第30話 聖女への依頼
聖剣を両手に抱えた聖女が一人国王の前に立って向き合うのを周りの兵たちが見守る。基本王と対峙するのに武器を持つことは許されない。
それを許されるのはアイガイオン王国の秘宝であった聖剣を持つ聖女であるからに他ならない。
膝もつかず立ったまま話すことを許されているのも聖女ゆえ、日頃は鋭い眼光で兵たちを威圧する王が頬を緩め話す内容は……
「風邪は引いておらぬか? 本当に何もせんでいいのか? お金は、そのなんだ装備とかじゃなくて美味しいものを食べるとかあるじゃろ?」
「おかげさまで元気にしています。そのお気持ちだけで嬉しいです」
「セシリアは本当に欲がないのぉ~。もっと余を頼ってくれていいんじゃぞ」
孫娘に話し掛けるおじいちゃんのような会話。苦笑いをするセシリアは埒が明かないと会話の区切りを狙って尋ねる。
「あの、この度はアントン巣が見つかったと言う洞窟の封鎖と内部の魔物の討伐と聞いているのですが」
「おお、そうじゃった」
セシリアに言われ慌てて手をパンパンと叩くと、一人の兵が横に駆け寄り一枚の紙を王に手渡す。
「聖女セシリアよ、そちに魔物の討伐をアイガイオン王国から依頼する」
聖女セシリアだからこその名指しの依頼であるのであまり乗り気ではないが、王国から直の依頼をギルド通し冒険者として依頼されたことは嬉しかったりする。
王の元へ歩いて片膝を付くと聖剣シャルルを床に寝かせ紙を受け取る。
「そちの活躍、期待しておるぞ」
「ご期待に応えれるよう精進いたします」
昨晩からラベリと共に練習した成果を発揮し美しい所作を見せるセシリアをみなが見守る。
***
アイガイオン王国から東へ真っ直ぐ行った場所にある洞窟までの移動は馬車であり、時々出現する魔物を先方の隊が討伐して進んでいく。
洞窟にたどり着けば兵たちに囲まれ目的地の場所へと進んでいく。
「足元にお気をつけてください」
「あ、はい。ありがとうございます」
ロックが隣を歩くセシリアに声を掛けると、聖剣シャルルをぎゅっと抱きしめたセシリアにお礼を言われ僅かに目を逸らしてしまい、頬を照れくさそうに指で掻く。
ちょうどそのとき前方の兵士たちが声を上げる。
「ラトルトンが出現しました。セシリア様方はお下がりください!」
そう言って目の前に現れた目の赤い大きなネズミ型の魔物に一人の兵が盾を構え突進する。
ラトルトンは鋭い前歯を剥き出しにし盾に噛みつくが、硬い盾に阻まれてしまう。
その隙を狙い別の兵が槍でラトルトンを突き地面へと叩きつけると、反対方向からもう一人の兵が槍で突きトドメをさす。
槍を突き立てる兵に向かって別の場所に隠れていたラトルトンが飛び掛かるが、別の部隊がカバーに入り盾で受け止めラトルトンを討伐する。
洗練された部隊の鮮やかな討伐にセシリアは、冒険者たちとは違った技術に感激する。
「聖女様は戦闘に興味がおありで?」
食い入るように見ていたセシリアにロックが尋ねると、セシリアは少し照れた笑いを見せる。
「戦い方……と言いますか、その洗練された技術に感動しました。ここに至るまですごく鍛練されたんだろうなって考えると余計に」
「本当に面白いお方だ。聞いたかお前たち! 聖女セシリア様が我々の日々の鍛練を労ってくださっている! その意に応えろよ!」
「「「はっ!!」」」
短く低い声で拳を上げ応える兵士たちを見てロックが満足そうに頷く。
「戦場において士気は上げることは何よりも大切なこと。私なんかが言うよりセシリア様が言った方が何倍も効果があるみたいで、敵いませんよ」
「そ、そんなことありません。私は事実を言っただけで、みなさんに言葉を伝えたのはロックさんですから」
ロックは目を見開き驚きの表情を見せた後、下を向いて笑う。
「ほんと、敵いませんね。王が惚れるのも納得です」
「ロック隊長! 目的地に到着致しました!」
地図を持った案内役の兵士の報告で、緩んでいた表情を引き締め兵士たちに指示を飛ばす。
「先の穴を抜けた先にアントンの巣があります。報告だとまだ小規模で今なら爆薬で破壊できるはずです」
ロックが説明しながら先にある大人一人が余裕で通れるくらいの穴に視線を送る。その穴にセシリアも視線を移しながらこの作戦の概要を思い出す。
その内容はこうである。
最近の魔物生息地の変化を調べる際、アントンと呼ばれる本来ならアイガイオン王国から離れた森に住む魔物が王国近隣に出没することからその出所を探り洞窟に巣を作っていたのを発見したというわけである。
このアントン、蟻に似た姿をしており硬い外皮と鋭い顎が脅威であるが、それよりも三位一体つまり三体で隊を組み連携を取ることが厄介で初級の冒険者では苦戦してしまう。
寿命五十年程度と言われている女王アントンがいなくなったとき、新たな女王が生まれる。その際、アントンたちは元の巣を破壊し同じ場所に新たな巣を作るとされていて、別の場所に巣を作ることは極めて稀である。
その稀な事例がこの度の生息地の変化に関わっていると踏んでの討伐依頼。発見された巣はまだ小さく、火薬を使用した爆破作戦を行うことになったわけである。
騎士団だけでも遂行できる作戦にセシリアが呼ばれたのは実績を積ませたいという王の計らいであることは、セシリア自身も理解していたが騎士団の人たちと一緒に行けば戦い方を間近で見られ、見聞を広めるチャンスと割り切って付いてきたのである。
「ロ、ロック隊長!」
「どうした?」
先遣隊の兵たちが少し動揺したような様子で戻ってきたのを見て、ロックがいつもよりドスの利いた低めの声で答える。
それが落ち着けと意味と察した兵が胸に拳を当て姿勢を正す。
「報告いたします。アントンの巣が報告よりも五、六倍程度の大きさに成長しています」
「はぁ? 報告からまだ一週間しか経ってないんだぞ。巣の完成に二年以上かかるって言われてんのに一週間で五倍以上はねえだろ。まあ、いいとりあえず確認する。出入口を見張る隊四つ、俺と一緒にお前の隊ついてこい。セシリア様は……」
報告を受けて素早く支持を飛ばしたロックが隣にいる不安そうな表情を見せるセシリアを見て強張った顔を少し緩め微笑み掛ける。
「私と一緒について来てもらえますか?」
緊迫した空気に洞窟内という閉鎖空間ということもあり、一気に不安に駆られたセシリアは何度も頷きロックの横を一緒に歩き洞窟にある穴の先へと進む。
薄暗い洞窟内を魔法石の松明の明かりを頼りに進むと、大きく開けた場所に出る。
大きな卵状の部屋で構成されており七階建ての建物がすっぽり入るほどの空間、セシリアたちが出たのは丁度真ん中辺り。下を覗くと土や岩石と粘着液を練って作られた土色の大きな蟻塚見える。
壁に付く発光する苔のお陰でほんのり明るく視界が確保出来るのは救いだが、そのせいで下にあって苔の光で不気味に光る大きな蟻塚がはっきりと見えてしまう。
「報告だと二メートル程度だったよな? 確かに報告より五、六倍は超えてるな。縦、横幅とも大きい……こんな短期間でここまで大きくなるものか」
上から覗き小声で呟いたロックが兵士たちに手招きをして招集する。
「一旦撤退するぞ。持ち合わせの火薬じゃこの規模は破壊出来ない。それよりも何かヤバイ感じがする」
その言葉が合図になったかと勘違しそうになるほどのタイミングで、先ほど通った道から金属のぶつかる音と兵士たちの声が響いてくる。
そしてカサカサと下から地面を擦る音が洞窟内に反響して不快な音として鳴り響く。
巣から出て来たアントンの大群が崖をよじ登り始め、さらに別の場所から逃げ道を塞ぐように現れたアントンたちにセシリアは、聖剣シャルルを抱きしめ身を強張らせてしまう。