第35話 ちょっと多過ぎやしないか?
ローコー山脈と呼ばれる岩山が連なるその麓にある鬱蒼と木々や草が繁ったメフィスト山の中にその小さな城はひっそりとあった。
いつの時代に建てられたものかは定かには分からないが、周りに町の跡らしきものが見当たらないことから戦の拠点的な城だったのかもしれないと識者は説明する。
今となっては誰も知らず、分かっているのはそこに人の血を吸うヴァンパイアと呼ばれる男がいると言うことだけである。
「魔族と魔物の違いですか? セシリア様が疑問に思われる通りこの線引きは曖昧なところがあります。
分かりやすい分け方で言えば魔物は動物に近く、魔族は人に近いと思っていただければ良いかと思います」
馬に乗って移動しながら隣を歩く博識な初老の男性から話を聞きながら目的地の城へと向かう。
「大昔は魔族も人と同じくらい存在しており国を持っていたなんて記録もございますが、今となっては一部の地域を除き魔族事態を見ることはほとんどありません。かくいう私も魔族には出会ったことがありません」
「今回のヘルベルトと言う男は魔族なんですよね?」
「ヴァンパイア伝説を信じるならば魔族で間違いないかと思われます。ただなぜこんな場所にいて、今になって人前に姿を現したのかそれは私には分かりません。申し訳ございません」
「教えてくれてありがとうございます」
頭を下げるセシリアに初老の男性も慌てて頭を下げて後ろに下がっていく。
どうでもいい世間話よりも知識を得られる方がいいと魔族について詳しい人がいないかとセシリアが尋ねたら、詳しい者を寄越すと数人の博識な者たちが代わる代わるやってくるのである。
「先方隊が城らしきものを発見したとのことですので、目的地までもう少しかと思われます。ときにセシリア様、お疲れではないですか?」
ジョセフが前方からやって来てセシリアに話し掛けてくる。
「はい、大丈夫です」
「そうですか、それは良かった。城に着いたらセシリア様が直接かの者にお断りの返事をなさるおつもりですか?」
「一応そのつもりです」
「無視し我々に討伐に行くように命じることも出来るでしょうに、不届き者にも自ら赴かれお返事なさるとは本当にお優しい方です」
優しいもなにもあのまま王都にいたら、さらわれて血を吸われることになる、いやそれ以上に大変なことになるかもしれないと聖剣シャルルから聞かされれば、大勢の人を引き連れ討伐に行く方が良いと思っただけなのだ。
聖女だなんだと持ち上げられただけでも迷惑なのに、複数の男に言い寄られ更には魔族からさらわれ血を吸われるかもしれない。
どんな運命だよと嘆くセシリアはため息をつく。
はぁっとつくため息すら、隣を歩くジョセフに色っぽいなと思われているなどとは知らずに城へと向かう。
***
城と呼ぶのはその外観が城っぽいからであり、石を積み上げた壁は所々が朽ちて大きな穴が空いており、その穴から侵入した苔と蔦に内部まで侵食され、およそ人が住める体をなしていない。
「入口らしきものがありましたが扉が朽ちており、無理に開けると倒壊する可能性があります」
周辺を探っていた兵士の報告の通り、入口らしき大きな扉は傾き大きな衝撃を加えると倒れそうである。
「これはおそらく投石器などを内部へ入れる為の扉ですな。戦時中の要塞として使われていたと考えるのが妥当でしょう。人用の通用門もあるはずですが、こうも草が生えていると探すだけでも苦労しそうですな」
初老の男が大きな門を見上げ解説するのを感心しながら聞いたセシリアが扉に触れて歴史を感じていると、壁に不自然なおうとつを見つける。手で擦り埃を払うと何やら文字らしきものが現れる。
「ぐ……つ??」
「何か見つけましたかな? ほう、旧字体ですな」
初老の男が文字を一文字ずつなぞりながら読んでいく。
「グランツ、栄光や輝きを意味する言葉ですな。おそらく戦いの最中、勝利や希望を祈り彫ったといったところでしょうかな」
「輝きって意味なんですね。 勝利を願って希望に満ちて彫ったといったところなんですかね?」
「それは私には分かりませんな。終わらぬ戦いに希望を見出したくて彫ったか、絶対に自分たちは勝つのだと信じて彫ったでは全然意味が変わってきますからな。周囲の歴史とあわせて言葉を読み解きますが、本当の心は彫った者しか分からないものです。
同じ光でも置かれている立場や気持ち次第で全く違うものに見えるのですから、歴史を調べる者としてはその思いが知れたらなと思う次第です」
彫られた文字を見ながらそこにある歴史と思いを読み取ろうとする初老の男の話を頷きながら聞き、同じ言葉にも込める意味で内容が変わるものの見方に関心していたセシリアのもとに兵士がやってくる。
「あちらの方にある壁に穴が空いているそうです。少し狭いですが問題なく通れるとのことです」
兵士の案内で着いた場所にあった、朽ちた壁に出来た大人一人が通れるほどの穴を通りカビ臭い内部へ侵入すると、脚が折れボロボロの長椅子と祭壇であったであろう開けた場所に出る。
「祈りの場……と言ったところでしょうか。歴史的価値がありそうなものがチラホラ見えますが……」
「そうも言ってられないようですね。ここからは私たちの出番ですので」
初老の男を下げつつセシリアを背にして先頭にでたジョセフが鞘から剣を抜く。
「さてと、隠れていないで出てきたらどうです?」
ジョセフが声を上げたのと火花が散ったのはほぼ同時。
真上から降ってきたヘルベルトの爪を受け止めたジョセフがそのまま剣から火花を散らしながら爪を這わせると切り掛かると、ヘルベルトは顔を反らしギリギリで先端を避ける。
だが、ジョセフは振り抜かずヘルベルトの顔面の前で剣を止めそのまま流れるように突きに移る。
ガチチィン!
刺さる音でなく硬いものがぶつかるその音は、ヘルベルトが刃先を噛んで受け止めたもの。すぐに剣を引き抜くジョセフとどこからか取り出したハンカチで口元を拭うヘルベルトが睨み合う。
「人の物を噛むとは、はしたない」
「挨拶も無しに人の屋敷に侵入してくる人に言われたくないものだがな。
おや? これはこれはセシリア様、自ら来たと言うことは私のものになると言うことでしょうか」
二人の攻防に全くついていけてないセシリアが目を見開き呆然と見ていると、視線に気づいたヘルベルトが大袈裟に頭を下げて挨拶をしてくる。
「そ、その逆です。お断りに来ました」
「くっくっく、気丈に振る舞う姿もまた愛おしい。大丈夫、初めては怖いかもしれませんが身を委ねてくれればすぐに快楽へと変わることでしょう。さぁ私のもとへ」
セシリアの方へ向かって手を差し出すヘルベルトに、セシリアは聖剣シャルルを抱きしめ大きく後ろに下がり全力でドン引きする。
「ひぃぃっ、シャルルあの人頭おかしいよ」
『ふむ、欲望に忠実なヤツは嫌いではないが、我のセシリアを渡すわけにはいかんな』
「あ、この聖剣も頭おかしかったんだ……」
セシリアがヘルベルトにドン引きして、聖剣シャルルに呆れている間にジョセフが剣をヘルベルトの胸元に向かって突く。それをマントで弾きながらヘルベルトが後ろに下がる。
「女性への愛を語る場所が限定されているとは小さな男ですね」
「くっくっく、限定はされていないさ。私はどこでもできるぞ」
「ふん、あなたとは気が合いそうにありませんね」
「同感だ。なかなか気が合うじゃないか」
ジョセフとヘルベルトの剣と爪の激しい攻防が再び始まる。
「その剣、レイピアか。それにしてもやけに私の攻撃が反らされる。なにかスキル使ってるな?」
「戦いの最中にお喋りすると舌を噛んでしまいますよ」
「まあ、聞け。俺のスキルは『吸血』、女性の血を力に変えることができて、さらにだ! 俺が気持ちよくなれる! 最高のスキルだろ? 俺のを教えたんだあんたのも教えろよ」
「貴方にピッタリの下品なスキルですね。スキルは人の人格や個性と関係がある、なんて研究結果もありますが、それを立証する良きサンプルになりそうです」
魔物との戦闘でスキルは有効に働くが、対人戦ではスキルの所持と内容は勝敗に関わることなので口外することはない。王都での大会で多くのスキル持ちと対峙してきたジョセフはこうした探り合いにも慣れており、動じることなく攻防を続ける。
「つれないなぁ。それよりもあんた一人で戦っているけど全員でかかってきてもいいんだぜ?」
ヘルベルトはジョセフ越しにセシリアと数人の兵士たちを見て笑ってみせた後、直ぐに二度見する。
「ん? さっきまで十人もいなかったが、大分増えてないか?」
ゾロゾロゾロ……
壁の穴から次々と兵士や冒険者たちが中へ入ってくる。
ゾロゾロゾロ……
「いやちょっと待て、いくら何でも多すぎだろ。魔族一人にこんなに人数を寄越すか普通?」
朽ちた礼拝堂に入ってただけでもざっと四十人ほど、中からは見えないが外に控えている兵士や冒険者たちも含めば百人はいる。溢れる人数にヘルベルトが焦り気味に文句を言うがジョセフはお構いなしにレイピアの先を向ける。
「では、お言葉に甘えて全員でかからせてもらいましょうか」
朽ちた礼拝堂に無慈悲なジョセフの宣言が響く。