第50話 ピクニックは新たな出会いと新たな目覚めをもたらす
ピクニックと言えば聞こえは良いが、これがなかなか大変なのである。
セシリアは元々平民の出身であり、政界との繋がりはないに等しい。
そんなセシリアのためにとアイガイオン王が配慮し行われたのが、聖女セシリア様とお話をしようをコンセプトに開催される『聖女とお茶会』である。
ちなみに先日、城の中庭を利用し各家から社交デビュー間近の若い娘ばかりが集められ顔合わせが開催されている。
予想よりも遥かに多い参加者にセシリアも愛想笑いを続け疲れ果て、帰ってから倒れ込むように寝てしまった。
本日は少し人数を絞って城から少し離れた小川の近くでピクニックと相成ったわけである。
女子がたくさん集まる、セシリアだって男である。少し前までならそんな行事に参加出来るとなればそれなりにテンションも上がったことだろう。だが聖女として参加している今は違う。
彼女たちの会話は主に音楽と絵のことから、家々の事情や自慢、そして恋愛絡みの噂である。
全く事情の分からないセシリアは苦笑いという名の微笑みを浮かべ、静かに頷いて聞くことしかできない。
田舎から出てきた一般市民の娘など本来なら無視されるか、攻撃の対象となりかねないが、アイガイオン王自らの命であり、将来はアイガイオン王国、メンデール王国などの王子または権力者と結婚することが決まっているとされる聖女セシリアに楯突く者などいるわけもなく。各家から必ず聖女セシリアとの繋がりを作れとされている彼女たちのアピール合戦にセシリアの微笑みは引きつる。
だが、話したがりが多いなか嫌な顔もせずに静かに聞いてくれるセシリアの姿勢に、繋がりを作る前提を除いてセシリア自身の評価がさらに上がっていく。
そんなこととは知らずにセシリアただただ聞き続けるのである。
「セシリア様これをご覧ください! この間お父様に買って頂いた真珠のブレスレットですの」
ピクニックに真珠のブレスレットつけて来るとは、貴族とはよく分からないものだと思いながら、セシリアは話し掛けてくる女の子を見る。
金色の髪を後ろで束ね、気の強そうな顔立ちの女の子の名前はカトリナ・メンドール。
アイガイオン王国でも有名な貴族であり、今日来たメンバーのなかで一番アピールが激しく、他の子を押しのけてでもセシリアに近づいていく。
メンドール家と言う有名なお家柄もあり、その家の末っ子であるカトリナの高飛車でワガママな性格であることは貴族界隈ではわりと有名であった。
このピクニックにおいても、この場を仕切ろうとする強引な振る舞いに困惑している子たちが多数いたが、そんなことはお構いなしにみなを押しのけセシリアに自分の身に着けているブレスレットを見せる。
「私のお気に入りなんですけど。セシリア様とお近づきの印に特別に差し上げますわ」
手につけているブレスレットを外そうとするカトリナをセシリアが慌てて手を押さえて止める。
「私は冒険者として戦うから、もらってもせっかくのブレスレットが傷ついてしまいます」
セシリアはカトリナの手を押し微笑む。
「それにそのブレスレットは、カトリナさんの腕が一番似合っていますからそのまま着けててください」
「え、ええ……分かりましたわ」
カトリナの立ち振舞に周囲の娘たちが首を傾げる。いくら相手が聖女であろうとも日頃のカトリナであれば強引に手渡し恩を売るような発言をしていたはず。だが、今のカトリナはどこかしおらしく勢いがない。
噂と違う姿に周り不思議がるが、何よりカトリナ自身が首を傾げていたのである。
(なぜか聖女セシリア様の前に立つと調子が狂いますわ。)
カトリナが自分の胸元を押さえると、心なしかいつもより心臓の鼓動が速いように感じる。
(風邪でも引いたのかしら?)
なんとなく火照った顔を手でパタパタと仰ぎ従者を呼ぶと、小川へと向かい水を汲ませ濡れたタオルで顔を拭く。
水に濡れた顔に当たる風は、火照った顔を急速に冷やしてくれ、心地良さをもたらしてくれる。
少し離れた場所では、カトリナがいなくなったことでセシリアにみなが一斉に押し寄せ我先にと話し掛けているのが見える。
それを見てどこか心の奥がモヤモヤすると服をギュッと握り首を横に振ると、従者にタオルを渡し下がるように命じると小川を覗き込む。
カトリナは緩やかに流れる水に映る自分の顔を見つめ小さく息を吐くと、ゆらゆら揺れるカトリナも息を吐く。
(私、こんな顔をしてたかしら?)
カトリナがどこか元気のない自分の顔を見つめていたそのときだった。小川の水が突然盛り上がり何かが立ち上がると大きな影がカトリナを覆う。
顔にかかる水しぶきが引き金となりカトリナが悲鳴を上げる。ピクニックに流れるのどかな時間を引き裂く悲鳴に、娘たちは状況を把握できずに体を強張らせパニックに陥りかける。
「みんなここにいてください。大丈夫ですから」
セシリアの落ち着いた声と背中に生えた白い翼の美しさに目を奪われ、落ち着きを取り戻した娘たちの瞳に聖剣を手にし地面を滑るように走るセシリアの姿が映る。
両手で頭を覆い隠し身を小さくし屈むカトリナを突然の浮遊感が襲うと、温かい何かに包み込まれる。
「怪我してない? 大丈夫だから安心して」
優しく語りかける声の方を見上げたカトリナは、自分がセシリアに抱かれていることに気が付く。そしてそれと同時に初めての顔合わせのときに、つまずいた自分を支えてくれセシリアの胸元に抱かれた記憶がフラッシュバックする。
一瞬セシリアと目が合うが思わず逸らしてしまい、胸元に顔を埋めることになったカトリナの鼻をセシリアの使っている香水の匂いが抜ける。
(なんでしょう、セシリア様の匂い、凄く落ち着きますわ。そしてなぜだかドキドキしますの。)
思わず顔を埋めてしまうカトリナに困惑するのはセシリアである。助けにきたはいいが、がっちりしがみつかれ動きにくいなと思いつつも、よほど怖かったのだろうとそのままにしておく。
聖剣シャルルの鞘に手を掛け小川から出てきたものを見る。
性別はおそらく男。お世辞にも綺麗とは言えない長黒い髪は水に濡れ顔に張り付き、眉とヒゲがボサボサで王都では珍しい眼鏡らしき物を掛けている。
口には長く曲がった筒状の物をくわえ筒の先端から呼吸音が聞こえる。上半身はアバラ浮き出たガリガリの体に右手にも魚を持つ。下半身はパンツ一枚でウエストの部分にカニのハサミらしき物が見える。
「変態だ……」
セシリアが思わず呟くとカトリナがギュッとセシリアの服を握り体を震わせる。
「何者ですか?」
「◎✕、◯◯△!?」
男はよく分からない言葉を叫ぶ。その動きは腕で自分をガードしてセシリアたちに向かってくるというよりは、命乞をしているように見える。
ただよく分からない言語を叫ばれればそれなりに怖いもので、思わずセシリアも鞘を持つ手に力が入ってしまう。
『そやつの言葉!? 遊戯語だ。おそらくそいつは遊戯人に違いない!』
「遊戯人!? この人が」
聖剣シャルルの声に反応したそのとき、周囲を警備していた兵士たちが集まり一斉に男を取り押さえる。
「セシリア様! お怪我はありませんか?」
「ええ、はい、私は大丈夫です」
警備隊長がセシリアに駆け寄り声を掛けるとすぐに膝をつき頭を深々と下げる。
「不審者の侵入を許してしまい申し訳ございません。この責任我が身を持って取らせていただきます」
「いえ、ここから侵入してくるなどは誰も思いもしませんでしたし、次回からは小川付近にも兵を立てればいいかと思います。王の方には私の方からそう進言します」
「くっ……セシリア様。この恩忘れません」
不審者の侵入を許した責任を取って罰を受ける覚悟を見せる警備隊長に慌ててフォローすると、警備隊長は感極まって目頭を押させ頭を下げながら警備兵たちのもとに戻る。
「ふう、兵士の皆さんも大変だね。カトリナさん、怪我はない?」
自分の胸元でぎゅっと身を強張らせたままのカトリナに声を掛けると、カトリナは潤んだ瞳でセシリアをじっと見る。
「怖かったね、もう大丈夫だから。えーと、歩ける?」
セシリアは心なしか頬も赤いカトリナを見てよほど怖くて泣いていたのかと思いつつも、あまり密着されるのは辛いので離れて欲しいなと優しく肩を押してみるが、カトリナはジーっとセシリアを見つめている。
セシリアはどうしていいか分からず困った笑みを浮かべカトリナを見る。
(誰よりも早く駆け付け私を助けてくださり、兵たちにも気を遣うお姿。
そして心配ないよと微笑みながらそっと肩に触れ私の震えを押えてくださる優しさ。)
カトリナは気付く。今激しく胸を打つ鼓動が恋であることに。
(私、セシリア様が好きなのですわ! これが恋!! 胸の鼓動が心地よく感じますの。この熱い想いを伝えたい! でも焦ってはダメですわ、落ち着きますのよカトリナ。)
頬を赤く染めもじもじし始めるカトリナを見て、どうしていいか分からず押えていた肩から手を離すとカトリナはハッとした表情をしてすぐに名残惜しそうな目で自分の肩を見る。
「セシリア様、私とお友達になっていただけませんか?」
「え? お友達。うん、いいですけど……」
なんでこの場面から友達になる流れになったのか分からず困惑気味になるが、了承するとカトリナは満面の笑みを見せる。
「嬉しいですわ、セシリア様! このカトリナ、必ずあなた様のお隣に立ってみせますわ。きゃっ、言っちゃいましたの!」
嬉しさ爆発と言った感じで、興奮気味に宣言すると顔を真っ赤にしてセシリアのもとから走り去っていく。
「あ、え? 走れるくらい元気そうで良かったけど、変わった子だな」
現状をよく理解していないセシリアが走り去るカトリナを見送るその下で、影から小さく歯ぎしりが聞こえてきてたりする。