を根のように張り巡らせ魔力をかき集め溜めるわけだ』
聖剣シャルルの説明の途中で、セシリアの頭のなかで先ほど言っていたアントン討伐の言葉と地中に根のように張り巡らせるの言葉が重なる。
『察したかもしれんが、おそらく我が放った一撃によって膨大な魔力を得た魔力回路が動き出し、異世界渡りが行われた可能性がある』
「つまり、ニャオトは私たちが呼び出しちゃったってわけ?」
『うむ、その可能性があるという仮説だが』
頭のなかで響く聖剣シャルルの声に答えたセシリアの前に、心配そうな表情のアメリーが顔を覗かせる。
「大丈夫? なにか降りてきたってやつ?」
「あ、うん。この機械みたいなのに危険だから近付かない方がいいって。そう言えばアメリーが例の本を拾ったのっていつぐらい?」
「本を拾ったの? 一ヶ月半前くらいかな? その前にサボってここに来たのは四ヶ月だけどそのときは落ちてなかったんだよね」
「うっ、アントン討伐の後か……」
「そうだ、ここに来た目的はより刺激的な本を探すためだったの! ここ不気味だし、早く例の本を探して帰りましょうよ」
セシリアの腕をぎゅっと握るアメリーがキョロキョロと周囲を見渡す。ブレないなと感心しながらこの部屋について何か手がかりがないか探すと、すぐに机に置いてある埃まみれの白い表紙の本が目に入る。
パラパラとめくると遊戯語と数字が沢山並んだページが続く。セシリアには読めるわけもなく後半のページまで流すがその手を止める。
「ここからサトゥルノ文字が使われてる……」
「なになに? 刺激的なやつあった?」
真剣に読むセシリアの隣に立つアメリーが興奮気味にのぞき込んでくる。
「なにこれ? 魔王?? 魔族との戦いにおける遊戯人の有益性を……意味わからないんだけど」
「うん、多分すごく大切なものかも。これがあれば王様に話ができるかもしれない」
「そうなの? それにしてもここ埃っぽいだけでなんにもないの。さっき薄い本があったからうきうきで拾ったら字の練習帳とか書いてるのよ。ガッカリだわぁ」
セシリアはアメリーが手に持つ本を、アメリーの手ごと掴む。表紙には『遊戯語⇔サトゥルノ語 単語帳 字の書き方』と手書きで書いてある。
「アメリー、これもらえる? 凄く役に立つかもしれない」
「これ? 別にいいけど」
「ありがとう!」
アメリーの手をぎゅっとにぎり嬉しそうに喜ぶセシリアの姿に、例の本は見つからなかったが胸のなかがキュンっとするのでここに来たのは無駄ではなかったと、思わず垂れそうになるヨダレを拭きながらどさくさにまぎれセシリアを抱きしめるアメリーなのである。
もちろん幸せに浸るアメリーをセシリアの影がにらんでるなんてことは知らないわけだが。