第44話 スンスン……これは運命の匂いなのじゃ
ジョセフのレイピアの突きを屈んで避け、そのまま地面を這いながら逃げる魔族ラミアをロックの槍が襲う。
それをヘビのごとく体をくねらせ避けると、スルスルと散乱した机の隙間に身をねじ込ませ逃げ隠れる。
「ちょこまかとうっとうしいヤツだ! しかも何度か攻撃当ててるのに弾かれるってのは魔族って奴は厄介だな」
ロックの槍が魔族ラミアが隠れた机を貫き真っ二つにすると、ニョロニョロと這い出た魔族ラミアが今度は倒れている兵士の影に身を隠す。
「こっちが攻撃出来ないのをいいことに卑怯な手を使いますね」
ジョセフが床を滑り、素早く兵士の裏側に回り込みレイピアを構える。
「いない……」
兵士の影に隠れているはずの魔族ラミアを見失い、ロックは辺りを見回し姿を追う。
槍を構え周囲を警戒するロックの影が突然盛り上がると剣を大きく振りかぶった魔族ラミアが飛び出す。
ガキンッ!!
金属のぶつかる音と火花が散り、ロックが剣を受け止めた槍を強引に振り払い魔族ラミアを後方へと追いやる。
「くっ! 人間のくせに強いのじゃ」
魔族ラミアは文句を言いながら別の倒れている兵士の影に飛び込み姿を隠してしまう。
「影に潜むとは厄介ですね」
「泣き言か? 要は足元に注意しとけばいいんだろ」
「貴方はバカですか。影が必ず下にしかないとか思ってませんか? 壁や天井にも影はできるのですよ」
「バカは言い過ぎだろ。だがまあ……助言助かる」
「素直でよろしいです」
セシリアは二人のやり取りを見ながら、なんだかんだで仲のいい二人だと思いつつ聖剣シャルルに話し掛ける。
「影に隠れるのならシャルルが光って影を消すとか出来ないかな?」
『影に潜むなら影を消せばいいという着眼点はいいが。こうも障害物が多い場所で影を消すのは困難だ。だが一瞬ならば地面の影を消すことは可能であろう。
セシリアよ、我を地面に刺しアントン討伐のときと同じようにするのだ』
「まさかここら一帯を消し去って影も残りません……なんてオチじゃないよね」
『そんなことはせんから安心するがいい』
セシリアは工場の床に聖剣シャルルを突き刺すと、柄を握り翼を広げる。
聖剣シャルルを中心に大きな魔法陣が描かれ地面に煌々と輝く文字がゆっくりと円に沿って回り始める。
上からの光ではなく、下から放たれる魔法陣の光はいつもは地面にある影を消し天井へと追いやる。
影が無くなったせいで、ポンッと音を立て魔族ラミアが地面から姿を表し、飛び出した勢いで空中に身を置いてしまう。
「はにゃ!?」
なぜ自分が影から出てきたかも理解できていない魔族ラミアの瞳がセシリアを捉え映し出す。とてつもない魔力を保有する聖剣シャルルを手に持ち、翼を広げるセシリアの姿に思わず身震いしてしまう。
魔族は通常の武器程度ならば、体を守る魔力によって弾くことができる。その魔力を破るにはそれを上回る魔力で突き破ればいいわけであるが、セシリアの放つ魔力は魔族ラミアを消し去るには十分過ぎるほどのものであることを彼女は悟る。
己の死を悟った魔族ラミアの目がじんわりと涙で潤んでしまう。
姫による一撃をとジョセフとロックが武器を構え万が一逃げないようにとするが、魔族ラミアは既に恐怖で体が動かず、ただセシリアを瞳に捉えるので精一杯である。
聖剣シャルルの剣先を後方に向け、魔力を放ちつつ翼を広げ空中に身を浮かせ魔族ラミアに向かって突進すると、体当たりをしたまま魔族ラミアごと工場の窓を突き破り外へと飛び出してしまう。
高く飛び上がったセシリアが翼の角度を調整しながら下降し、工場から離れた建物の窓へと突っ込む。
派手に窓ガラスを破りそのまま建物内にあった椅子や机を吹き飛ばしながら壁に魔族ラミアを叩きつける。
「貴方に聞きたいことがあります。ミミル王子を操り、ここで何を企んでいたのですか?」
セシリアが聖剣シャルルの柄を握る手に力を入れると、魔族ラミアは意図を理解しコクコクと首を縦に振る。
「い、言いますのじゃ。わらわは魔王の使いとか言う女に人を操り争いへと導くようにとお願いされたのじゃ。
争いを起こすためには疑心暗鬼にさせれば人は勝手に争い出すからと、隠れて武器を作るだけでも作戦は成功すると教えてもらったのじゃ」
目に涙を浮かべ説明を始める魔族ラミアをセシリアはじっと見つめたまま尋ねる。
「魔王の使い? その女の人の特徴や名前は?」
「し、知らないのじゃ。頭からローブを被っており顔は見えておらんし、声から女と思っただけなのじゃ」
「じゃあこの国を狙った理由は?」
「そ、それは……じゃな」
魔族ラミアが両手の人差し指を合わせモジモジし始める。
「わらわは弱いのじゃ。それこそ力も防御力もないのじゃ。だから緩い感じのこの国ならわらわでもつけ入れると思って王子を操り、人質として王たちを黙らせておったのじゃ」
セシリアは大きくため息をつく。
「じゃあ最後に聞くけど、キミはその魔王の誘いに賛同して今回の事件を起こしたの? 人を混乱に陥れ楽しんでいた、それはつまりキミは魔王の手下ってこと?」
「ち、違うのじゃ。人間どもを混乱させたら楽しいとその女からラミア族としての本来の力の使い方を教えてもらっての。それで、それで……力を使うのが楽しくて……調子に乗って……」
否定して置きながら途中で自分の言っていることに矛盾を感じたのか、段々と声が小さくなり歯切れも悪くなってしまい、最後は黙ってうつむいてしまう。
「はぁー、分かったよ。キミはその女の人に言い包められて今回の事件を起こした。で、その人の正体も行方も知らないと」
セシリアはそう言いながら聖剣シャルルを鞘に納め立ち上がる。
「王様や兵士の人たちには今回の騒動の元凶は倒したって言っておくから元の場所に帰りなよ」
「わらわを斬らないのか?」
聖剣シャルルを抱えたセシリアが魔族ラミアを見てちょっぴり困ったような笑みを浮かべる。
「そんなに涙を流しながら話す人を斬れないよ。話してみたら根っから悪い人じゃなさそうだし反省してるっぽいからいいよ」
立ち去ろうとするセシリアのスカートを魔族ラミアが掴む。
「ちょっと離してくれないかな……って、あぁもう」
セシリアのスカートを掴んだまま、鼻を真っ赤にしてズビズビ鳴らしながら涙をポロポロこぼし始める魔族ラミアにハンカチを差し出すと、更にボロボロ泣き出すのでセシリアは仕方なくしゃがみ魔族ラミアの涙をハンカチで拭う。
「うぐっ、ひくっ。め、めい、迷惑かけてごめんなさいなのじゃ。ひくっ」
「泣くぐらいなら最初からやらない」
魔族ラミアは泣きながらコクコクと頷く。
「ぜいじょば、いい人なのじゃぁ。聖剣を持つのは悪いヤツって、ひくっ、言ってた、んじゃあ。でも違うのじゃ。いい人なのじゃあぁ〜」
泣き叫びながら魔族ラミアはセシリアに抱きつき、更に激しく泣き出す。
「ちょっと、もうなんか。ほら鼻水出てるそのハンカチあげるから鼻かんで」
セシリアがハンカチを手渡すと、魔族ラミアは涙で充血した目を輝かせ鼻をかむ。
「申し訳ないのじゃ。こんなにも優しくされたことがなくてわらわは、わらわは……ん?」
再び感極まって泣きそうになった魔族ラミアが泣くのを止めセシリアをじっと見て、小さな鼻をスンスンさせる。
「クンクン、ん? 花の匂いに混ざってセシリアから男の匂いがするのじゃ」
目をパチパチさせる魔族ラミアにセシリアは苦笑いをする。
「だって男だし」
「なっ、なんじゃとぉー!? お、おとっモゴモゴ」
驚き叫ぶ魔族ラミアの声に慌ててセシリアが口を塞ぐ。
「色々とわけあってこんなことになってるけど、本当は男なわけで……ってどうかした?」
目を輝かせ心なしか舌なめずりをしているように見える魔族ラミアに、嫌な予感を感じつつもセシリアは尋ねる。
「その見た目で男……優しくて、可愛い。そして男……うふふふっ、これじゃ。これこそわらわの求めておったものに違いないのじゃ。運命ってやつなのじゃ」
魔族ラミアは肩を小さく震わせながら、先ほどまで泣いていた嘘のようにキラキラと輝く弾けんばかりの笑みを浮かべている。
「あ、そろそろ帰るね。じゃあ元気で」
「待つのじゃ」
そーっとその場から離れようとするセシリアの肩を魔族ラミアが掴む。
「セシリアよ。わらわと結婚してほしいのじゃ!」
「ええっ〜!? け、結婚!?」
今度はセシリアが叫ぶ番である。