第46話 メンデール王国に聖女を!
トントンと数枚の書類を机の上で整えたメンデール王国ギルドの受付嬢であるクミンが目の前にいるセシリアを見て微笑む。
「到着初日にメンデール王国を陥れようとした魔族を討ち、ミミル王子を救い、王様と王妃様の笑顔を取り戻すなんてさすが聖女様ですね。
アイガイオン王国での数々の噂は聞いていましたが、正直あまりにも凄すぎて疑問を持つ人もいたんです。ですが今回のメンデール王国でのセシリア様の活躍を知って疑う人はいません。みんなセシリア様に感謝してますよ」
「いえ、たまたま行った先に今回の原因であった魔族がいただけで、後はジョセフさんとロックさんが助けてくれたから解決できたんです」
「ん~噂通り本当にえらぶらないんですね! そんなセシリア様だからみんなが好きになっちゃうんですね、分かります。私も好きになっちゃいましたもの」
クミンに褒められ、セシリアが顔を赤くしながら首を横に振るとますます褒められると言う好循環を生み出す。
***
「ふう~疲れたぁ。次は王様との謁見ですね」
「はい、メンデール王との謁見の後、そのまま王による国民へ向けての聖女セシリア様の功績を称えるお披露目。そこでセシリア様から国民への挨拶の予定となっています。その後は、我が国を救ってくださった聖女セシリア様のためのパーティーの開催となっています」
馬車に揺られるセシリアが隣にいるメンデール王国の兵士に話掛けると、今日の予定を教えてくれる。
個人的にメンデール王国を訪れただけだったが、魔族に操られ人質となっていたミミル王子を救い、魔族を討ち取っただけで終わらずメンデール王国が戦争を起こそうとしていたわけではないと、アイガイオン王に進言した聖女セシリアの功績を持って、国の正式な来賓として扱われることとなったわけである。
別の馬車に積まれた荷物のなかに、仕立て屋のエノアが絶対にいるからと無理矢理持たせたドレスがあることを思い出し、感謝すべきなのだろうかと複雑な気持ちになるのである。
胸から腹部まで刻まれた聖痕があるため人前に肌を見せれない、と言うことになっているため着替は一人で行うのだが、慣れない服にセシリアは苦戦する。
「ここのボタンをとめればいいのかえ?」
「うん、多分そう。背中のボタンとか難易度高過ぎだし。アトラがいてくれて助かったよ。ついでに髪も留めてくれる?」
セシリアの影から出てきたアトラが着替えを手伝うが、アトラ自身も胸に布を巻くだけで服を着る習慣がないため着付けは若干ぎこちないが、いないよりはましである。
「セシリアの役に立てたのなら本望なのじゃ」
「そう、アトラは役に立つからね。だから呼んだとき以外はあまり出ないでくれると助かるんだけど。特に湯浴みのときとかはやめてね」
後ろで腰に手を当て胸を張って自慢気にしていたアトラだが、セシリアの言葉に一転不満そうに体をくねらせる。
「わらわはセシリアの恋人ゆえ、背中を流すくらい許してほしいのじゃ」
昨晩の湯浴みのとき突然影から飛び出て来てセシリアを洗うと言って効かないアトラをなんとか説得して、背中だけで勘弁してと折れてしまったことを思い出して大きなため息をつく。
「セシリアの背中、濡れた銀の髪の隙間から見える肌。思い出しただけでも胸が高鳴りこうゾクゾクするのじゃ」
『アトラよ、もっと詳しく教えるのだ!』
『そうです。私どもは湯浴みに入れてもらえないゆえ、アトラだけが頼りなのです』
赤く染まった両頬を手で押さえくねくねするアトラの周りで、カタカタ、グワグワと剣と鳥が騒ぎ始める。
「先輩方落ち着くのじゃ。わらわは禁書を読んだことがあるゆえ、絵心には自信があるのじゃ。今度絵にてその色気を表現してみせるのじゃ」
『なんだと!? アトラは禁書を見たことがあるのか!』
「ふふーんなのじゃ」
『禁書とはいったいなんなのですか? 私にも分かるように教えて下さい!』
得意気に胸を張るアトラの周りをグランツがバサバサ羽ばたきながらぴょんぴょんと飛ぶ。カタカタ、グワグワ、ニョロニョロと騒がしいことこの上ない。
トントン。
ドアがノックされる。
「ほら、迎えの人が来たからみんな静かにして」
セシリアの声で聖剣とグワッチそして影へと戻る三人を見ながら、禁書ってなんだろう? と気になりつつ後で聞こうと思うセシリアは返事をしてドアを開ける。
***
メンデール王と王妃の前で膝を付こうとするセシリアを二人が急ぎ止める。
「メンデール王国を救った恩人に膝を付かせるわけにはいかん。どうかわしらに顔を向け話してはくれまいか」
そう王自ら懇願されれば立つしかないわけであるが、セシリアの周りにいるジョセフやロックをはじめ兵たちは膝を付き、王たちは玉座に座っているわけである。
警備のためのメンデール王国の兵たちを除けば立っているのはセシリア一人なので、実に居心地が悪かったりする。座らしてくれないかなぁと思うセシリアに王からの称賛の言葉が次々と投げられる。
(この後国民へのお披露目……そしてパーティーかぁ。)
適当に愛想笑いをしながら王の言葉を聞きつつ今後の予定を考えるセシリアだが、王のある言葉で我に返る。
「──といわけで、わしの息子であるミミルとの婚約についてなのだが」
「えっ!? こ、婚約?? えっと……」
まったく聞いてませんでしたなんて今更言えるわけもなく、王の続きの言葉を待つしかないセシリアを置いて、王は手を叩く。
「ミミル、命の恩人である聖女セシリアに挨拶をするのだ」
王の呼びかけに奥の方から出て来たミミル王子はセシリアの目の前までくるとひざまづき、両手にのせたゴールドのリングが立つ布制の台を差し出す。
「聖女セシリア、私を真実の愛で魔族の呪いから解き放ってくれたこと我が身を持って恩を返したい。取り急ぎではあるが職人に作らせたリングを私の愛の証として、私と結婚してくれまいか」
最近よく結婚を申し込まれるものだと変に冷静に思いながら、どう断ろうかと王妃の方を見るとニコニコと微笑んでいる。そこでなにやら思い付いたセシリアがミミル王子の方を向くと優しく微笑む。
「ミミル王子、あなたの目を覚ましたのは母上である王妃様に頂いたラーヘンデルの花の効果によるところが大きいのです。私は花の力を借りただけですから、あなたをが感じたのは私の愛ではなく母の愛かと思われます」
嘘は言ってない。これでミミル王子を納得させようとしたセシリアだが、その言葉に反応したのは王妃の方であった。
「自分の功績を自慢しないその謙虚な言葉。そしてわたくしを立てる気遣い。セシリアあなたとなら素敵な関係が築けると思います。ぜひわたくしの娘として迎えたいのですが駄目でしょうか?」
自分が王妃の娘に絶対になれることはないのだがと困るセシリアの胸元で聖剣シャルルが突然音を立て周囲に電撃に似た魔力を放つ。
一拍置いてため息をつくと、小さく笑みを浮かべたセシリアが口を開く。
「私の手にはこの聖剣があります。それゆえ、どなたからのリングも受け取ることができません。申し出は嬉しいのですが、聖女たる使命を果たす日まで私は歩みを止めるわけにはいかないのです」
聖剣シャルルの言葉を声に出すセシリアの言葉に、ミミル王子は掲げていた指輪をそっと下ろす。諦めてくれたかとホッとするセシリアにミミル王子は強い光を宿した瞳で見つめてくる。
「では、聖女としての役目が果たされたとき、あなたをお妃として迎えれるというわけですね。その役目が果たされるよう私はセシリア、あなたへの協力を惜しみません!」
(えぇっ!? 諦めないのかよ! ってか決意固くなってるんじゃないか?)
シャルルの言葉完璧だろうと思って言ったのに全然違う方向へ話が進み、セシリアは思わず心で叫んでしまう。
「よく言ったぞ! それでこそわしの息子だ! メンデール王国は聖女セシリアを全面的に支援するぞ!」
「ミミル、立派になって……母は今感動してます。わたくしもセシリアを娘として迎えるために協力は惜しみません!」
「父上、母上、このミミル立派な男になってセシリアをお妃とし迎えてみせますゆえ見守って下さい!」
なんだか感動し合う三人を見てとんでもない方向へ話が進んでいると思いながら、国民の前のお披露目でも同様の国を挙げて聖女セシリアを支援する宣言がなされ。「聖女セシリアを我が国に!」コールが響く。
(今後この国に近付くのやめとこ。)
嬉しそうにコールする国民を前にしてそんなことを思いながら、抱きしめる聖剣シャルルをにらむ。
「こうなること知っててあのセリフ言わせたでしょ」
『さーて、何のことかは知らんがこれで二つの国がバックにつく聖女の誕生だ。我のセシリアをまだまだみなに知ってもらわんとな』
『さすが私のセシリア様です! このグランツどこまでもついて行きます』
『わらわのセシリアの魅力が世界に広がるのは嬉しいのじゃ』
頭の中で騒ぐ三人にセシリアは大きなため息をつくのである。