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第34話 遠征に欠かせないもの

 突如現れおよそ人ではない動きをして煙のように消え去る。

 その動きから人から離れた存在なのは間違いないが、直ぐにヘルベルトと名乗る男を討伐すべきという流れになった背景には聖女セシリアへ危害を加えたこともあるが、彼の存在を示す文献があり今後国に不利益をもたらすだろうという結論に至ったからである。


「バンパイアですか?」


「そうそう、おとぎ話として伝わっているんだけど、王国から少し離れた山の奥に古びたお城があってそこに住む男がいるって話」


 受付のメランダがしてくれる説明にセシリアは目をパチパチさせながら興味あり気に耳を傾ける。


「その男は美女の生き血を(すす)り永久の時を生きてるらしくて、時々人里に降りてきて気に入った娘を襲うの。って言ってもあくまでもおとぎ話なんだと思ってたけどまさか存在して、セシリアちゃんをさらうって血を吸いたいなんて驚きの展開だわ。本当に聖女様はモテモテね」


「全然嬉しくないんですけど」


「まぁ確かに血を吸われるのはごめんだものね。それによくよく考えたら、さらうって一方的過ぎよね。強引なアプローチってそれまで積み上げたものがあってこそだもの。初対面でそれはやっぱないわぁ~。

 じゃあさ、じゃあさ、セシリアちゃんはロックさんってどう思う? それとも今回一緒に行くジョセフさんとかどう? どちらかと言えばどっちが好み?」


「はぁ~、私に好きとかそう言う感情はなくて」


「う~ん、分かってる、分かってる。今は聖女として頑張るときだものね。いいのいいのセシリアちゃんはそのままで。

 一人の女を巡って争う二人、いえまだまだ他にも増える可能性もあるわね。はぁ~っ! 先の読めない展開! 熱いわぁ~」


 テンション高く恋愛お花畑なメランダについていけないセシリアは、ため息をつくしかないわけである。



 ***



 メランダの言っていた通り、アイガイオン王国から北へ向かい山脈にある小高い山に登ることとなる。

 山の麓までは馬車での快適な旅であったが、山には馬車はもちろん、人の侵入も困難なほど木々や草が鬱蒼と繁っており徒歩での登山を余儀なくされる。


 今回セシリアの為に王国から兵と、ギルドから募った冒険者たち合わせ総勢五十人名ほど、さらに身の回りを世話する従者も数十人ついてきておりクエストにおける人数としては異常に多い。

 人が多くそれぞれの役割が細かく分担されているゆえに、前衛が交互に入れ替わりながら道をどんどん切り開いて進むおかげで、隊はかなりのスピードで山を登って行く。

 セシリアに至っては馬に乗せられ揺られているだけなので苦もなく山道を進んでいるわけだが、さらには退屈させまいと色々な人が来ては話をしてくれる。

 ジョセフもときどきやってきては長々と話し掛けてくるので、正直うっとうしかったりする。


「一旦お茶にしましょう」


 前衛部隊がある程度道を切り開くまでを考慮して、時々やってくるティータイムまである至れり尽くせりの対応。

 険しい山を登ると困難なクエストになるかもしれないと聞いていたが今の喉かなピクニック状態におかれ、セシリア本人が本当に今クエスト中なのかと疑いたくなるほどである。


 (冒険者として至れり尽くせりのこの状況はどうなのだろう?)


 紅茶を飲みながらそんなことを思っていると、従者の一人がお盆に乗せたお菓子を運んでくる。


「こちらスコーンになっております。焼き立てですので火傷をなさらぬようお気をつけ下さい」


「はい、ありがとうございます」


 お菓子まで出ることに驚かなくなってきたセシリアがスコーンを手にする。


「本当に熱いや。焼きたてのスコーンなんて食べたことないけどいい匂いがするなぁ。うわぁふんわりしててお菓子の香りが鼻を抜ける。これが焼きたてかぁ……ん? まてよ焼きたて?」


 セシリアはハッとした顔で辺りをキョロキョロすると、先程の従者に向かって手を上げる。セシリアに呼ばれていることに気付いた従者は血相を変え走ってやってくると、膝と手を地面につけセシリアに頭を下げる。


「どっ、どうなさいましたか? はっ! まさか火傷されたのですか。私の注意不足です! 申し訳ありません! お許しぉぉっ!」


「ちっ、違います。先程焼きたてと言ってましたけど、これはどこで焼いているのですか?」


 頭を地面につけ謝っていた従者が怒られるわけではないと知り、ホッとした顔で涙を拭きながら後方を指さす。


「最後尾の方にセシリア様専用のお食事を作る者たちがおります。はっ!?、もしやお菓子の方がお口に合いませんでしたか。す、直ぐに作り直させるゆえしばしお待ちを」


「待って、違います。逆です! とても美味しかったのでお礼を言いたいのです」


 その場を立ち去ろうとする従者の袖を持って引き留めると、かなり驚いた様子でこれ以上ないないくらい目を丸くしてセシリアを見る。


「直接会ってお礼を言いたいので、そこへ案内してもらえませんか?」


「ちょっ、直接ですか!? セシリア様が直接だなんてそんな恐れ多いです。調理した者を連れて参ります」


 深々と頭を下げる従者に、セシリアはため息をついて、なるべくゆっくりと優しい口調で語りかける。


「私は聖女と呼ばれていますが、ただの冒険者なわけです。なのでそんなに改まらなくていいですよ。料理をしてくれている人も忙しいのに連れてきたら迷惑でしょう。調理場を見て見てみたいですし、私を案内してもらえませんか?」


 アイガイオン王国において奴隷などの制度はないが、貴族と庶民に目に見えた格差はあり、貴族に仕える従者を奴隷のごとく雑に扱う人も存在する。

 アイガイオン王のお気に入りである聖女セシリアに万が一粗相(そそう)があれば、従者の主人に罰せられる可能性もあり怯えていたのだがセシリアの優しさと慈悲深さに触れ従者は涙を流し始める。


「いっ!? えっと無理なら大丈夫ですけど。なんかごめんなさい」


「いいえ、私めなどに謝罪などやめて下さい。申し訳ございません、すぐにご案内いたします」


 突然泣き出した従者に驚きセシリアが謝ると、従者は慌てて頭を何度も下げた後、調理場へと案内を開始する。


 セシリア自身に深い考えはなく、この移動中にお菓子を作っている人たちがどんな場所でどうやって調理しているのか興味があったのと、お茶の時間に気を使って話し掛けてくる地位の高い者たちの相手が面倒だったので抜け出したかったのである。

 だがこの出来事は後々多くの従者たちの間にも広がり聖女セシリアは、誰にでも分け隔てなく優しくまごうことなき聖女であると噂されることとなる。


 そんなことは知らず、クエスト中にもかかわらず退屈していたセシリアは従者の案内で最後尾にいる料理人集団の元へとウキウキで行くのである。



 ***



 冒険や旅において食は大切な要素である。栄養補給の面だけでなく健康面、そして食べる楽しみによる生きる為の活力、癒しなどの役割がある。

 それゆえ多くの冒険たちは食に工夫し、こだわるわけだがこうして料理人がついてきて野外で本格的調理をすることはそうそうあることではない。

 セシリアの為だけの特別待遇ということになる。


 今は聖女セシリア様のお茶の時間。焼きたてのお菓子を作り終え、今晩の仕込みもある程度済ましておこうと野外に設置された簡易的調理場は大忙しである。


「テト! グワッチが卵産んでいるか確認してきてくれ」


「はいっ!」


 料理長が雑用係の少年に声を掛ける。怒鳴っているように聞こえるが、調理場は火の音や肉が焼ける音、煮込み音などで意外とうるさく声が大きくなるのでこれは平常運転なのである。


 テトは貴族お抱えの料理人である父の後を継ぐため修行中の身である。グワッチと呼ばれるアヒルにそっくりな鳥が生む卵は美味しく、此度のクエストで聖女セシリア様に生みたての新鮮な卵を味わってもらいたく生きたグワッチを連れてきたのだ。

 日頃からグワッチの世話を任されているテトも今回のクエストに同行することになったわけである。


 鳥かごのある方へ急いで走るテトだがふと足を止める。かごのところで見慣れない女性が座り込んでかごを覗いていて何やら隣にいる従者と話している状況が見え、どうしていいか分からず様子をうかがってしまう。


「へぇ~、コッコは見たことありますけどグワッチは初めて見ました。くちばしが丸くてあっ、けっこう柔らかい」


 鳥にしては珍しい少しぷにぷにする柔らかいくちばしを持つグワッチを指で突いて万足そうな顔のセシリアが視線を感じて後ろを振り返ると、一人の少年がじっとこっちを見ていることに気が付く。

 少年の目が自分と鳥かごを交互に見ていることに気付いたセシリアは


「こんにちは、このグワッチはキミの?」


 セシリアは声を掛けるが、突然声を掛けられたことに驚き声を出せないテトを見てセシリアは思う。


 (フラン(二番目の弟)と同じぐらいの年かな? )


 故郷にいる弟のことを思い出しながら名前を名乗る。


「セシリア・ミルワードと申します。よろしくね。キミの名前は?」


「ぶふぁっ!? せ、せい、聖女セシリア様!? ぼっつ わた、わたくしテト、テトって、でし!」


 自分が名乗って相手が驚くことにそれなりに慣れたと言うか、むしろ少々うんざり気味のセシリアは少年が驚いてもまたかと感じつつも、弟の姿と重なり微笑ましく見ていた。


「テトはグワッチの飼い主さん?」


「い、いえ。僕はその、グワッチが卵を生んでいるか、か、確認してこい、いや来てと言われまして」


 しどろもどろになるテトにセシリアが微笑み掛けながら頭を撫でる。


「テトはここで働いているの? まだ幼いのにすごいね」


 故郷の弟と同じぐらいの年齢で働いているのはすごいなと、心から思ったセシリアは弟のことを思い出しながら頭を撫でたわけだが、高貴な女性に微笑みを向けられ触れられることなど無垢な少年には刺激が強すぎた。


「ぐはぁっ!」


「ど、どうしたぁ少年!?」


 パタリと倒れ鼻からたらりと血を流すテトにセシリアが駆け寄り揺さぶると、更なるダメージの追撃を与えていくことになる。


「ご、ごめんなさい……」


「謝らなくいいよ。それよりも血は止まった?」


 セシリアが隣を歩くテトの顔を心配そうに覗き込むとテトは慌てて鼻を押さえ顔を反らしてしまう。


 無意識で少年に刺激を与えて、ちょっぴり大人の階段を上らせながらセシリアは料理場に案内してもらう。

 セシリアの突然の来訪に料理長を初め、みなが驚きさらにお礼を言われ感激の涙を流しながら列の中央に戻るセシリアを見送るのである。


 テトはセシリアを見送りながら、心配した表情で自分の顔を擦り触れられた感触を思い出しちょっぴりニヤケる。


 一生セシリア様についていこう! そう思わせるくらいに少年の心を鷲掴みにしたセシリアであった。

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