第42話 名探偵とかいない世界でも真実は一つ!
事前にギルドマスターから説明されていた内容はこうである。
メンデール王国の中心に位置する城から南西側に鍛冶の工場を中心とした町が広がり、北西に向けては市場や食材を扱う店が主に広がる。
セシリアが行きたいと言った場所は羊に似た生き物ウルルンから取れる毛、ウールを使った製糸工場や衣類の生産が盛んな場所は鍛冶工場と対極に位置する北東に広がっている。
これは北側に平原が広がりウルルンを放牧しやすいという土地的な理由があるのだが、今回大切なのは鍛冶工場と対局の位置にあること。
製糸工場では多くの国民が働いておりセシリアはそこで多くの人々との交流を行う。セシリアの動向にメンデール王国の目が向いている間に、鉄鉱石等の武具の材料が多く運び込まれていると推測される鍛冶工場の方をギルドの密偵が調べる手筈になっている。
つまりはセシリアが囮となって、メンデール王国の裏で行われているであろう軍事的動きを探ろうと言うわけである。
なのでギルドマスターとの打ち合わせ通りにウールの製糸工場へ行きたいと言っただけなのに、あからさまに表情を変え鋭い視線で睨むミミル王子の態度にセシリアは疑問符を頭の上に浮かべてしまうのである。
「あそこはウルルンから刈った毛を洗って布にするだけの工場ですよ。特に面白みはないと思いますが」
「国民のみなさんが多く作業に従事していると聞きます。多くの人と触れ合いたいですし、私自身ウール製品を愛用している身としてとても興味があります」
不機嫌そうに言うミミル王子の態度に違和感を覚えつつも、作戦のためにも引き下がるわけにもいかずセシリアもなんとか連れて行ってもらおうと粘る。
折れてたまるかとじっとミミル王子を見つめると、しばらくしてミミル王子は呆れたようなため息と共に肩を落とし口を開く。
「分かりました。この国で一番大きな工場へご案内いたしましょう。面白くないとは思いますが……それに私も何を作っているか知識として知っているだけで、詳しくは分からないので説明は期待しないでくださいよ」
「ありがとうございます」
折れてくれたことにホッと胸を撫でおろしセシリアは、ミミル王子の案内のもと製糸工場地帯へと向うのである。
***
大きな工場へと案内され、工場の責任者である工場長の説明を受けながらセシリアは工場内をジョセフとロック、そして数名の兵士を引き連れ歩く。
「こちらで先ほどウルルンから刈ったウールを洗っています。あちらの部屋で糸を精紡し、別の場所にて織布を行い布になります」
ザブザブと水の中で洗われるウールの横で工場長が声を張り上げ説明する。
(そう言えばエノアさんが染色するなら精紡する前の段階でやると色ムラがなくて綺麗になるとか言ってたな。)
セシリアが自分の胸元に目をやると藍色の服が目に入る。
普通は藍色に染めるには主に植物からのエキスを用意るが、この服については鉱物由来の希少価値の高い物を使用したとメンデール王国に行く前にエノアが話していたことを思い出す。
「ウールを染めるときの染料に鉱石を使うと希少価値が高いと聞きましたが、こちらでもやっているのですか?」
「ええ、やっております。おっしゃる通り鉱物由来の染料は取れる量が少なく、水に溶かす工程も増えますし付加価値は高くなります。ですが鉱石独特の鮮やかな色は植物とはまた違った色合いを生み出します。
それにしてもさすがセシリア様。ウール産業の分野にも明るいようで、製造に関わっている私どもとしては大変嬉しいです」
緊張からか険しい顔つきだった工場長の表情が和らぎ、喜びの笑顔でセシリアを見る。
「いえ、個人的に仕立て屋さんと服の契約をしてますし、自分の着ている物がどう作られているのか気になったものですから」
「ご謙遜を、私どもからすれば聖女であるセシリア様が興味を持たれている、その事実だけでも嬉しいのです」
にこやかに話す工場長とセシリアのやり取りを、近くにいたミミル王子はつまらなそうな表情で見ていた。
「満足されましたか? 後は市場の方に出向き我が国の特産品を食べていただき──」
工場から出た帰り道、ミミル王子が予定を説明しているときセシリアは足に違和感を感じ、靴をのけて下を見ると何か硬いものが道に落ちていること気がつく。
(青い石……鉱石?)
小さな青い鉱石を指で摘まむと辺りを見回す。先ほど出たウールの製糸工場から離れた場所にあった小さな建物に目が行く。そしてその建物に数人の男たちが大きな箱を抱え中に入っていくのが見える。
「聞いていますか?」
「あそこに行ってみたいんですけど、いけませんか?」
なんとなく何があるか気になったセシリアが小さな建物を指さすと、あからさまにミミル王子の顔色が変わる。
「なっ……あ、あそこはただの染料工場です。見たところで何もありません」
「染料工場ですか? ではなおさら興味があります」
なにか言い返そうとしたミミル王子だが、セシリアの左右にいるジョセフとロックが無言で睨み、圧を掛けられて言葉を飲みこんでしまう。
「汚いところですがそれでも良ければ、足の踏み場もないですし奥までは入れないですよ」
「そうなんですか? 詳しいんですね」
最初にこの辺りに詳しくないと言っていたのに内部の様子まで説明したミミル王子にセシリアは少し皮肉っぽく言ってみる。
一瞬だけハッと目を大きく開いたミミル王子だが、目を逸らすと無言で小屋の方へ歩き始める。顎で自分の兵士にドアを開けるように指示すると自ら先導して中へ入る。
セシリアたちも続いて入ると、中は意外に広く大きな机に山積みされた鉱石を仕分けする者たちや、長い机に座り鉱石を砕いたりする者たちがいた。
「鉱石を運んで砕いて染料にする、ただそれだけの場所です。満足しましたか? さあ行きますよ」
焦っているのかどこかイライラした口調で言うミミル王子に違和感を感じるセシリアの足元でグランツがグワっと鳴いて話し掛けてくる。
『微かに魔力の臭いがします』
セシリアにそう告げるとぷにぷにのくちばしにある鼻をスンスンさせたグランツが、ペタペタと工場内を走り始める。
「こら、グランツ勝手に行っちゃダメ」
走り出したグランツを追いかけるセシリアの胸元で聖剣シャルルが声を掛けてくる。
『ふむ、大体分かったぞ。セシリアよ我の推理によればココこそがギルドが求めていた武器製造の現場だ』
「いっ!? うそでしょ!」
聖剣シャルルの突然の発言に驚くセシリアの前で、グランツが何もない壁をくちばしでペチペチと突っつく。
『セシリアよ我の言葉に続け。こんな場合に場を支配する話術を我は学んでおるから我を信じよ。ちなみに言い回しと動きも大事だからな』
「うぐぅ……」
突然走り出した聖女セシリアにみなの視線が集まっている今、この場を切り抜けるためにセシリアは聖剣シャルルを信じて動くしかないと腹を括る。
聖剣シャルルの柄を持ち少し浮かせると勢いよく鞘の先端で地面を叩きドンと音を立てる。
「そもそもおかしいと思いませんか?」
と言ったセシリア自身も突然こんなことを言う自分の方がおかしいのではないかと思っていたりする。
ただ、突然疑問形で語りかけてきた聖女セシリアがどんなことを言うのか、みんなが注目しているのを感じて、聖剣シャルルの言い回しが大事と言うことの意味を少し理解出来たセシリアは聖剣シャルルを信じることにする。
「最近国民に顔を見せなかった王と王妃が私の訪問に合わせ謁見を許したこと、王子自ら案内を行うこの状況。そうおかしなことばかり……」
そう言ってセシリアはふぅっとため息をつきミミル王子を横目で見る。
「な、なにがおかしい! 私の国では来賓を王族自らもてなすのが習わしだ」
「なるほど、確かにそれならそうなのでしょう。ですが、来賓をもてなすにはあまりにも失礼な物言いが多いかと。それはまるで国の印象など、どうでもいいと言ったところでしょうか」
「う、それは、お前。せ、聖女とやらがそんなにこの国において利益にならないとそう判断したからだ」
「ええ、それは認めます」
皮肉を言ったのにセシリアが微笑んで答えたことが気に食わなかったのか、ミミル王子は歯ぎしりをする。
「貴方には品性が感じられないのです。優しい王と王妃の息子として、たとえ反抗期中であっても王族として隠しきれない品性はあるもの。でもあなたは王族とは別のなにかのよう」
「何が言いたい。お前こそ失礼な物言いじゃないか! 逆族で捕らえてもいいのだぞ!」
声を荒げるミミル王子を無視して、セシリアはポケットから取り出したハンカチで鼻を押える。
「貴方もそうですが、ここは少々臭います」
「ぐっ、どこまでも失礼なヤツだ。お前のような不細工でちんちくりんな小娘が私を臭うだと」
怒りだすミミル王子を無視してセシリアは黙って机の上を指さす。
「ここは染料の工場だと仰っていましたが、その机の上にある鉱石は染料用ではありませんよね。そしてこの工場に大きな箱を持った男たちが入っていくのを見ましたが、机にある鉱石の量は箱の大きさに対しあまりにも少ないかと思いませんか? たとえ箱には鉱石があまり入っていないとしても箱自体はどこにあるのでしょう? そして男たちはどこへ行ったのでしょう? 見当たりませんよね?」
セシリアが聖剣シャルルの鞘に手を掛けるとゆっくりと鞘から剣を抜き始める。紫の眩い光を放つ聖剣シャルルの刀身にみな目を細め注目するなか、セシリアは手に持た聖剣シャルルを壁に向かって振り降ろす。
破壊音と共に壁に大きな空間が開く。ただそれは穴ではなく、初めからあった空間であり壊れたのは半分に切れた扉であったことにジョセフとロックたちも気付き目を見開く。
「そう、これが答えです」
セシリアが壁にできた空間にある階段を指さす。
「消えた箱を持った男たち、染料工場であるにも関わらず染料と関係のない鉱石を砕く作業員、謎の空間に現れた下に伸びる階段。そして品性を感じない王子に、この場に漂う魔の臭い……」
セシリアはピッと人差し指をミミル王子に向け伸ばす。
「この違和感の答え、つまり犯人はミミル王子あなた……正確に言えばあなたを操る者の仕業……」
ここでセシリアが一旦言葉を止め、手を下ろし聖剣シャルルを見ながらボソボソと呟く。
「え? なにそれ。言わなきゃダメ? えーっ……う、うん……分かったよ」
セシリアはコホンっと咳払いをして再びミミル王子を指差す。
「こ、この可愛くて魅力的な私の足元にも及ばない魔族の浅はかな企みなど全てまるまるっとお見通しで、真実は一つなわけです!」
セシリアの決め台詞? にミミル王子が歯ぎしりをして睨みつけたかと思うと足元の影がボコボコと煮えたぎる水のように泡立ち始める。
やがて影が盛り上がり水色の髪の生えた頭部が現れ、額に小さな緑がかった角、尖った耳、鋭い目つきだが少し幼さの残る女性の顔が見えたかと思うと、上半身はほぼ半裸で大きな胸を隠すために張り付くように巻かれた布。そして下半身は、見る角度で青と緑の光に見えるギラギラとした鱗でまとわれた蛇の体の女性が姿を見せる。
上半身が美しい女性で下半身が蛇の魔族はセシリアを睨みつける。
「この魅力的なわらわを愚弄するとは小娘よ、泣く程度で済むと思ってないじゃろうな?」
魔族は尖った歯をギリギリと鳴らしセシリアに殺意を向けてくる。