第40話 聖女への依頼
朝になって目を覚ましたセシリアは体を起こし大きく伸びをすると、眠そうな目を擦りながらベッドから立ち上がる。
窓にあるカーテンを少し開け、外の様子を見たセシリアはドアの近くで寝ていたグランツを手招きして呼ぶ。
「そろそろ来るから危ないよ」
そう言ってグランツを抱き上げるとすぐにドアが勢いよく開き、小さな影が飛び込んで来る。
「セシリアさまぁー!!」
シュタッと着地したラベリがセシリアを見ると嬉しそうに駆け寄ってきて微笑む。
「おはようございますセシリア様。今日もお綺麗です!」
「おはようラベリ。今日も元気だね」
「お褒めいただきありがとうございます! はいこれ、新聞とお手紙です」
宿屋生活も長く、ラベリとの付き合いもそれなりになるとセシリアも慣れたもので、動揺することなくお礼を言いながら新聞と便箋を受け取ると、新聞の一面をチラッと見てベッドに腰を掛ける。
すると、ラベリも隣に座り新聞を読み始めるセシリアをキラキラと輝く瞳で見つめる。
「昨日は火事のなか男の子を助けたんですよね。噂だと翼を広げ飛んだとか! 空を飛ぶ姿はまるで天使の様だったって聞いてます!」
「う、うんまあ。大体あってるけど……」
「凄いです! さすが私のセシリア様です!!」
セシリアの手を取って喜ぶラベリに苦笑いをしながら便箋の封蝋に目をやる。大きな三日月と無数の星たちが描かれた盾の刻印はギルドからのものということを示している。
ナイフで封を切ると中身を広げ目を通す。声を出さずに目で文字を追うセシリアを、うっとっりした表情のラベリが見つめる。
「ふぅ~」
「なにかあったんですか?」
「ちょと頼み事していたんだけど、直接話したいことがあるからってギルドに来て欲しいって」
その言葉を聞いて手をパンと叩き、キラキラさせていた目を更にキラキラさせたラベリがセシリアの手を握る。
「凄いですセシリア様! ギルドに直接頼み事が出来るなんてさすが聖女と呼ばれる方! ラベリは一生ついて行きます!」
「凄くはないよ。メランダさんに相談して話を通してもらっただけだから、どちらかと言えばギルドの上層部に話を上げて動かしたメランダさんの方が凄いと思うけど」
そう言って笑うセシリアをラベリはより一層目を輝かせて見る。
「王様やギルドと直接お話をされる存在なのに決して偉ぶらない。誰にも分け隔てなく接するお優しい方だとみなが噂しています。ラベリも鼻が高いです!」
相変わらず自分のことのように喜ぶラベリの言動にセシリアは笑いつつ、午後の予定を頭の中で考えるのであった。
***
メランダに案内され日頃は足を踏み入れないギルドの二階へと向う。
一階と二階でこうも空気が違うものかと新たな発見をしつつ、その重い空気に緊張してしまう。
「ギルドマスター、セシリアちゃんを連れてきました~」
ノックをするメランダの変わらぬ口調に少し緊張感がほぐれるのを感じつつ部屋のなかへと歩みを進める。なかに入ると自分の机で書類を広げ難しい顔をしていたギルドマスターが、セシリアを見て立ち上がる。
「セシリア嬢、よく来てくれた。突然呼び出してすまない」
「いえ、私がお願いしたわけですし、むしろお話を聞いてもらえて嬉しいです」
「相変わらず謙虚だな、まあ座ってくれ」
お客用のソファーに案内されギルドマスターと向き合う。
「早速だが本題に入ろう。セシリア嬢が気になっているという、先日のバンパイア襲来事件の影にいるかもしれない人物についてなんだが」
そこで言葉を切って、手に持っていた書類をテーブルに広げる。
「昨日の今日で返答があると言うことつまり我々にも何らかの心当たりがあるということに他ならないわけだが、ここを見てくれ」
ギルドマスターが書類の一文を指差す。
「メンデール国の動向について……武器調達のためと思われる資源確保の動きが見られる……」
セシリアが一文を声を出し読み顔を上げるとギルドマスターは大きく頷く。
「前回ヴァンパイア討伐に向かった山を超えた先にある隣国メンデール王国の王は非常に優しく争いを好まない方。民衆の前によく顔を出し国民の人気も高いのだが、ここ最近顔を出さず病に倒れているという噂もある。それと関係あるかは分からないが秘密裏に探った情報によれば一人息子であるミミル王子とその周りをうろつく謎の人物の噂がある」
ギルドマスターはそこまで説明してセシリアをじっと見る。
「平和と安寧を守る盾を司る我々ギルドとしては国内での反乱、国同士の争いは望むところではない。
メンデール王国にあるギルド支部やアイガイオン王国の情報機関とも擦り合わせつつ探ってはいるが、相手も簡単にはボロを出さないわけだ。我々がメンデール王国に介入するのも、アイガイオン王が出向くのも明確な理由がない状態では角が立つ」
ここでギルドマスターはニヤリと笑みを浮かべセシリアを見る。その視線にセシリアの勘が危険を知らせてくる。
思わず身構え体に力の入るセシリアのことなどお構いなしにギルドマスターは口を開く。
「そこでだ、アイガイオン王国で誕生し連日奇跡を起こす聖女セシリア・ミルワード。この存在に各国興味津々な今、その聖女セシリアが個人的にメンデール王国を訪問し、王に会いたいと言えばきっと受けてくれると思うんだがな」
「ちょっと待ってください。私がメンデール王国に行く理由がありません」
「メンデール王国は花と水の都と呼ばれ平和をこよなく愛する国、セシリア嬢が興味を持つにはピッタリの国かと思うがな。それにセシリア嬢が探って欲しいと言う謎の人物らしき影を追うには突っついてみるのが一番手っ取り早い」
「うっ」
自分で謎の人物について調べてほしいと言い出した手前、断りづらいのもあってセシリアは言葉に詰まる。
「これはギルドからセシリア嬢への正式な依頼となる。正直我々だけでは調査に行き詰まっている。
セシリア嬢が訪問し、王を民衆の前に出すだけでも動きがあれば、何らかの情報が得られる。セシリア嬢にしかできないことなのだ。頼まれてはくれないか」
ギルドマスターに深々と頭を下げられお願いされればセシリアは頷くしかなかった。