第3話 再登録は新たな冒険者を生む
「お嬢さん?」
武器もなく装備も壊れ、お金もない状況で、今後の行き先を考えると不安で胸いっぱいなってしまい自然と視線は下がってしまう。肩を落としトボトボ歩く自分がまさか「お嬢さん」などと呼ばれているなどと露ほども思っていないセシリアは、何度も聞こえてくる声に気付かず歩く。
気付いたのは下を向いた視界に、使い込まれてはいるが手入れのされた品のあるブーツが入ってきたから。
セシリアは思わず足を止め顔を上げ、涙で潤んだ瞳が映したのは白銀の鎧を着た金髪の青年。その青年に見覚えがあったセシリアは大きく目を開き潤んだ瞳に青年をはっきりと映す。
「あ、もしかして先ほど助けてくれた方ですよね?」
「ああっ、私のことを覚えていてくれたのですね」
「はい、もちろんです! 先ほどは助けていただいてありがとうございました」
頭を下げるセシリアに青年は大袈裟に腕を振りながら足を引き頭を下げる。
「魔物から女性をお守りするのは私の使命。お礼などいりませんよ。それよりもお嬢さん、あなたの涙の理由を教えていただけませんか?」
セシリアはここで自分が涙目であること、そして青年のセリフから自分が「お嬢さん」と呼ばれていることに気付く。
慌てて否定しようとして身を乗り出すが、自分の格好がワンピースであることを思い出す。この格好で「男です」と言って信じてもらう労力より、勘違いされたまま適当に話を合わせてとっとと帰ってもらった方が楽ではないかと言う考えに至る。
「い、いえ。なんでもありません。大丈夫です」
「いいえ! なんでも無いわけがありません! お嬢さんの涙の理由を教えていただけませんか?」
早くどこかへ行ってほしくて、なんでもないと否定したのに、それを青年はセシリアの手を握り更に否定してくる。
めんどくさいと思うよりも男に手を握られたことで背中に悪寒が走って言葉がでないセシリアのことなどお構いなしに青年は、自身の胸に手を当て歯を光らせ、セシリアにウインクをする。
「申し遅れました。私、ジョセフ・マードレと言います。ジョセフと親しみを込め呼んでください。もしよろしければお嬢さんのお名前を教えていただけませんか?」
歌うように名乗り、歯をキラッと光らせたジョセフに更に悪寒を感じつつも、名乗られ名を尋ねられたからには、答えるのが礼儀だろうと言うことで反射的に答える。
「セ、セシリア・ミルワードです」
「おおっ! セシリア! なんて美しい名前でしょう」
握っていたセシリアの手を掲げ、大袈裟に叫ぶジョセフのせいで周囲の人たちから注目を浴びてしまう。
好奇の視線が恥ずかしくて顔を真っ赤にするセシリアを、周りの人が興味深そうに見るので耐えきれなくなりジョセフの手をくいくいっと引っ張る。
そのはじらうセシリアの姿に周囲の人たちが頬を赤らめ、ほんわかとした空気を出していることなどにセシリアは気付く余裕はない。
「あ、あの急いでいるんで」
別に急いではいなかったが、この場から逃げ出したい一心で放った言葉もジョセフには効果はなく。
「これは失礼しました。ですがセシリアの悩み! ぜひ私にお聞かせいただけないでしょうか? お力になれるかもしれません」
相変わらずセシリアの手を握ったまま、歌うように尋ねるジョセフにうんざりしながらも、一刻も早くこの場から離れたい気持ちから正直に答えてしまう。
「冒険者カードを失くしてしまって、その手続きをしなければいけないんで、急いでいるんです」
「なるほど冒険者カードを! それはお困りでしょう! ですが私なら力になれると思います。ぜひ私にお任せ願えないでしょうか?」
「へっ?」
任せてくれないかと尋ねておきながら、セシリアの返答を聞く前にジョセフは手を引き歩き始める。
「そうそう、先ほどセシリアに頼まれた少年の捜索ですが、赤い鎧の少年を保護しましたのでお知らせしておきます」
「あぁ、見つかったんですね。良かったぁ~見つけてくれてありがとうございます」
村から一緒に来てシュトラウスに蹴られ飛んで行ったミルコの無事を知ったセシリアは胸をなでおろす。
「少年は今は気絶していて病院で治療中ですが、大きな怪我もしていませんし大丈夫でしょう。彼を薬草の採取の案内に雇ったのでしょうが、最近魔物どもが活発になっていますので腕の立つ傭兵を雇うことをおススメしますよ」
ミルコのことを薬草採取の案内で雇った傭兵だと勘違いしているジョセフは、最後の「おススメしますよ」でウインクしてなにやらアピールしてくる。
正直めんどくさいと思いつつも、自分だけでなくミルコを助けてくれた手前、邪険な態度を取るわけにもいかず、笑顔でもう一度お礼を述べジョセフについて行くことにする。
そしてたどり着いたのは、先ほどセシリがポンポン草を持って行った冒険者ギルド。
相変わらず多くの人で賑わう建屋内を歩き、そのまま冒険者登録が出来るの総合受付の案内カウンターに連れられる。
「こんにちは、なにかお困りごとですか? ってあらっ? ジョセフさんじゃないですか。ここに来るなんて珍しいですね。何かご用ですか?」
受付にいたお姉さんはジョセフを見ると、事務的な顔から一転し表情を緩め親しそうに話し始める。
「今日は私じゃなくてね。彼女の冒険者カードの再発行をお願いしたいんだが」
「再発行ですか? あらっ! 可愛らしい冒険者さんね」
「い、いえっ、可愛いくなんかないです!」
前につきだした手と同時に首を横にブンブン振りながら、必死に否定するセシリアを見てお姉さんはクスクスと笑う。
「けんそんしちゃってぇ~そういうとこがまた可愛いわね。え~と、再発行の手続きだったわね。登録したのはいつ、どこで?」
「二年前にメトネ村でしました」
「二年前、メトネ村ねっと……ん~、ん? あれぇ~二年前にメトネ村での冒険者登録履歴はないけど?」
お姉さんは分厚い冒険者登録された名簿をめくりながら首を傾げる。
「えっ!? 村の冒険者ギルドのハンスさんにちゃんと登録したぞって言われたんですけど」
「ん~、でもここ十年ほどメトネ村での登録者はいないわね。そうね、もしかしたら地方で登録書を書いても本部にまで届けて本登録しないといけないから、届けてないとか? 登録されたらこんな感じのカードもらえたと思うんだけど」
そう言ってお姉さんが手に持って見せたカードはセシリアが持っていたのは似ても似つかないもの。更には魔力を使用した本人登録により唯一無二の証明書になる他、これまでの戦績・実績や現在受けているクエストの表示ができるなどなど、セシリアの知らない機能を説明してくれる。
セシリアは村にいるハンス爺さんがくれた自分の持っていたペラペラのカードを思い出しながら、あの飲んだくれなら登録するのを忘れ適当なカードを渡すのもあり得ることだと肩を落として項垂れる。
「だったら、今新規登録をしたら良いんじゃないかな?」
「た、確かに! えっとお願いしてもいいですか?」
「それじゃあ、こちらの書類に必要事項を記載してもらってっと。後、登録手続きに銅貨三枚頂くことになるんだけど……」
書類をカウンターの上に置きながら説明するお姉さんの『銅貨三枚』の一言にセシリアは固まってしまう。
「……ですが、今日はジョセフさんの紹介ということで登録料は無料です! ただ今お友達紹介キャンペーン中で良かったですね。あ、早く書類に記入してくださいね」
『無料』の言葉を満面の笑みで言うお姉さんに胸を撫で下ろしたセシリアは、自分の隣で胸を張るジョセフに頭を下げお礼を述べる。
「ありがとうございます!」
「いや何てことはないよ、ただ一緒に来ただけだからね。それでもセシリアの力になれたのなら私も嬉しいよ。それよりも早く書くといい」
相変わらず歌うように答えるジョセフに、変わった人だが親切な人だと思いながら手続きの書類に目を向ける。
お姉さんに渡された羽ペンを手に書類に記入していく。
「セシリア・ミルワード、可愛い名前ね」
「え、か、可愛くはないと思います」
否定するセシリアを、お姉さんとジョセフは首を振って否定する。もはや突っ込んでもめんどくさいのでペンを進めることにする。
「メトネ村ねぇ~。あそこのお魚美味しいのよね」
「へえ~15歳! 若いなぁ~」
「あら?」
書くたびにコメントされ、個人情報駄々漏れなことに不満を感じながらもペンを進めていたが突然お姉さんがセシリアの手を両手で握る。
女性に手を握られたことのないセシリアは思わぬ事態にドキドキしながらお姉さんを見つめてしまう。
胸元のネームプレートには『メランダ』と記入されおり、お姉さんの名前を知ったセシリアは頬を赤くしたまま視線を上に向けるとメランダと目が合う。
メランダが微笑みを向けると、セシリアの心臓が大きく跳ねる。
ペンを握るセシリアの手を握るメラダの手に力が入るのに比例し、セシリアの心臓の鼓動が大きくなる。
「セシリアちゃんそっち男だよ。こっちが女の子♪」
性別の選択欄で『男』に丸をつけようとしたセシリアだが、メランダによって『女』に丸をつけられてしまうのである。