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第38話 輝きを宿して欲しくて

 日が昇り始め真っ暗だった町並みに光が差し込むと、至るところで鳥がさえずり朝の訪れを歌って知らせる。


 この日も宿で寝ていたセシリアの耳に鳥のさえずりが響く。


 グワッ! グワワッ グワッチ!


「あぁ~っもうーうるさい!! ってなんでグワッチ!?」


 外で必死に鳴きながら窓を翼で叩いている。思いもよらない出来事に眠気も一気に覚めてしまったセシリアは窓に近づきガラス越しにグワッチを見る。

 白い体は泥で汚れ、羽根はあちこちむしられ地肌が見えている。

 涙目で窓を叩くグワッチの後ろの方には真っ黒なカラスに似た鳥、カローが数羽高い位置から様子を(うかが)っているのが見える。


 しばらくの間じっと見つめ合うセシリアとグワッチだが、無言で窓を開けたセシリアがグワッチを掴むと部屋の中へ入れ窓を閉める。


 鏡台の上に置くと洋服掛けにかけてあるポシェットから束になったポンポン草を取り出し、グワッチを無言でペシペシ叩き始める。

 ほわほわ舞う光とペシペシとぺんぺん草でグワッチを叩く音がしばらく響いた後、グワッチを掴むと洗面台の方へ向かい桶に溜めていた水で洗い泥を落とし始める。


 タオルで拭きながら手櫛で羽根を整えてやると、日のあたる場所に置く。


「グワ?」


 グワッチが小さく鳴きじっとセシリアを見るが、セシリアは不機嫌そうな表情をして目を合わせない。


「グワァ〜」


 グワッチがセシリアの顔を覗こうと回り込むと、セシリアは顔を反らし目を合わせない。

 グワッチはグワグワ鳴きながら翼を振り何やら訴える。


『何やら話したそうだが、あいにくグワッチと話せる術はもっておらんしな。セシリアが関わりたくないのであれば早めに外へ追い出した方がよかろう』


 ベッドに横たわる聖剣シャルルの声でセシリアは大きくため息をつき、グワッチの顔を両手で挟む。


「傷も治したんだし、私はもう関わりたくないわけ。冷たいようだけどその姿で頑張って生きていきなよ」


「グワァ……」


 セシリアはしょんぼりしたグワッチを扉の前に降ろすと、扉を開け無言で外へ出るよう圧を掛ける。

 グワッチはしばらくじっとセシリアを見上げていたが、やが長い首を下げ項垂(うなだ)れドアの隙間から出て行く。お尻を振りながらペタペタ歩くグワッチの背中を見るのが耐えられなくなったのか、勢いよく扉を閉めたセシリアはドアノブを持ったまま下を向く。


「ああっ! 食材発見! セシリア様のためにから揚げにしてあげるから光栄に思うんだよ! よーし、おまじないかけてあげよう。おいしいから揚げになぁ~れっ!」


「グワァァッツ!?」


 廊下の方で響く嬉しそうな声と断末魔にセシリアは慌ててドアを開けグワッチを迎えに行くのだった。



 ***



『結局何がしたいのだ?』


 ベッドの上で怯えるグワッチを前にして腕を組んで悩むセシリアに聖剣シャルルが尋ねる。


「そんなの分かんないよ。このグワッチは人に迷惑かけてたわけだし、どうにでもなればいいって思うんだけど、困っているならほっとけないというか」


『割り切れず、悪と正義の合間で揺らぐ。実に人間らしい感情だと思うがな。前の我の持ち主も悩み続けておったわ。そんな人間を間近で見て来た我から言えるのは最適解なんてものは存在せん。結局その場で選択したことを抱えて生きていくしかないということだ』


「シャルルの前の持ち主って……」


『まあそれは追々話すとしよう。今はそれよりも目の前の選択をするときかもしれんな』


 セシリアの前で足を畳んで羽根を地面につけ頭を下げるグワッチの姿があった。


『おそらくだが、こやつはセシリアに契約を求めている』


「契約?」


『契約内容は分からんが、その態度を見るにセシリアに使役されることを望んでいるように見えるがな』


「使役?」


『セシリアが気になるなら話しだけでも聞けばいい。そいつには騙し討ち出来るような魔力も残されておらん』


 セシリアは頭を垂らしひれ伏するグワッチをじっと見る。


「どうすれば話しを聞ける?」


『血の契約だ。指先を切ってその指を押さえつければいい。相手が望んでいれば契約スタートだ』


 セシリアは黙って立ち上がると自分の道具から小さなナイフを取り出し、先端で自分の指を刺し血を滲ませるとグワッチの頭に押し付ける。


 白い光に包まれゆっくり目を開けたセシリアの目の前にはグワッチがいた。


「なんでその姿? てっきり元の人の姿かと思ったのに」


 驚くセシリアにグワッチはゆっくりとくちばしを開く。


『肉体の形に合わせて魂の形も変わったのだろうと思われます』


 声は前に聞いたヘルベルトのものだが、グワッチが喋っているのでチグハグに見える。

 それよりもセシリアが気になったのは喋りがとても丁寧なことである。


「単刀直入に聞くけどなんで契約しに来たの?」


『私があなたを愛し愛されたいからです』


「……ごめん。もう一回聞くけどなんで契約をしたいの?」


『私があなたを好きであなたに好かれたいからです』


 セシリア黙って背を向けグワッチから離れる。


『お待ち下さい! あのときとどめ刺さず泣きながら帰っていくあなたの顔が忘れられず、カローに突かれ羽根をむしられウーリンに吹き飛ばされても思い出すのはあなたの顔。その時気づいたのです。これが愛なのだと!』


「も~!! 違う! それは愛なんかじゃないてぇ~!! って足に引っ付くなぁ~!」


 セシリアが足にしがみつくグワッチを振り解こうと足をブンブンと振るが、グワッチは振り落とされまいと必死にセシリアの足に羽でしがみつく。


『いいえ間違いじゃありません! ここまでこれたのも愛があればこそ! それにこうして再び出会えて確信に至ったのです。私をお側においてください!!』


「そもそも男は嫌いだって言ってたじゃないかぁ~! あーしつこい!!」


『私が間違っていたのです。男とか関係なくセシリア様そのものが好きだと言うこと、そして愛されたいと思ったことに気付かされたのです。きっとお役に立ってみせますから私をお側に!』


「あーもー、じゃあさ。契約したとして何ができるの?」


『卵が産めます』


「いらない!」


 即答したセシリアが足にしがみつくグワッチの頭を押して引き離そうとするが、グワッチも負けじと羽を閉じ張り付く。


『朝起きるのが早いのでセシリア様を起こせます。しかも歌ったりもできます』


「そんなの全然求めてないし!」


 プイっと顔を背けるセシリアに、グワッチは足から離れ地面に伏せ両羽を合わせ拝む。


『どーか私をお側にぃ〜』


 ひれ伏し懇願するグワッチを、唇をぎゅと締め口をへの字にしたセシリアがじぃ~と見つめる。


「側にいて何をするのさ。いても何もないと思うんだけど」


『出来る限りお役に立つよう努力します。戦えませんが囮くらいでしたらいけるかと』


「そんなのいらないよ」


 大きなため息をセシリアがついたとき、上から聖剣シャルルが落下し地面に突き刺さる。


「なんでシャルルがここに!? 来れるんなら最初から来てくれればいいのに」


『セシリアの気持ちがコヤツとの契約に傾いたから入れただけだ。それよりもお前、人間との契約は初めてだな? ならばその翼を捧げよ。大空を飛べぬ翼だが多少は羽ばたけよう』


 聖剣シャルルの言葉にグワッチは自分の翼を見つめ、やがてセシリアの方を向いて翼を広げる。


『私の翼をあなたに捧げます』


「はぁ~別に捧げなくてもいいよ。このまま見放すと夢見悪いし、一緒にいた方が悪いこともしないでしょ。だから契約するよ」


 セシリアは微笑みながらグワッチの頭に手をそっと置く。


『では名前をいただけませんか?』


「名前? ヘルベルトじゃないの?」


『それは過去の名。生まれ変わりたい私に新たに付けていただきたいのです』


「名前かぁ。じゃあグランツとかどうかな? あのお城の壁に刻まれていた言葉なんだけど。輝きって意味があるって聞いたからキミの新たな人生に輝きがあればいいかなって」


 セシリアに手を置かれ頭を下げていたグワッチがさらに深く頭を下げ目に涙を浮かべる。

 その瞬間セシリアとグワッチを中心に真っ白な光に包まれ何も見えなくなる。



 ***



「セシリアちゃん。また面白いものを連れて歩いてるね」


 メランダが椅子から立ち上がり受付のカウンター越しにセシリアの足もとにいるグワッチを見る。

 セシリアの足元で羽根を腰にあて胸を張るグワッチを見てセシリアはクスッと笑う。


「グランツっていいます。一緒に冒険者やることになりました」


「ふ~ん、なんだか段々賑やかになっていくわね。老若男女だけでなく、剣や動物にも好かれるなんてセシリアちゃんぐらいだと思うな。さすが聖女様ってところかしらね」


 感心しながら頷くメランダにお辞儀をしたセシリアは聖剣シャルルを抱きしめ、足もとでペタペタ走るグランツを連れクエストを受けに行くのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、これ後世の歴史書で出会いをメッチャ盛られるヤツだ。 セシリアのピンチにグワッチが身代わりに…とか、瀕死の仲間がグワッチに…とか、グワッチの恩返しに…とか、なんか良い感じの運命の出会いが……
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