第28話 姫プレイの布教
「ふぅ~」
『セシリアと言えばため息だな。うむ、色っぽくて我は好きだ』
ベッドに横たわる聖剣シャルルをペチッと叩いたセシリアは、紐の付いた帯状の布を手に持ってもう一度ため息をつく。
意を決して肩紐に腕を通し、帯を胸に巻き背中にある金属のフックを掛ける。
その上から藍色のワンピースを着ると、鏡台の鏡に全身が映るようにやや離れて立つ。
しばらくじっと見つめた後、ゆっくりと前に出て鏡台に座ると鏡に映る胸元が僅かに膨らんだ自分をじっと見つめる。
『可愛い』
「突然なに言ってんの!」
『いや、セシリアの心の声を代弁したまでだ』
「思ってないから。まったくなんかもうどんどん引き返せなくなってる気がするよぉ~」
鏡台に附せるセシリアの頭の中にそっと声が響く。
『気ではなく、大分前から引かせんと思うがな。王国の国宝である聖剣を手にし、自分の祝日まで作られた者が今更引き返せるわけなかろう』
「知ってるっ、知ってるもん! 気づいてない振りしてるだけだし! うにぁああ~っ!」
伏せた状態で頭を抱えてもがくセシリアの背中を見ながら聖剣シャルルは心の中で満足の頷きを繰り返す。
(うむうむ、最近言葉遣いも可愛くなってきた。よき傾向だな。)
バーン!!
ノック変りのドアを吹き飛ばさんばかりの蹴りからの、一回転で着地し片膝立ちするメイドの肩にはホウキが担がれている。
「今すごく可愛い声がしましたので駆けつけました!!」
キリリとしたどや顔で言うラベリにもセシリアは落ち着いて対応する。この辺りに日頃のラベリの様子が見て取れる。
「ラベリ、普通に入ってきてくれると嬉しいな」
「我慢出来なかったのでつい。あ、でもでもセシリア様以外の方にはちゃんとノックして入ってますよ」
それなら自分のときも普通に入ってきてくれよと思いながらも、なでて! なでて! と頭を差し出してくるラベリの頭をついつい撫でてしまう。
「あややっ? セシリア様、早速例の下着付けられたんですね。う~んもっとマシマシにしてもいいと思いますけど?」
セシリアの胸元を見たラベリが口角を上げニンマリと笑みを浮かべる。
「い、いやいいよ。ほら、いきなり大きくなったらおかしいでしょ」
「んーまあそれもそうですね。下もあの下着を穿いてるんですか?」
セシリアは目線を下に向けられ思わずスカートを押さえつつ身を引く。
「ど、ドロワーズだよ。ほら、前も言った通りこの格好で戦闘するわけだから。今日もクエストを受けに行って実績を積まないといけないから見えたら恥ずかしいし」
「う~っ、残念です。せっかくセシリア様とお揃いかと思ったのに。あ、見ます?」
「うわあっ、いい! 大丈夫、大丈夫だから」
スカートを上げようとするラベリの手を必死に押さえて阻止する。
「もう、私はセシリア様と見せ合いっことかしたいんですけどぉ。セシリア様に見せれない理由があるんですし、ここは私が見せるしかないじゃないですか?」
「ほら、そういうのは気軽に見せるんじゃなくて。なんというか、こう大事なときと言うか……ね?」
セシリア自身も詳しくは分からないけど、こうなんか伝われ~って感じで必死に言葉を並べるとラベリは腕を組み天井を仰ぎ体を左右に揺らし始める。
「大事なときぃ~かぁ~、ふふぅ~ん、あ~なるほど、うん、そうですね。押し引き、じらしとか言うやつですね! さすが夜の……あ、いえ、こほんっ」
「夜の?」
「ああっ、なんでもないです! セシリア様ありがとうございます!」
セシリアは「夜の?」で首を傾げて、慌てて去って行くラベリにさらに首を傾げてしまう。
***
そして今ギルドの受付で同じ角度で首を傾げるセシリアの姿があった。
「ふふふっ、セシリアちゃんに余のご婦人方もお世話になってますとお喜びね。うんうん、女の子の冒険者が生まれたとき男たちの掌握は割と簡単でも、同性からのやっかみが問題になることがあるんだけど素の清楚さと謙虚さで好印象を持たせつつ、裏の大胆さでご婦人たちも味方につける。
洋服の宣伝って面白いことすると思えばまさかこんなことまでするとは、セシリアちゃんと言うよりも相方が凄いのかな? ふふふっいいわ。あ、私も今度買うね」
周りに聞こえない声でコソコソセシリアに話し掛けてくるメランダに、傾げた首をさらに捻る。目をパチパチさせながら、この間のエノアと今朝のラベリの言動が頭を過り、そして今メランダの言葉がそれらに重なる。
(自分の知らないところでとてつもなくまずいことになってる気がする……考えたくない。い、今は冒険者として頑張るんだ!)
とりあえず今は心当たりに気付かない振りをしてメランダに挨拶を済ませ、クエスト受注へと向かう。
自分の身の丈ほどある聖剣シャルルを抱きしめて、必死に歩く姿はそれだけで男たちの心を和ませてしまう。
掲示板に張ってあるクエスト依頼の紙を見るセシリアが右を見れば男たちも右を見て、セシリアが左を見れば左を見る。
そんな様子を離れたところで見るメランダは満足げにうんうん頷いている。ここ最近のお馴染みの光景だ。
『今日も下位のクエストを受けるのか? 今回は魔物討伐に行くと言っていたが』
カタカタと聖剣シャルルが音を立てながら尋ねてくる。
今セシリアが見ている掲示板は下位のクエストが張られており、内容は主に採取や荷の運搬、草むしりから修理など比較的簡単なものが多い。
特に採取系は受付に行かなくても先に採取して納品することもでき、雑用よりも割が良いので地味に人気がある。
魔物の討伐となるとギルドの受付で、自分の等級にあったものを受けることになる。出る前に「魔物討伐とかやってみようかな」と言っていたセシリアの発言を受けての聖剣シャルルの発言なわけである。
「んー、下位の方でもたまに簡単な討伐系があるんだけどなぁ」
『一応等級ブロンズなわけだし、結構上のクエストも受けれるのではないか?』
「確かにあるけど、経験も少ないし実力にあったものを選ぼうかなと」
『ふむ、それも確かに大切だが少し上のクエストを受け経験を積むのもよいのではないか?』
「でもさ、強い敵に無謀に挑んでも経験うんぬん前に命の危機に陥るだけじゃない?」
『それは一人で挑めばの話だろう。セシリアはまだ冒険者になったばかり、誰かの力を借りて魔物を狩る。そのことで他の人がどういう動きをして魔物を狩るのか、または討伐した魔物の特徴を知ることも出来るのではないかと我は思うがな……どうした?』
目を丸くして驚きの表情を見せるセシリアに聖剣シャルルが話を止めて尋ねてしまう?
「シャルルってときどき、すごくまともなこと言うよね。日頃変なことしか言わないのに」
『誉めてくれるな。日頃から我はまともなことしか言っておらぬ』
セシリアは自信満々に言う聖剣シャルルに「言ってないでしょ」と突っ込みたい気持ちはあれど、スルーして会話を続ける。
「誰かのチームに入るか所属した方が良いってこと?」
『うむ、普通ならばそうだと答えるが、セシリアの今の立場を考えると一つのチームに所属するのは、他のチームとの摩擦を生みトラブルになる可能性が考えられる』
「じゃあ、どうすれば?」
『それはだな、その都度今日行くメンバーを募ればいい。それにより多くの冒険者の戦い方を学べるし、同じ魔物討伐でも新たな発見があるやもしれん』
セシリアは聖剣シャルルの言葉を頭の中で復唱しながら考える。
(確かに多くの冒険者の戦い方を学ぶことは自分の糧になるし、魔物の知識を得ることも出来る。
今後チームを組むとしてもどんな役割や連携があるのか色々学べることは多い。
問題はその都度メンバーを募るというとこだな……)
そう思いながらポシェットに付けてある冒険者の証である、ブロンズのバッジを見つめる。
『大体何を悩んでいるのか予想がつくが、セシリアは等級がブロンズであっても駆け出しの冒険者。ならば恥ずかしがることはない、分からないなら分からないと素直に声を掛ければ力を貸してくれるはずだ。
さあ、後ろを振り返って声を掛けれるといい。きっと力を貸してくれるはずだ』
セシリアは小さく頷いて、後ろを振り返るとたまたま後ろでセシリアの同行を見ていた三人の男たちと目が合う。
「あの、私まだ冒険者になったばかりでどんなクエストを受ければいいとか分からないんです。
魔物の討伐とか実績を積みたいですし、オススメのクエストを教えてもらえませんか?」
聖剣をきゅっと抱きしめ、上目遣いで見てくる聖女セシリアの姿を見て断れるわけもなく、三人の男たちは声も出さずに何度も頷く。
「それと、もしよろしければ一緒にクエストを受けてもらって、色々と教えてもらえたり出来ませんか?」
「大丈夫!」「もちろんオッケーですよ!」と口々に返事する男たちに、セシリアはホッと一つ息を吐き、男たちを見てニッコリ微笑む。
「良かったです。断られるかと思ってドキドキしてましたから」
「ぐはっ」
三人組のうちの一人が鼻血を出して倒れる。
「えっ!? ええっだ、だい、大丈夫ですか?」
セシリアが慌てて介抱するため寄り添うと、男のダメージは深くなりクエストを選ぶ前から離脱してしまうことになるのだ。
(むふふ、セシリアの魅力が広がっておる。我も鼻が高いと言うものよ。
我の主人の魅力を広めることこそ我の役目、我の生き甲斐。そのためにも姫プレイを確たるものにせねばな。)
セシリアの胸元で聖剣シャルルが、主であるセシリアの魅力を自慢したくてウズウズしているのである。