第32話 銀の等級
少し前に立ったことがある場所にすぐに立つ日が来ようとは思いもよらなかった。酒場にある大きなステージに立つセシリアは遠い目をして、セシリアの偉業を褒め称えるギルドマスターのスピーチを眺めていた。
「冒険者セシリア・ミルワードよ、前へ」
「は、はい」
名前を呼ばれ慌てて返事をすると、それだけでみなが割れんばかりの拍手をする。ここ最近こんなのばかりだと半場あきらめ気味のセシリアが前に出ると、ギルドマスターがメランダが持っていた木のトレーに乗った冒険者の証を手に取る。
「此度の活躍とアイガイオン王国からの推薦を持ってセシリア・ミルワード、汝の等級をシルバーへと昇格するものとする」
そう言って冒険者の証である銀に輝くバッジをセシリアの手に乗せる。
「ありがとうございます。おごることなくこれからも精進していきます」
セシリアは受け取り挨拶をしながら本当はそんな等級をもらえる立場ではないんだけどなと思いながらも、素直に受け取る自分が諦めの境地に立派に立ったものだと感心してしまう。
「このギルドからシルバーの等級の冒険者が出るのは久しぶりだ。私も誇らしい」
「い、いえ私の力じゃなくて、聖剣がすごいんであって……その」
「はははっ、どこまでも謙虚だな。その凄い聖剣を扱えるのはセシリア嬢だけなのだろう? ならそれはセシリア嬢の力だ。自信を持つといい」
ギルドマスターとの会話になるほどそういう考え方もあるのかと感心するセシリアの口元にメガホーと呼ばれるマイクが差し出される。
「さーて、セシリアちゃん! ここで一言どーぞ! あ、ほらシルバーの証をみんなに見えるように掲げて、あっもっと高く上げた方がいいかも」
メランダに促がされシルバーの冒険者バッチを高く上げると驚きと感心の混ざった歓声が上がる。
そしてみながセシリアが何を言うのか期待の目で見つめる。そんな視線を受け緊張した面持ちで喉を鳴らし唾を飲みこんだセシリアが、メランダの持つメガホーに口を近づければ周囲の期待も大きく高まり空気がざわつく。
「えっと、今回アントンの巣の破壊と女王アントンの討伐の功績を受けてシルバーの階級に昇格しましたが、そのっ、決め手となった一撃は確かに私が放ちました」
ここで会場の冒険者たちが歓声を上がる。
「で、でもっ、私が一撃放つためにはみなさんの協力が必要で、私一人じゃ出来なくて……だからその……これからも助けてもらえると嬉しいです」
これに冒険者たちが盛大に反応する。
「当たり前じゃないですかぁぁあ!」
「俺たちでよければいつでもお助けしまぁす!」
「聖女セシリア様をお守りするのが俺らの役目です!!」
みな各々が思いを叫び酒場の建物にその低い声が響く。そんななかセシリアが聖剣を抱きなにかを喋ろうと口をパクパクすると、誰かの注意が入りすぐに静かになる。
「あと、一応この度シルバーの等級になったんですけど、知識とか経験とかあんまりなくて、だからその……」
セシリアが抱き締めていた聖剣をさらにきゅっと抱き締めて、戸惑っている仕草を見せるとみなが可愛いさを感じてしまう。
「色々と教えてもらえたら嬉しいです」
恥ずかしそうに言うセシリアに会場が沸き立つ。
「もちろんですぜぇぇ!!」
「また一緒にクエスト行きましょう!!」
「何でも聞いてくださいよぉ!!」
再び低い声で揺れる酒場のステージの上に立つセシリアは、みなの反応の大きさに驚きつつも自分が本当はシルバーの等級に相応しくないと思っていたので、内心非難の声もあるんじゃないかと心配していたのでホッと胸を撫で下ろす。
『セシリアよ……これを狙ってやってないとすればお前は素質があるぞ』
「ん? 何が?」
聖剣シャルルの声に聞き返すが、メランダがメガホーを持ち声を上げたので会話は遮られてしまう。
「さてさてみなさん! 今日は我らが聖女セシリア様のシルバー昇格を祝ってパーっとやっちゃいましょう! ちなみにここのお代は昇格祝いってことでギルドからも出しちゃいますが、大半はセシリアちゃん持ちでぇーす!!」
「あわわっ、言わないで、言わなくていいですって! 言わない約束だったのに!」
アントン討伐の功績を称え従来よりも上乗せされた報酬の一部を多すぎると今回の宴に使うことにしたのだが、内緒にしてほしいと言ったのを一瞬で裏切られ慌てふためくセシリアに感謝と労いの言葉が飛び交う。
「どこまでも謙虚で健気な聖女様に大きな拍手をお願いしまーす!」
割れんばかりの拍手と響く声にメランダが満足そうに頷きメガホーを再び口に近づける。
「そうそう、騎士団の一部ではセシリアちゃんのことを聖女だけでなく、姫って呼んだりもしてるみたいですよ! 王様も公認の呼び方なんで呼んでみてくださいねぇ~!」
メランダが会場を煽り、セシリアを前に押すと『姫』コールが鳴り響く。
『ふむ、姫プレイとは自然と生まれてくるものなのかも知れんな。感慨深いものだ』
姫コールに混乱するセシリアの胸元でそんなことを聖剣シャルルは呟く。
***
「ふぅ~酷い目にあった」
『酷くはないであろう、どれもセシリアを称える声であったぞ』
先に寝るという名目で、現在進行系で行われている宴を後にして、セシリアと聖剣シャルルは会話をしながら宿へと歩みを進める。
「冒険者になって一ヶ月も立ってなくて実力もないのにシルバーの等級もらってさ、姫コールまでされる経験ってのはなかなか酷だと思うんだけど」
『そうだろうか? セシリアのスピーチを聞く限りだとああなるのは仕方ないと思うがな』
「焚き付けたのはメランダさんでしょ。おれ……私は本音を言っただけだし。だって経験も知識もないんだから、見栄張っても仕方ないと思うんだけど」
『ふふふっ、その謙虚さは姫と呼ばれるに相応しいかもな』
愉快そうに笑う聖剣シャルルを見て膨れっ面になるセシリアに、聖剣シャルルはさらに愉快そうに笑う。
宿までもう少しと言うところで道の端に人影があることに気づいたセシリアが足を止める。
「夜分遅くに申し訳ありません」
壁に寄り掛かっていた影が体を起こすと、影は魔法で光る街灯の元に姿を現す。
「あ、ロックさん。この間はお世話になりました」
「いえ、お世話になったのは私たちの方です。セシリア様の助けがあったからこそ全員無事に帰れました。守ると言っておきながら情けない姿を見せて申し訳ありません」
頭を深々と下げるロックにセシリアは慌てて駆け寄る。
「い、いえ。あのときロックさんたちに守ってもらったから私は攻撃が出来たわけですし。それよりももっと早く私が動いていれば良かったんです。
あのとき怖くて体が震えて動かなくて、みなさんが頑張ってくれたから動くことが出来たんです。お礼を言うのも謝るのも私の方でぇっむぎゅ!?」
突然目の前が覆われ少し硬くて温かいものが頬に触れ、速い鼓動が耳に響く。
突然のことに自分がロックに抱き締められていることに気づくまで時間がかかってしまう。
「セシリア様、俺をお側においてもらえませんか? 俺ならあなたの震える体をっつ!?」
聖剣シャルルが放つ力に弾かれロックがセシリアから離れる。
「ごっ、ごめんなさい。聖剣の扱いがまだ上手く出来てなくて。だ、大丈夫ですか?」
「い、いえ突然申し訳ありません。ただ俺の気持ちを知って欲しくて。あのとき俺らに掛けてくれた労いの言葉、恐怖に震えながらも立ち向かい圧倒的な力を振るってなお、おごることなく優しく気高き振る舞い。そんなあなたに惚れました!」
「えっ……え? え?」
胸元を押さえ少し痛そうな表情を見せながらロックが口にした言葉にセシリアは固まってしまう。
「ど、えっと、あの、その……」
「今のセシリア様には成すべきことがあること、そして俺に気持ちが向いていないことは承知しています。ですが必ず振り向かせてみせます。ではまた」
そう言って背を向けるとロックはセシリアのもとを去っていく。
取り残されたセシリアは呆然とロックが消えた場所を見つめ続ける。
『見事なまでの愛の告白だな。で、どうする受けるのか?』
「う、うう、受けるってそんなわけないでしょ!」
『ふっふっふっ、よきよき。姫プレイの醍醐味はいかに姫にアピールするかだからな。一つ前に出る人間の出現は扱い方を間違わなければよき刺激になる。だが告白を受けるとまとまらなくなるから気をつけるんだぞ』
「だから受けないって! それよりもどうしよう」
『実は男です、と言うことで事態が好転する可能性もあるがそれは稀であろう。
幸い相手はセシリアの気持ちが自分に向いていないと認識しているわけだ。今後告白されても今の自分には使命があるのでお受けできませんと言って断っておけば問題なかろう』
「う、うん……そうだよね。それしかないよね」
不安そうに自分を抱きしめるセシリアの姿にきゅんとしながらも、しっかりフォローしようと誓う聖剣シャルルなのであった。