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第45話 大地に影を根付かせて

「結婚!?」


 驚くセシリアの手を魔族ラミアが握り、熱っぽい瞳で見つめてくる。その瞳は先ほどまで泣いていたせいで涙で潤んでおり、それにより一層の艶やかさを見せる。


「そうじゃ結婚じゃ! わらわと結婚してほしいのじゃ」


「ごめん、いきなり過ぎて話しについていけないんだけど、なぜ結婚?」


「そんなの簡単じゃ。わらわがセシリアを好きになったからじゃ!」


 両手を腰に当て胸を張って魔族ラミアは答える。これに反応したのは聖剣シャルルとグランツである。


『セシリアよ言ってやるのだ! セシリアには我というかけがえのない存在がいるのだと! いきなり結婚はダメだ!』


『お待ち下さいセシリア様! 結婚するのだというのであればまずは私と一緒に愛と卵を温めましょう! 温めることが大事なのだと言ってやってください』


 セシリアの背中の翼はグワッチの姿に戻り、卵を手に持ったグランツとセシリアの手にある聖剣シャルルが同時に声を上げる。


「頭痛いから一気に喋らないで! しかも意味分からないこと言い過ぎ」


 セシリアの頭に響く声は賑やかだが、あくまでもそれはセシリアだけの話。

 周りから見れば聖剣がカタカタ震え、グワッチがグワグワ鳴いているだけにしか見えない。


「なんじゃ賑やかじゃの」


 卵を翼に持つグランツの頭を押さえ、カタカタ震えては鞘の隙間から光を放つ聖剣シャルルを床で叩くセシリアを見て魔族ラミアが不思議そうに尋ねる。


「ちょっとこの二人がうるさくてね。えっ? なに? 直接話したい? え~っ、契約って、もう変態枠いらないんだけど」


「なんかけなされとる気がするのじゃが、契約とはなんじゃ?」


 頭の中で二人と会話するセシリアに、魔族ラミアがいつの間にか近付いて腰に手を回し頬が触れるほどの距離に顔を近付けてくる。


「ちっ、近いって!」


「そう固いこと言わなくても良いではないか。わらわとセシリアは結婚するのじゃからこの程度のスキンシップは問題ないのじゃ」


「いやなんで結婚することになってるのさ! ん? あぁ任せる! シャルルたちに任せるからえっとそうだ、ごめんキミの名前は?」


「そうじゃ、まだ名乗っておらんかったの。わらわの名はアトラじゃ」


 アトラは名乗りながらセシリアの頬に自分の頬を擦り寄せる。顔を赤くしたセシリアがアトラを押しながら頭上に手を置く。


「シャルルたちがアトラと話したいみたいだから、とりあえず契約の儀式をお願いできる?」


「契約とかよりわらわは永久(とわ)(ちぎ)りを交わしたいのじゃが」


 頬を膨らませて不満を言うアトラを無視してセシリアは自分の指先をナイフで切る。(にじ)む血を確認し契約の儀式のため手を伸ばそうとするセシリアの手をアトラが握り指を自分の口の中に入れる。


「く、くわえなくていいから。なに? これでもできるの? あぁもう、じゃあ私と契約したいって強く思ってくれたらいいから」


ふひゃーいなひゃしゃ(はーいなのじゃ)


 セシリアの指をくわえるアトラを羽先(はねさき)をくちばしで噛みうらやましそうに見るグランツを巻き込んで白い光がセシリアの目の前に広がる。


「なんじゃここは?」


 真っ白な世界でキョロキョロするアトラの目の前に上から落ちて来た剣が刺さり、白い鳥が舞い降りる。


『我の名はシャルル。そしてここはお前の心のなか。心象というやつだ。そして我のセシリアと契約をする場でもある』


『まったく、私を差し置いてセシリア様に結婚を申し込むとは、順序を分からぬ蛇は困ったものです』


「なんじゃ、剣と鳥が喋っておるのじゃ。化物か?」


『お前に言われたくないが』


 喋る剣と鳥を指さし驚いた表情をするアトラに聖剣シャルルが突っ込みを入れたところでセシリアが咳ばらいをする。


「話が進まないから、それよりも二人ともアトラに話したいことがあるんだよね」


 セシリアが聖剣シャルルをにらむ。


『うむ、そうだ。アトラとか言ったか、我はセシリアの大切な存在であり、我にとってセシリアはかけがいのない存在。つまり何が言いたいかと言えばセシリアを嫁にはやれん!』


「なんじゃと、生意気な剣なのじゃ。これはわらわとセシリアの問題、二人が結婚したいと言っておるのじゃから他人にとやかく言われる筋合いはないのじゃ」


 結婚したいなんて一言も言ってないのに、なんて突っ込みをセシリアが入れる間もなく聖剣シャルルとアトラの会話が続く。


『出会ってすぐに結婚もありだが、まずは互いを知り合うこと。それも大切だとおもわないか? つまり過程を楽しむというやつだ』


「ほう、ちと興味がある。詳しく聞かせてほしいのじゃ」


『恋愛というものを知っているか?』


「なんとなくじゃが知っておるのじゃ」


『なら話は早い、アトラよ。結婚もいいがまずはセシリアとお互いを知り合う時間を楽しむのもよくないか?』


「ちょ、ちょっと待って、シャルルはアトラの結婚を止めるんじゃないの?」


 話しの方向性がおかしいことになっているのに気づいたセシリアが口を挟むと、聖剣シャルルはカタカタと刀身を鳴らす。


『いや別に止める気はないぞ。いきなり結婚は早いのではないかと思ってな。お互い知り合う過程を楽しむのもいいのではないかと助言したくてこうして話しているわけだ。あ、けっしって男の娘と女の子がじゃれるユリユリっぽい要素を楽しもうとかは考えておらんからな。分かっているとは思うが、念のため言っておくぞ』


 突然早口で喋り始める聖剣シャルルにセシリアは軽蔑の視線を送ると、足元にいるグランツを見る。


「一応聞くけどグランツはどう思ってるの?」


 セシリアに話を振られ、グワッと咳ばらいをしたグランツが羽で器用に腕組みをする。


「恋愛、それはお互いの距離の取り方が分からずドギマギする時間。気持ちはあれども伝え方も受け取り方の最適解も分からず試行錯誤。さらには愛しの相手が自分と違う他人に見せるいつもとは違う姿にモヤモヤ──」


「あーはいはい。もういいよ」


 パンパンと手を叩きながらセシリアがグランツの話を止めると、グランツは悲しそうにしょんぼりと長い首を下げる。


「なるほどの。契約とはセシリアとの恋愛を楽しむ時間というわけじゃな」


「いや、違うから」


 セシリアの突っ込みも虚しくアトラは感心したように頷くと、ウインクしながら人差し指をセシリアに向ける。


「セシリアよ、わらわと契約するのじゃ。契約してゆくゆくは結婚なのじゃ」


「だからそんな話じゃなくてさ。そもそもなんで結婚することになってるんだよって話だよね」


「む? あれか、私のどこが好きなのって話なのじゃな?」


 そうじゃないと言う前に真っ直ぐに目を向けてくるアトラにセシリアは口をつぐんでしまう。


「セシリアはわらわを見ても怖がらんどころか、優しくしてくれたのじゃ。だから惚れたのじゃ、好きなのじゃ」


 アトラにストレートに好きだと言われ、変なことを言えば言い返そうとしていたのに足掛かりを失って言葉に詰まったセシリアに対しアトラはニンマリと笑みを浮かべる。


「なるほど相手の反応に一喜一憂する感じ、これが恋愛というやつじゃな」


『そうだアトラよ、お前はまだセシリアのことを知らない。だからそれを知る過程を楽しむのが恋愛だ。もっと深く知ったときセシリアのことをもっと好きになっているであろう』


『先輩の言う通りだ。セシリア様がなぜ男の娘なのか、そしてその魅力をまだ知らないだろう?』


「分かったのじゃ、わらわはセシリアとの愛を育むために契約するのじゃ」


「いやなにちょっといい感じに話しを締めようとしてるの」


 契約の方向で話が進んでいることに危険を感じ会話に割り込むが、時すでに遅しである。


「わらわはもっとセシリアのことを知りたいのじゃ。わらわはセシリアの影となり守ることを誓うのじゃ。だからわらわと契約して欲しいのじゃ」


 決意の固まったアトラの真っ直ぐな瞳を見てセシリアはため息をつく。


「はぁ~分かったよ。アトラが求めてるものが私にあるかは分からないけど、契約するよ。じゃあ頭を下げてもらえる?」


「分かったのじゃ」


 嬉しそうに頭を下げるアトラに手を伸ばし触れる。その瞬間白い世界が眩しく光を放ちセシリアの目の前が真っ白になる。



 ***



「っと、派手に壊しちゃったけど怒られないかな?」


 壊れた窓を見て呟くセシリアのもとにジョセフとロックが駆け寄ってくる。


「姫! 怪我はないですか? あの蛇女はどこに?」


「あの魔族なら討伐しましたよ」


 ロックの問いに答えると、セシリアの頭の中で声が響く。


『わらわのハートはセシリアにやられちゃったのじゃ』


 嬉しそうな声を聞いて本当にアトラと契約して良かったのかなと後悔しつつ、自分の足もとの影に目をやるとため息をつく。


「ロックさんとジョセフさんのおかげで、魔族を退けこの国に迫っていたであろう脅威を取り除けました。ありがとうございます」


「もったいないお言葉です、全ては姫の活躍あってこそ」


 ジョセフの言葉にどう反応していいか未だに分からないセシリアがちょっと困った笑みを浮かべると、その場から立ち去るため歩き出す。


「メンデール王国にあるギルドへの報告と、王様と王妃様、それにミミル王子の様態も気になりますから急ぎましょう」


 アトラ討伐について詳しく聞かれても困るからと足早に歩みを進めるセシリアだが、背中を追うジョセフとロックはどこまでも人のために尽くす素敵な女性だと思って、ますます惚れてしまうのである。

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