第31話 姫の一撃
「ちっ、アントンがこんな大群で来るなんて話は聞いたことねえが、文句言っても仕方ねえ。お前ら、ルートの確保を優先しながら撤退するぞ」
ロックが手に持っていた白銀の槍を手に取ると、向かって来たアントンの頭と体の隙間に突き立て切り裂きながら兵士たちに支持を飛ばす。
周囲をアントンに囲まれ絶体絶命的状況でも生きるために道を模索する姿は、怯えるセシリアが腰を抜かさず立っているだけの勇気をもらえる。
兵士たちの連携の取れた陣形を巧みに使いながら、自身の鋭くて激しい槍さばきは白銀の閃光の軌跡を残しながらアントンを次々と沈めていく。
その強さに希望を感じる一方で、無限に湧いてきて終焉の見えない状況に絶望を感じる。
「かぁっ! 数多すぎだろ。おい、お前火薬持ってたよな。数個でいい下の巣に投げ込め。こいつら巣の防衛を優先する習性があったろ、壊せば下に降りてくれるかもしれねえ」
ロックに声を掛けられた兵士が火薬の入った筒を鞄から取り出すと、石を擦り導線に火をつけ真下へ投げ込む。
ドーーン!! 鼓膜を振るわせる音と煙が上がって石に破片がパラパラと頭に降りそそぐ。舞い上がる砂埃も岩盤が硬いせいかそこまで多くなく、すぐに晴れた視界の先には一部に穴が開いた巣が見える。予想していたとはいえあまりにも小さな穴に誰も何も言葉を発しない。
それでも数匹のアントンたちが巣の危機を感じ取ったのか戻ろうと崖を降り始める。
だがすぐに脚を止めると頭の触角を揺らし、何かしらの気持ちの変化があったのか全員が再び上を向き崖を登ってきてセシリアたちの方へと向かって来る。
「まったくどうなってやがる。っと」
ロックがセシリアを抱き寄せ上から飛び掛かってきたアントンを槍で貫くと投げ捨てる。
「ちょっと手違いがあったみたいで申し訳ありません。セシリア様だけでも無事に帰しますんでもう少し辛抱してください」
ロックに抱きしめられ、掛けられる言葉が耳を抜けた後もなお頭の中に響く「セシリア様だけでも」の言葉。
──……
──リア
セ──!!
『セシリア! 我の声に耳を傾けろ!』
突然大きく鳴り響く声に目を丸くして腕に抱き締めていた聖剣シャルルを見る。
『やっと気づいたか。さっきから何度も呼んでるというのに。まあいい、セシリアよ我を抜け! あの巣を破壊してくれようぞ』
「で、出来るの? そんなこと」
『我なら可能だ。ただあの規模となると力を集めるのに時間がかかる。その間無防備になるゆえに守ってもらう必要がある。後はわかるな』
セシリアは聖剣シャルルから視線を戦うロックたちへ向けると唇をきゅっと噛み大きく頷いた後、大きく息を吸って声を上げる。
「あ、あの巣を私が破壊します!」
突然声を上げたセシリアにロックたちは戦いながらも耳を傾ける。
「ですが、一撃を放つのに時間がかかります。その間無防備になるので、そのっ、私を守ってください!」
声を上げるとセシリアは聖剣シャルルを抜き、目映い紫の閃光を発したシャルルを地面に突き立てる。
聖剣シャルルが突き立てられたと同時にセシリアを中心に広がった何重もの円は各々が独立した回転を始め、徐々に輝きを増していく。
その光景を見たロックたちの目に僅かだが希望の光が灯る。
「おい! みんな聞いたか? セシリア様を守れ! 難しく考えるな! アントンどもは巣ごとセシリア様がトドメをさしてくれる。俺らはセシリア様を信じて守り抜けばいい、簡単だろ!」
ロックの声に疲れが見え始めていた兵士たちが気合いを入れ直し、アントンの大群を押さえる。
逃げ道のない戦いは心が磨り減り、体力もいずれは尽き果てる。どんなに鍛練していても心が折れそうになるときはある、そんなときに輝きを増していくセシリアの姿は希望を抱かせるだけの光景であった。それゆえ最後の希望に望みを聖女セシリアにかけ兵士たちは奮闘する。
輝きを増していき、魔力を僅かしか持たない者でも感じられる程の力の輝きにロックたちが希望を抱くと共に、アントンたちが危機感を抱くのは至極当然のこと。
自然とアントンたちの向きがセシリアの方へ向いていく。自分に向かってくるアントンたちを薄目で見ていたセシリアが手に持つ聖剣シャルルに小声で話し掛ける。
「ま、まだ?」
『そう急かすな、中途半端に放っても意味がないであろう? それよりも凛と構えみなに希望を与えよ。それもまた姫プレイであり聖女セシリアにしか出来ないことであろう』
ちょうどそのときセシリアの頭上に飛び掛かってきたアントンがロックの槍に貫かれ、崖下へと落とされる。
「お前らの汚い手でうちのお姫様に指一本触れさせねえよ。お前らんとこの女王みたく巣の中に籠ってる臆病者と違うんだよ」
さらに二匹のアントンを凪ぎ払いながら叫ぶロックに兵士たちも気合いで答え次々とアントンを倒していく。
『我が言わずともお前を姫と呼んでくれるではないか。みながセシリアの、姫の一撃を切望しているぞ。その期待に応え今こそ放つぞ我の力を!』
地面に突き立ていた剣先を抜き柄を両手で持ち大きく振りかぶる。
剣を扱う者が見れば拙い初心者の剣技。だが膨大な魔力の燻煙はそんなことを黙らせるだけの迫力を持つ。
セシリアが両手に力を込め大きく振りかぶった剣を勢いよく振り抜くと刀身に集まっていた膨大な魔力は斬撃の軌跡に合わせ弧を描きそのまま下にあるアントンの巣に直撃する。凄まじい衝撃と爆発音に洞窟全体が大きく揺れる。
セシリアはと言うと聖剣の放つ大きな魔力の勢いに振られ一回転すると、そのまま転けて「ふぐっ」っと小さな声を上げうつ伏せに倒れてしまっていた。
うつ伏せになるセシリアの横で真下から膨大な魔力の火柱が上がり洞窟内を紫の光で包む。立ち昇った魔力は天井に当たると弾け、洞窟内に丸い紫の光の球となってゆっくり舞い降りてくる。
一つの球がアントンに当たると弾け思わぬ攻撃にアントンが地面に倒れてしまう。そこを逃さず兵士たちの槍が突き立てられ絶命する。
ふよふよと紫の球体自体に大した攻撃力はないが、大きなシャボン玉が弾ければそれなりの勢いはあり、アントンたちに舞い落ち弾けると地面に押し倒してしまう。
「これ、俺達じゃなくてアントンを狙って落ちてるぞ」
一人の兵士が呟く通り紫の球体はふわふわと舞い落ちているだけに見えてアントンの元に落ち弾けているのである。倒れるアントンを次々と討伐しながら、うつ伏せのお姫様に感動と感謝の気持ちを向ける。
みなの感謝の気持ちを受け魔力のシャボン玉が舞うなかセシリアがゆっくりと立ち上がる。
「あいたたっ、盛大にこけてしまった……」
『セシリア! 後ろに下がれ!』
聖剣シャルルの声で反射的に後ろへ下がったセシリアの目の前で、手に持っていた聖剣シャルルが手から飛び出し宙に浮き、他よりも一際大きな体のアントンのトゲのある腕を受け止める。
赤く光る眼光は鋭いが、自慢の顎は曲がり体の左側が大きく削がれ、半壊する体でなおも攻撃してくる大きなアントンが、セシリアに憎しみの光を瞳に宿し次なる一撃を放つがそれを白銀の槍が受け止める。
「触らせねえって言っただろ! 女王が今さら出てきてうちのお姫様を傷つけようだなんて甘いんだよ!」
ロックが槍で女王アントンの手を払うと喉もと穂先を突き立てる。それに合わせ周りの兵たちも一斉に槍で女王アントンを突き刺す。
目の光が消え、膝から崩れ落ちる女王アントンを見てセシリアはペタンと座り込んでしまう。
「やった……ってわっ!? わわわっ!!」
脱力感から思わず座り込んでしまったセシリアは突然の浮遊感に驚きの声を上げ、抱え上げロックの顔が目の前にきて微笑まれさらに驚きの声を上げてしまう。
ロックは焦るセシリアをお姫様抱っこしたまま歩き始める。
「さてと帰りましょうか」
「い、いえ、その、だ、大丈夫ですから下ろしてください」
「俺らお姫様に助けられたんです。これくらいはしないと面目が立ちません。何よりも俺にやらして欲しいんです」
「え、えと、その恥ずかしいですから……」
「それならなおさら下ろすわけにはいきませんね。俺のわがままに付き合ってもらいますよ」
恥ずかしがるセシリアを見て再び微笑むと洞窟の外へ向かって歩き始める。腰が抜けて立てないのもありなすがままにックに運ばれ、さらには周りの兵士たちの温かい視線に包まれるセシリアは思う。
(なんで俺、こんな状況になってんの? なんか違った意味で不味い方向へ進んでる気がする……)
嫌な予感を振り払うため、フルフルと首を振るセシリアだが、ロックが自分の腕の中で恥ずかしがる姿を見て可愛いお姫様だと思われているなんてことは知りたくもないセシリアなのである。