第5話 広がるよ!セシリアのスキル
怪我をしている人を目の前にして思わず握りしめてしまったポシェット。セシリアはふと、この中に先のクエストで納品しようとしていたポンポン草が入っていることを思い出す。
簡単な傷を癒す効果のあるこの草は、魔力がない者でも使用することが出来るのが最大の特徴である。
誰でも使え効果を発揮することが出来るため、この世界では幅広く使用されており、家庭の常備薬とも言われている馴染みの深い草である。
セシリアは冒険者の男の手を握ると、ポシェットから取り出したポンポン草を男の傷口に当てる。
男の手を握るセシリアに注目が集まるが、それは羨ましさと嫉妬の混ざったもの。
嫉妬の視線だとは思いもよらないセシリアは、周りの注目を浴びていることに気付き周囲を見渡す。
よく見れば皆、小さいがあちこちに掠り傷があることに気が付く。
(ついでだ、別に減るものでもないし、スキルを使っとくか。)
この世界には『スキル』と言うものが存在する。それはときに大きな力を発揮し人を救う力にもなるが、多くの場合は戦闘や生活において『ちょっと便利』程度のものである。
スキルを所持する数は一人一つが原則だが、希に二つ以上持っている者もいるという。
セシリアのスキルは『広域化』アイテムの範囲を単体から複数に広げるなかなか便利なちょっぴりレアなスキル。
ただしどんなアイテムでも効果があるわけではなく、ポンポン草のような低レベルなアイテムに限られる。
セシリアの手が、ほんのりと柔らかな白い光に包まれる。
その優しい光は怪我をした男の手に移ると、傷を包み込み傷をゆっくりと消していく。
そして傷を癒した光はポンと弾けると小さな光の粒となりふわふわと宙を漂い、近くにいた人へと舞い降りる。
降り立った光は別の人の傷を包むとほんのり光った後、また弾け小さな綿毛のように宙に舞うと、また別の人のもとで優しく弾け小さな粒を周囲に広げていく。
そしてまた別の人へと舞い降り傷を癒していく。
(想像以上に効果が広がったなぁ)
村にいたころそんなに活躍する場がなかった広域化のスキルが七、八人の冒険者に広がったことに内心驚きつつ、手を握っていた男に声を掛ける。
「傷、治っていると思います。痛みとかありませんか?」
セシリアに声を掛けられた男は自分の手を見て、何度か手を握ったり広げたりを繰り返した後無言で手を掲げる。
「治ったぞぉぉ!! 痛くない!!!!」
男が叫ぶと、周りの冒険者たちもそれぞれ自分の傷があった場所に触れながら叫び始める。
「俺も治ったぞ! しかも今朝寝違えた首まで治ってる!」
「ん?」
ここでセシリアは首を傾げる。ポンポン草にそんな効果あったっけなと。
「俺なんか四十肩も治ってるぜ!」
「視力がよくなった気がする!」
「ん? ん?」
セシリアは左に右に首を傾げる。
「持病の腰痛が治ってる! しかもなんだか力が湧いてくるぞ!」
「あぁ、確かに体が熱くて力がみなぎってくる感じだ!」
「本当だ! 今なら数倍の力が出せる気がするぜ!」
「いや……そんなわけない……気のせぇ」
「「「「「うおおおおおおおっ!! やってやるぜぇえええ!!」」」」」
セシリアに向かって歯を光らせ飛びっきりの笑顔を見せた男たちは叫びながら武器を掲げ門を勢いよく飛び出すと、破竹の勢いでシュトラウスの群れを討伐していく。
その活躍にみんなが驚き何があったのかと驚き話す様子を、セシリアは変な汗をかきながら苦笑いをして見ることしか出来なかった。
***
結果を言えば快勝。群れでやって来たシュトラウスを門の前までで討伐出来たのは、冒険者たちの頑張りがあってこそなのは間違いない。
ただ、冒険者に怪我人こそいれども、町への被害が無いに等しいのは奇跡に近い。
それもこれも戦闘の後半、破竹の勢いで活躍した冒険者たちの存在があったからだと皆が口を揃えて言う。
じゃあなんであんなに活躍出来たのかと聞けば、冒険者たちはセシリアから力を貰ったと言い。それを見ていた人たちも奇跡の瞬間を見たと興奮気味に証言する。
結果、セシリアが一番活躍したと皆が言う訳である。
町一番の大きな酒場を貸し切り、それでも入りきれない冒険者たちが道に溢れる酒場のステージにセシリアは立っていた
セシリアの前にはギルドマスターが立っており、2人はステージ上で向き合っている。
ギルドマスターの横に立つメランダが手に持っていたトレーを差し出すと上にのっていた白い袋と、小さな何かをギルドマスターが手に取る。
「此度の活躍見事であった。その功績を称え登録階級をブロンズへ、そしてこの討伐の報償金を納めてくれ」
ギルドマスターがセシリアにブロンズで出来たバッジを手渡し、さらに金貨の沢山入った袋を手渡すと、拍手や口笛が鳴り響き、歓喜の声が上がる。
冒険者には階級があり、入ったばかりは『階級無し』スタート。そこから『ウッド』『アイアン』と活躍と共に階級は上がり、『ブロンズ』『シルバー』『ゴールド』、更に上へと上がっていく。
階級はいわば信頼と実績の証。多くの冒険者が『アイアン』や『ブロンズ』で止まることが多い世界で、登録初日に『ブロンズ』へ上がることなど滅多にない。
それもセシリアのスキルが超レアなスキル『アビリティー・インプルーブメント』いわゆる『能力向上』系だと皆が認識してしまっているかららである。
スキルは基本、使う人自身の助けになるものがほとんどで、他人を補助するスキルは珍しく、ましてや他人の能力を上げるとなるとそれは『超レアスキル』と判定されるわけである。
そう言った事情から、超レアスキル持ちであること考慮されたセシリアは異例の『ブロンズ』スタートということになったのだ。
実際にそんな効果はなく、ただの勘違いであるが信じる力は強く、保持しているスキルを他人に見せることも出来ない世の中において、セシリアの否定の言葉は謙遜にしか聞こえない。
ギルドマスターに差し出されたブロンズのバッジと金貨の入った袋を手にして、ステージ上でオロオロするセシリアにメランダが見た目がマイクに似ている棒を差し出す。
魔法が込められた道具であるそれは、見たままマイクと同じ働きをするメガホーと呼ばれる魔道具。
「セシリアちゃん、一言どーぞ」
セシリアに向けられたメガホーに冒険者のたちが歓声を上げて沸き立つが、すぐにセシリアの言葉を待つため静かになる。
ただでさえこの場に立っている意味も分からないのに、みんなの注目を浴びて何を言えばいいのかも分からないセシリアが目をキョドらせながらステージ上から周囲を見渡す。
みんなの期待に満ちた目にさらされ、取り敢えず何か言わなきゃと震える口を必死に開け声を絞り出す。
「あの……えっと、今日はお疲れ様でした。それでその、オ……わた、私は何も出来てなくて。その、ちょっと傷を治しただけで、本当は皆さんが頑張ったから、町が守られたわけで、つまり前線に出て戦った皆さんが凄いわけです」
自分でも何を言っているか分からないセシリアの言葉を、メランダが何度も小さく頷き、最後に大きく頷いた後メガホーを自分の口に当て冒険者たちの方を向く。
「まずは冒険者の皆さんお疲れ様でした! そして今日、セシリアちゃんはほんの少し手助けしただけで、活躍したのは前線に出ている皆さんなのです! 私の活躍よりも皆さんの活躍を讃えたい! そう仰っていますよ!」
ノリノリで喋るメランダの言葉に酒場が沸き立つ。
「謙遜しなくていいぞぉ!!」
「健気だぜ!」
「セシリアちゃんの活躍は皆が認めてるんだぜ!」
称賛の声に違うんだと手を振って否定しようとするが、手に持った金貨の袋が邪魔で片手しか上手く振れておらず、みんなの声に手を振って応えているみたいになってしまう。
そもそも自分のスキルはそんなレアなものではないし、能力向上なんて効果もない。
勝手に勘違いされているだけなのだが、階級やらお金やら渡され挙げ句称賛の声まで受け、自分がもらうべきではないのにと申し訳ない気持ちになると同時に、この状況から逃げ出したいのも相成ってセシリアは金貨の袋を掲げ大きな声で訴える。
「そのっ、本当に活躍してませんし、このお金も受け取れません! このお金は皆さんで使ってください!」
「なんと!? 皆さんの活躍を称えこの場はセシリアちゃんがご馳走すると言ってますよ! 皆さんどうするんです? いいんですか? セシリアちゃんにそんなことは言わせて!」
メランダの微妙に改編された翻訳は煽りまで追加されてしまう。
「気持ちだけで十分ぜぇ!」
「セシリアちゃんに金を出させるような奴はいねえよな。ここは俺が出すぜ!」
「いいや俺が出す!」
「なんだと俺が出すに決まってんだろ!」
セシリアの代わりに誰が飲み代を出すのかを競い合う姿を見てセシリアは、今はもう何を言ってもダメだと悟るのである。