第37話 聖なる血は君に新たな翼を与えん
一瞬の出来事にみなが理解が追いつかない。ヘルベルトを倒したと思ったらいきなり動き出し放った攻撃をセシリアが受け止めた後の光景を、みなの見開く目が映しておきながら、無意識に映さないようにして焦点が合わない揺れたした視界で捉える。
ヘルベルトに掴まれ噛まれたセシリア自身も首筋に走る痛みと不快極まりない生ぬるい感触だけ感じ、何が起きたのか理解できていない。
「ぐわぁああああああっ!!??」
この世のものと思えない断末魔が礼拝堂に響く。
突然苦しみだすヘルベルトが床に転がり、セシリアを鬼の形相で睨みながら口を押えもがく。
「おまっ! おまひ、おと、せい、がはっ! せっいじょちょ、ちが、ちがっ!」
もがき苦しむヘルベルトと首を押さえるセシリアを見たジョセフが小さく頷く。
「なるほど、セシリア様の聖なる血にお前は耐えられないというわけですか。吸血と言うスキルに己自身が身を亡ぼすとは哀れなものですね」
ジョセフの解説に周囲の者たちが感心した声を出しどよめく。聖女セシリアに流れる聖なる血に悪であるヘルベルトは耐えられずに苦しんでいるとみなが納得する。
涙目で「血がぅ、血がぅ」と言いながらもがくヘルベルトの胸に空中を回転して戻ってきた聖剣シャルルが突き刺さる。
「ぬわあああっ!!!」
叫んだヘルベルトの体が青い炎で包まれ体が消失すると、空中に小さな青い火の玉が一つ浮かぶ。
『むっ、こやつ最後まで悪あがきするつもりだ。セシリア我を持て!』
聖剣シャルルの声で慌ててセシリアが駆け寄り聖剣を引き抜く、その横を青い炎が横切って礼拝堂の壁高い位置にある窓枠を抜け外へ向かって飛んでいく。
聖剣シャルルを手にしたセシリアが慌てて追いかける姿を見て状況を察したジョセフがセシリアを抱きかかえる。
「失礼します。しっかり掴まってください」
「えっ!?」
セシリアの短く上げた声を残しジョセフは窓枠に向かって走り出す。
「盾を壁に立て掛けてくれ!」
ジョセフが鋭く支持を出すと、壁際にいた一人の兵士が大きな盾を壁に立て掛ける。走ってきたジョセフが飛び上がり盾の上部を踏むと壁を蹴り窓枠に飛び込んで外へと飛び出す。
「ひやぁっっ!?」
いきなり高い場所へかけ上がったかと思うと今度は高所からの急降下で、悲鳴に近い声を上げるセシリアが思わずジョセフにしがみつき身を寄せると、それに応えるように力強く抱き締められる。
ジョセフは地面に着地するとそのまま青い火の玉を追い走る。セシリアを抱えてもなお軽やかに走るジョセフに追跡を任せ、抱いている聖剣シャルルと
『放っておいてもいずれ消えるほど弱ってはいるが、最悪の場合延命するため生き物に取り憑くやもしれん』
「取り憑くって、自分が消えない為に人を乗っ取るってこと?」
『まあそう言うことだ。そしてこの場合取り憑くのは生物として未熟な者。人であれば子供だろうな。復活までに何年掛かるかは分からんが、取り憑き、力を蓄え復活する算段かもしれん』
『子供』と言う言葉にセシリアの脳裏には料理人見習いのテトの顔が過る。
「ジョセフさん、あの火の玉は後方にいる料理人たちの集団に向かっている可能性が高いです。このまま追ってもらえますか?」
胸元で不安げに瞳を揺らし聖剣をぎゅっと抱き締める聖女に頼まれ、断れる男がこの世にいるのであろうか。
初めて見たときに感じた心の躍動は勘違いではなかったと、どこまでも強く優しく美しい聖女セシリアに尽くそうと心に誓うジョセフは、ふと笑う。
「姫の仰せのまに。少しスピードを上げますが舌を噛まないようにお気をつけ下さい」
朽ちた城から出て石畳の緩やか下り坂にジョセフが靴の裏に彼のスキルである『潤滑』を施す。
このスキル、摩擦を限りなく少なくするものゆえに擦り合う物体がフラットであればあるほど滑りがよくなる。
むき出しの土の上では滑ることが出来ないが、石畳であれば相性がよく滑ることが可能となる。さらに下り坂ならスキルの恩恵を大きく受けることが出来る。
氷上の上を滑るスケーターのように坂を滑ることで一気に加速したジョセフが青い火の玉に追いつく。
「しつ……こいっ。ぐっ、こっちに匂いがっ……」
逃げ出す前よりも一回り以上小さくなった体と、とぎれとぎれの声がヘルベルトの死期が近いことを示しいる。
そして必死に真っ直ぐ向かう先がテトのもとであると確信させる。
身を削り加速する青い火の玉が軍の最後尾にたどり着き、グワッチの卵を取るために屈むテトを捉える。
石畳の上を滑るジョセフも加速するが、僅かに離され距離が広がる。
『ぐっ、まずいぞギリギリ届かん、一か八か我を投げろ狙いは我の方で修正する』
セシリアが聖剣シャルルの柄を握ったときポンポン草がポシェットに入っていること、そしてそれは多くの鳥類が好む草であることを思い出す。
「シャルル、一か八かならもう少し確立を上げてみたいんだ。上手くいくかどうか分かんないけど賭けてみる!」
素早くポンポン草を聖剣シャルルのガードと刀身の隙間に刺し『広域化』のスキルをかける。
「ジョセフさん聖剣を投げあの火の玉を討ちます! 私を投げて下さい!」
「その覚悟にお応えしてみせます」
ジョセフがセシリアを斜め上に投げる。空中で大きく振りかぶったセシリアが聖剣シャルルを投げる。
聖剣シャルルが集めた魔力を噴射し、紫の線を空中に引き青い火の玉を捉える。
バシュ、聖剣シャルルと青い火の玉がぶつかり響く乾いた音と飛び散る青い炎。
「ぐううううっ! 俺は消えない! 消えてたまるかぁあ!!」
ビー玉ほどの大きさになった青い炎は叫びながらテトになおも向かう。地面に突き刺さった聖剣シャルルを中心にポンポンと紫の光の粒が弾ける。
ポンポン草の効能にセシリアのスキル『広域化』が発動し、さらに聖剣シャルルの魔力が乗ったことで大きく広がる光の粒は周囲に癒しを、そして……
グワッッッッッチッッ!!!
セシリアも知らなかったが鳥類のなかでもポンポン草をこよなく愛するグワッチは大量のポンポン草の香りを吸い込み、大きく羽を広げ超ハイテンションでテトの前で飛び跳ねる。
「んあ!?」
「グワッチ!?」
ぷにぷにのくちばしを大きく開けハイなグワッチと青い火の玉は運命的な出会いを果たすことになる。
ポスっと音を立てグワッチの口に飛び込んだ青い火の玉は、喉を通りお腹の中でポンッと弾け一瞬だけグワッチのお腹が青く光る。
ハイテンションだったグワッチがピタリ動かなくなり、目をパチパチパチさせたと思うと、羽を広げ手を見るように羽の先端をじっと見つめる。
「グワッッッ!!??」
顔をパンパン叩いたり、羽をバタバタさせてみたり慌てふためくグワッチを見て聖剣シャルルが鼻で笑う。
『グワッチと融合したか。ふはははっ、なかなか似合ってるぞ。セシリア上手くいったな……ってなにをしておる』
勝利の宣言をさせようと思いセシリアの方を見た聖剣シャルルが呆れた声を出す。
宙へ投げ出され聖剣シャルルを投げた後、落下するセシリアをジョセフが滑り込んで受け止められた後、がっしりと抱きしめられセシリアが焦っている姿がそこにはあった。
「お怪我はありませんか?」
「お、おかげさまで、はい、ありません」
ジョセフに抱き締められたまま耳元で囁かれたセシリアは体の芯からゾワゾワして、離してほしくてモゾモゾするとさらにぎゅっと抱き締められる。
そのまま髪を撫でられゾワゾワの限界に達したセシリアはジョセフの胸元を手で押す。
「あ、あの、その、離して……ください」
「失礼しました」
解放されたセシリアは慌てて起き上がると、急ぎジョセフのもとから去り聖剣シャルルを地面から引き抜く。
自分のもとから去るセシリアを見送るジョセフは自分の胸元に先ほどまであった温もりを思い出すように手を握りしめる。
「必ず、貴女をこの手にしてみせます」
拳をグッと握るジョセフの気持ちなど知らずに、セシリアは泣きながら聖剣シャルルを手にする。その目からは大粒の涙がポロポロとこぼれていた。
「もーやだよー、首噛まれたり髪撫でられたりなんでこんな目にばっかりあわなきゃいけないんだよぉー」
『ほら泣くな。辛いなら我が愚痴を聞こう。だから男の娘をやめないでくれ』
「男の娘とか意味分かんないよー。もーお前がこんなことするからぁ~」
セシリアはグワッチに向かって聖剣シャルルを振り上げる。
ぐすぐす泣きながら聖剣を振り上げるセシリアにグワッチは羽で頭を覆い隠し身を縮める。
涙目で睨むセシリアの瞳のなかでグワッチが震える。
「むー」
小さく唸ると振り上げた聖剣シャルルを勢いよく下ろしドンっと地面に突き立てる。
「お前なんか知らないっ! どこへでも行ってしまえ」
プイッと身を翻し聖剣シャルルを鞘に収めたセシリアをグワッチは羽の隙間からそっと覗く。
『とどめは刺さんのか?』
「もういいよ。しばらくあのままなんだよね。ならあの姿の方が反省するでしょ」
『怒るセシリアも可愛いし、なんだかんだで優しいな』
そんな台詞に対してセシリアは無言で聖剣シャルルをバシバシと地面に叩きつけながらテトのもとへ向かう。
涙を流しながらやって来たセシリアに驚くテトだが、無言でぎゅっと抱き締められ目を丸くして驚く。
「無事で良かった」
そうセシリアに呟かれ、少年テトは完落ちしてしまうわけである。