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第41話 花と水の都メンデール王国へ

 聖女セシリアのメンデール王国への訪問は、あくまでも個人的な訪問であり、アイガイオン王国とは関係のないこと。

 そう表立って言いつつも、国の秘宝であった聖剣を持ち今や存在そのものがアイガイオン王国の宝とも言えるセシリアのために騎士団三番隊の隊長、ロック・マーケット率いる兵三十名と、冒険者セシリアとしてパーティーを組むジョセフたち冒険者二十名を引き連れての訪問となる。


 (これのどこが個人的な訪問なのだろう?)


 多くの兵や冒険者に囲まれメンデール王国の華やかな町並みの道路脇に並ぶ人たちに手を振りながら馬車に揺られるセシリアはそんなことを思う。


 この疑問については、今回は聖女セシリアの個人的な訪問でありつつも、アイガイオン王国を代表する聖女が訪問すること即ち、アイガイオン王国と友好国であるメンデール王国に対するプレッシャーを掛ける意味もあるのだと聞かされておりセシリアのなかで一応解決はしている。ただ建前と本音の交差する政治とはよく分からないものだとセシリアはつくづく思うのである。


 二頭の馬が引く屋根のない馬車に揺られ、左右にはアイガイオン王国の五大冒険者と名高いジョセフとロックを引き連れ沿道からの声援ににこやかに手を振り応える聖女セシリアを一目見ようと民衆たちは集まる。


 その様子を遠くの建物から双眼鏡で覗くフードを深く被った人物は、赤いルージュの引いた口を歪ませ歯ぎしりをする。

 そしてメンデール王国の城の方へ顔を向ける何か呟くとスッとその場から消えていなくなってしまう。



 ***



 メンデール王国の城は他国の城と違い住宅街とほぼ同じ高さの場所に作られており、跳ね橋や堀など城の行き来を阻むものは存在せず代わりに人工的に作られた川に沿って咲き乱れる花の道が訪問者を優しく迎えてくれる。

 花と水の都と呼ばれるに相応しい光景は、訪問する者の気持ちを優しく包み穏やかな気持ちにさせてくれる。争いを好まぬメンデール王国を象徴する姿と言える。


 花と水の道を歩くため馬車から降りたセシリアは、大きな聖剣を抱きしめペタペタと足音を立てるグワッチを足元に従え歩く。そんな聖女セシリアの可愛らしい姿に民衆の頬は緩んでしまう。

 それに加えて、声を掛ければ笑顔で手を振ってくれるか、会釈をする人当たりの良さに多くの人の心に癒しをもたらす。


 当のセシリア本人はせっかく声を掛けてくれたのに無視したら悪いと必死になって応えているのであるが、人当たりの良さはセシリアの好感度を上げる要素となる。


「聖女様ってもっとこうツンとして気高い人を想像してたけど、すごく人当たり良いのね。私セシリア様のこと好きになったわ」


「そうよ、前に来たどっかの国のお姫様なんて不機嫌そうにしてさ、こっちも見なかったじゃない。セシリア様はこんなにも私たちを見て応えてくれるなんて素敵な方よね」


 そんな声から、単純にセシリアへの愛を語る男性の声まで上々の評判を受け城へと向かう。ジョセフとロックと別に五名ほどを引きつれ城内へと通されたセシリアは謁見の間にてメンデール王と王妃と対面する。


 (病気で(とこ)()せてるなんて噂もあったけど思ったより元気そう。でもなんだか疲れている感じもするなぁ。)


 ふっくらとした丸い体と顔にクセっ毛の髪の上に乗る王冠が印象的なメンデール王は少しボサボサになった口ひげを蓄え、心なしか目の下にうっすらとクマがあるように見え、笑顔を絶やさない王妃もどこか辛そうに見えたセシリアの感想はそれである。


 対面したセシリアは、まず聖剣シャルルを床に寝かせ膝を付き頭を下げる。左右に付くロックとジョセフもセシリアに合わせ王たちに礼をする。


 グランツもセシリアの横で足と翼を器用に畳み頭を下げている。


「この度は急な申し出にもかかわらず、私の訪問を許可していただきありがとうございます」


「わしの方こそメンデール王国に訪問してくれたこと、感謝しておる。聖女セシリアの奇跡の数々わしの耳にも入っておるぞ」


「ええ、魔物の討伐から魔族をもほふる実力者でありながら、孤児を助け民衆を助ける慈愛の乙女と聞き及んでます」


「いえ、私は自分に出来ることをやっただけです。それに何よりも多くの人の助けがあったからこそ成し得たことです。私一人では決して討伐も人を助けることも出来ていません」


 セシリアの言葉に王たちはにこやかな表情になりゆっくりと頷く。


「さすがは聖女」

「その心持ち、わたくしたちも見習わないといけませんね」


 二人は優しく微笑みながらセシリアを褒め称える。


 (聖女の噂って隣国まで広がってるんだ。実家の方まで話がいってたらどうしよう……いや今は考えるのはやめとこう。)


 王と王妃のセシリアを褒める言葉を聞いて聖女としての世間の評判よりも、自分の現状が実家に伝わっていないかの方が不安になってしまうセシリアなのである。


 (そう言えば王樣たちって実家のお父さんたちと同じ年齢くらいかな。確かミミル王子って息子が一人いるんだったっけ。)


 二人を見てそんなことを思いながら、王妃の胸元に紫の花が飾られていることに気付く。細く長い茎に小さな花が無数に咲いて一つの花となるそれはラベンダーによく似た花。


 (この間読んだ本にあったラーヘンデルって花かな? 確か香りにリラックスと安眠を促す効果があるんだっけ。)


 最近読んだ本の内容を思い出したセシリアは、化粧で隠してはいるが王妃の目の下のクマを見て何かしら心労があるのだろうと、その為にラーヘンデルの花を胸元に置いて癒しを求めているのではないかと結論付ける。


「王妃様、胸元にある花はラーヘンデルでしょうか?」


「ええ、ラーヘンデルの花ですよ。セシリアはお花が好きなのかしら?」


「えっと、その。花の効果などを学んでいる最中ですので興味があるんです」


 話の繋ぎにと胸元の花について尋ねると王妃はラーヘンデルの花を愛おしそうに指先で撫で目を細めるとセシリアに手招きをする。

 突然手招きされ近付いていいのか戸惑うが、王妃は優しく微笑みかける。


「こちらへいらっしゃい。このラーヘンデルの花をセシリアに差し上げたいの」


 周囲を見渡し、少しきょどりつつも膝を立て立ち上がると、聖剣シャルルとグランツを置いて王妃のもとへ歩みを進める。


「ふふっ、近くで見るとますます可愛らしいこと。さあ、受け取って」


 可愛いと褒められどんな顔をしていいか分からないセシリアは王妃の手からラーヘンデルの花を受け取る。


「ラーヘンデルはわたくしの好きな花なの。心を穏やかにしてくれ、魔避けになると言われて枕元に置いておくと悪夢を見ないのよ」


 王妃が受け取ったセシリアの手をラーヘンデルの花ごと手で包み込む。


「聖女セシリアに悪夢が訪れないことを願ってるわ」


「ありがとうございます」


 手を握られたままセシリアは目を合わせる王妃の瞳に力が籠められ揺れているように感じた。丁度そのとき謁見の間に一人の男と数人の兵士が入ってくる。男は目元は王妃に、髪質が王に似て少しクセっ毛で二人の面影をどこか感じさせる。


「父上、母上。ここからは私めに聖女セシリアのご案内をお任せください」


 男はそう言ってセシリアの方を向くとジロジロと上から下まで見ると小さく鼻で笑う。ちょっと感じ悪いなと思いながらもセシリアは微笑みながら頭を下げる。


「あなたが聖女セシリアですか。私はメンデール王国の王子ミミルです。以後お見知りおきを」


「セシリア・ミルワードと申します。この度は訪問を許可いただき、更にはミミル王子自ら案内までしていただけるとのこと。感謝いたします」


「今話題の聖女様ですからね。断るとこちらの器が小さいと思われかねないですし。まあ、国民もあなたに興味深々ですし最近王の不調もあって顔見せも自粛してましたから、ガス抜きの見世物としては役に立ったかなと思いますよ。

 それに案内も中途半端に有名な人ふらふらと町を歩かれると民衆が混乱しますからね。私の仕事の一環ですよ」


 少しバカにしたものの言い方にセシリアはムッとするが、後ろに立っているジョセフとロックの顔が僅かに引きつっているのを見て逆に落ち着いてしまう。


「それではご案内をお願いしてもよろしいですか?」


 無視を決め案内をお願いするとその態度が気に食わなかったのか、ミミル王子は眉間にしわを寄せてセシリアの前を通り過ぎる。


「さあ、行きましょうか。観光名所を中心に回ろうと思いますがよろしいですね」


 セシリアの方も見ずに言うミミル王子。その態度は決して褒めらたものではないが王族の中には傲慢な者もいてむしろ案内役を買って出てくれるだけまともな方ではある。それよりもセシリアが気になったのは王と王妃が黙ったまま口を挟まないことの方である。

 関わりたくないとかではなく、言いたいことを我慢しているようだとセシリアは感じる。


「一つ行きたいところがあるんですけど。案内をお願いしてもいいでしょうか?」


 セシリアが尋ねるとめんどくさそうにミミル王子が振り返ってセシリアを見る。


「どこでしょうか? これでも私も忙しい身なのであまり遠いところにはご案内できませんよ」


「メンデール王国はウールの生産が盛んで品質も大変良いと聞いています。とても興味があるので工場などを見学させてもらえませんか?」


 セシリアの一言にミミル王子は目を大きく見開き驚きの表情を僅かに見せ、対するセシリアは思いもよらないミミル王子の反応に心のなかで首を傾げるのである。

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