第33話 招待状のない来訪者
洋服、というかドレスに囲まれたセシリアはなにをしていいのか分からず目の前の二人のやり取りを見守っている。
「赤かぁ~確かに悪くないんだけど、セシリアって言えば藍色か紫寄りのイメージだと思わない?」
「んー、情熱の赤も素敵だと思ったんですけど、イメージカラーって確かに大切ですもんんね。あ、これはどうですか?」
宿屋の娘ラベリが青いドレスを持って、仕立て屋のエノアに見せる。
「あ~、良いんだけどちょっと露出が多いかも。ほら、セシリア……その、控えめじゃない?」
「あー、大人しいですもんね。でも肩は出してもよくないですか?」
二人の会話を聞いてセシリアは自分の胸を見る。パットマシマシでふっくらしているが実際は控えめどころではなく、ないのである。
ないのは当たり前なのだが二人の気を使った会話が、ない胸にチクチク刺さるのである。
「肩は出しつつも露骨に露出しないようにするならこれかな? セシリアどう?」
「えっと、あー」
エノアが手に持つのは胸元から首までレースで覆われたハイネックの青いドレス。胸元を隠しつつ肩は大胆に出していく、そんなコンセプトのドレスである。
本音はどのドレスも着たくないのだが、王国主催のパーティーに呼ばれている手前そうも言ってられないのが現状なのである。
ドレスを着てパーティーに出席する、故郷から立派な冒険者になることに憧れ出て来てこうなるとは全く予想出来なかったと思いながらドレスを選ぶわけである。
***
パーティー当日、その日は快晴で過ごしやすい気温で清々しいまでの満月の夜。絶好のパーティー日和のなか、このパーティーの主役であるセシリアは緊張と望まぬ格好のせいで暗い顔をしていた。
迎えの馬車から降りて、案内役の従者にエスコートされ開いた大きな扉を抜け会場に入った瞬間「聖女セシリア様のご到着です!!」のコールと共に拍手と歓声に迎えられる。
全然知らない人が沢山挨拶にきて、必死にペコペコ頭を下げ挨拶をする聖女セシリアは、人波が引いて自由になったところで天井を仰ぎため息をつく。
それから自分の足元を見て、慣れないヒールのある靴を床でキュッと鳴らし、レースのあしらわれた手袋で聖剣シャルルに触れ自分の胸元を見る。
(そもそもこのレースの部分、隠れているのだけど絶妙に肌が透けていて落ち着かないんだけど。エノアさんは露出を避けてとか言ってたけど肩と背中は結構出ちゃってるけどこれは露出に入らないのかな?)
スースーする背中に、聖痕は背中にもあるのだと言えば良かったと後悔してしまう。
そして何よりもセシリアを困らせるのが、挨拶を交わしたときの相手の視線である。男女問わずセシリアを見てくるのだが、男ほどセシリアの胸元や肩、背中や腰回りに視線を向けてくることである。
聖剣シャルルを抱き締めているおかげで前面は見えにくいが、それでも視線を感じて脱力感にさいなまれる。
(何が悲しくてこんな目に……)
「こんばんは、セシリア様。今日もお綺麗ですこと」
「こんばんは、綺麗だなんてありがとうございます。でも私よりあなた様の方がお綺麗ですよ」
「まっ、本当に聖女様はご謙遜なさるんですから」
どこの誰かも分からないご婦人の挨拶を、エノアから教わった取りあえず相手を褒めとけ作戦で交わすセシリアの言葉に、まんざらでもない様子で喜ぶご婦人。
「そうそう、セシリア様例のアレ、わたくしもお世話になってますのよ」
ご婦人が耳元に近づき囁く内容に、セシリアはまたかと心の中でため息をつく。
「えっと、ありがとうございます。見えないところにもこだわりって大切ですもの。あなた様の人生に潤いをもたらせたのなら私も嬉しいです」
「うふふ、おかげ様で潤ってるわ。セシリア様も見かけによらず大胆なものを使っていらっしゃるのね。わたくしも今日のは結構大胆でして、あらやだ、恥ずかしいわ」
「え、ええ……まあ」
ほほほほっと上機嫌に笑うご婦人を前にして、宿屋の部屋にある下着を思い出し憂鬱になりながら返事をする。
セシリアがオススメする下着や肌着の数々は、外見だけでなく内側にもこだわり、見えないお洒落を楽しむという新たな刺激を女性たちに与えた。
いずれときが立てば隣の大陸から入ってきて世間に広まったであろうが、時の人である聖女セシリアがオススメするからこその短期間での流行なのである。それに伴ってセシリアの聖女としての振る舞いだけでなく、刺激と潤いを与えてくれた側面に女性の支持も大きくなった。
エノア自身にそこまでの計算はなかっただろうが、現にこうしてご婦人たちからの支持を得てるのは間違いなので、聖女セシリアとして社交界デビューする面では感謝するべきなのだろうが、素直に出来ない複雑な気持ちになるのである。
愛想笑いを振り撒いてご婦人を見送るとしばらくして別の人が挨拶にきて笑顔で対応する。
これを繰り返し続ける内に元の顔が分からなくなるくらい顔が引き吊った感覚に陥るセシリアが顔をペシペシ叩いていると目の前に人の気配がする。
「こんばんは、今宵は……わ?」
影の主の顔を見て驚きの声を上げて慌てて口を押させてしまう。
「驚かせてしまって申し訳ありません。今宵は一層お綺麗ですね」
「あ、ありがとうございます」
正装の姿のロックがセシリアの手を取って挨拶すると、ぎこちない動きでセシリアもお礼を述べる。
『意識し過ぎだぞセシリア。普通に接したらいいぞ』
「うるさい」
セシリアが胸元で囁く聖剣シャルルに小声で文句を言うとロックを見る。微笑み返すロックに抱きしめらた夜のことを思い出し、セシリアの背筋がゾクゾクして引きつった笑みで返してしまう。
「今宵のお相手決まってますか? もしよろしければ私と踊っていただけませんか」
「えっ、あぁ……」
手を強めに握られパーティーで行われるダンスの相手を申し込まれ戸惑ってしまう。立場上ダンスの相手を申し込まれることは想定して練習までしていたが、いざ申し込まれると焦るものである。ましてロックと言うのがセシリアをより焦らせる。
セシリアの手を持つロックの手を横から伸びてきた別の手が握りセシリアから引き離す。
「ロック、キミにしては積極的じゃないか? 聞いたよこの間のクエスト大変だったらしいじゃないか」
「ジョセフ……群れるの嫌いなお前が王国主催のパーティーに参加するなんてどういう風の吹き回しだ?」
「セシリア様が主役のパーティーに参加しない理由の方がないだろ? おっと失礼、セシリア様今日もお美しいです」
ロックに代わってセシリアの手を取ったジョセフが前に出てセシリアの腰に手を回そうとしたところで聖剣シャルルが反応する。
「っと、相変わらず頼もしい聖剣だ」
「けっ、気取りやがってお前じゃ無理だ」
「ほう、大した自信じゃないか」
「あぁこっちとら、セシリア様を抱いてお連れした実績があるんでな」
いがみ合う五大冒険者の二人にオロオロする聖女セシリアの様子に興味がないわけがなく、みなの好奇心にあふれた視線が集中する。
カランカランッ
「アイガイオン王のご入場です!」
鐘の音が響き進行役の従者が声を上げるとさすがのロックとジョセフも争いを続けるわけにもいかず
互いに一睨みした後距離を取り王の入場を待つ。周りも王の入ってくる扉に注目してだれもセシリアを見ていないことに安堵のため息をつきセシリアも扉の方を見る。
盛大な拍手に包まれ王が入場し、歓声に手を上げ応える。そんな王が首を動かし何かを探す素振りを見せたかと思うと、セシリアを見つけた途端足早に寄って来る。
「おおっ聖女セシリアよ。元気にしとったか? ささ、今日はそちが主役じゃこっちへ」
「あわわわっ」
王が動線を無視してセシリアに近付き一緒に歩くものだから、護衛や従者も慌ててついてくる。挨拶も返す暇もなく中央の広場へと連れて行かれたセシリアを横に置いて王が上機嫌な表情で周囲を見渡す。
「みなの者! もう知らぬ者はおらんと思うが此度、我がアイガイオン王国に聖女が誕生したこと。そしてこの国の危機を救ってくれたことを! 今宵は聖女セシリア聖誕と活躍を称え盛大に祝おうと思う! さあ祝杯を!」
王の声にみなが酒の入ったグラスを掲げたときだった。
パチパチパチ
乾いた拍手が会場に響く。
拍手をする場面でないところでの拍手はよく響き、みなが音を立てた主を見ようと振り返る。
みなの視線の先にいた月夜のバルコニーの手すりに立つ男は、青い髪と黒いマントを風になびかせ拍手をしている。
真っ赤な瞳を王に向けると深々とお辞儀をする。
「ヘルベルト・アイゼンベルクと申します。今宵はあいにく招待状を持ち合わせておりませんが聖女セシリア様を祝福したく馳せ参じました。そして──」
ヘルベルトと名乗った男が真っ黒ながマントを大きく広げた様子はまるでコウモリの翼のようで、次の瞬間一陣の風がパーティー会場を抜け、そして金属がぶつかる音と眩い紫の光が広がる。
「ほう、これを受け止めますか」
セシリアが聖剣シャルルを僅かに抜き、露わになった刀身でヘルベルトの長く鋭い爪を受け止めていた。
この状況一番驚いているのは受けとめたセシリア本人である。実際に受け止めたのは聖剣シャルルであり、セシリアは手を引っ張られその勢いで聖剣シャルルを抜いただけである。
『ほれっ、ハッタリでいいからなんか言うのだ』
聖剣シャルルの声で我に返ったセシリアは目の前にいるヘルベルトに目を向ける。
「な、なんの御用でしょうか?」
こんなときに言えるセリフなんて持ち合わせていないセシリアは、自分でも何を呑気に尋ねているんだと思いながらも聖剣シャルル越しにヘルベルトを睨む。
「聖女セシリア様、あなたの血を頂きにまいりました。聖女の血は大変美味であると聞き及んでいます。よろしければこの哀れな男にお恵みいただけませんでしょうか?」
嘲笑うように言うヘルベルトにイラッとしたセシリアが鞘を握っていた手に力を入れ、聖剣シャルルを抜きながら振り抜くとヘルベルトはマントを広げ大きく後ろに下がる。
「これはこれは、さすが聖女セシリア様。おかげで私の爪がボロボロだ」
ヘルベルトが大袈裟に自分の手を擦りながら泣き真似をする。
「今日はあくまでもご挨拶、一旦退きますが聖女セシリア様。私はあなたのことが大変気に入りました。血だけではなくあなた自身を頂きに参ります」
ニヤリと笑い鋭い犬歯を見せるとマントで自らを包みその場から消えてしまう。
後に残されたセシリアがシャルルを鞘に納めると会場から歓声と拍手が起こる。
思ってもいない反応にキョトンとするセシリアに聖剣シャルルが声を掛ける。
『そのまま何事もかったかのように気丈に振る舞え。ついでだ、あの生意気な男を討伐すると言え』
「討伐ってあんなの無理だよ」
『やらなきゃセシリアは拐われて血を吸われるながら、ヤツにあんなことやこんなことをされるのだぞ……いやまて、それもありかもしれんな。妄想がはかどるな』
「ぐぬぬっ、それはヤダ」
下を向いて何やら呟いていたセシリア拍手をしていたみなが叩くのを止め、不安そうに見つめるなかセシリアが聖剣シャルルの先端を床にドンっと叩き音を鳴らしみんなの視線を引き付ける。
「王様、先程の者のお誘いを正式にお断りしたいと思います。ゆえにもし可能であれば兵をお借り願えないでしょうか?」
聖剣シャルルを手に凛と立ちそう宣言するセシリアの姿に会場が沸き立つ。
「ふむ、自ら三行半を叩きつけると申すか。余から見てもあの者はセシリアに相応しい人物ではない。
ハッキリとそちの相手に相応しくないと申して立場を分からせるとよかろう! ヤツの討伐を正式に聖女セシリア、そちに依頼する!」
王の言葉に会場がさらに沸き立つ、そんななか実は足が震えていてセシリアは聖剣シャルルにすがって必死に立っているのだが、スカートで隠れて見えないので気づかれていない。
宣言したはいいもののその場から動けないセシリアの後ろにジョセフが立ち、腰を支えてくれる。
「王よ、その討伐隊に私を参加させて頂けないでしょうか? 聞けば王国騎士団のロックは先の戦いで負傷されているとのこと。此度は治療に専念してもらいたく存じます」
「おい、お前なに勝手に──」後ろでロックが文句を言うが、王と目が合い口を紡ぐ。
「よかろう。ジョセフよ、そちの実力ならロックにも勝るとも劣らんであろう。聖女セシリアに言い寄る愚かな者を討ち取ってみせよ」
「はっ! お任せください」
ジョセフの宣言でヘルベルト討伐の狼煙がここに上がる。