生意気な聖女は生意気に世界を救う
鎧をまとった男や、筋骨隆々な大男たちが宙を舞い地面に叩きつけられる。
「きゃははっ! ださっ! おじさんたちそんな弱いのにいきってたんだ~」
銀色の髪をかきあげ、ブラウンの瞳で視線を向ける小さな少女は、口元を押え馬鹿にしたように笑う。すると一人の大男が立ち上がって血走った目で少女を睨むと、鍛え上げられた腕を振り上げ走り寄ると拳を振り下ろす。
周囲の人々は小さな少女が大男の拳で大怪我ではすまない悲惨なことになるのではと、悲鳴を上げる者、目を背ける者など様々だが当の本人はニヤリと笑みを浮かべる。
「ポロン、ガード」
少女が右に刺してある剣を左手で抜く。その剣は太く短く剣と呼ぶには平たく不格好な姿をしている。なによりも刃がなく、唯一先端が微妙に尖っているだけで最早剣の形をした盾のようでもある。
盾としても、薄くガードや持ち手がついている分使いづらいのは間違いないが、少女は細い手で振り上げたポロンと呼んだ剣で大男の拳を受け止める。
「なんだと⁉」
自分の渾身の一撃がなんだかよく分からない剣に、それも細い腕の小さな少女に止められたことに目を見開いて驚く。
「きゃはっ、そんなに驚かなくてもいいのに。面白い顔してるよおじさん」
大男が煽られ怒りを露わにした瞬間、少女が振ったポロンによって大男は地面に叩きつけられ転がる。その間に起き上がって間合いをつめていた男たち三人が四方から一斉に飛び掛かる。
それぞれが剣や槍を持っており、それが大の大人三人が少女一人に対して過剰な攻撃であることは誰の目から見ても明らかである。
「セレネ、切らないようにお願いね」
少女が左に刺してあった剣を右手で抜くと刃渡り50センチ程度のショートソードが姿を現す。
そんなショートソード一本でこの窮地をはねのけれるわけがないと、襲いかかる男たちはニンマリと笑い、周囲の人々は悲惨な未来に目を向ける。
少女の持っていたショートソードの刀身に、斜めの赤い線が等間隔に現れ何本も並ぶ。線から赤い煙が吹き上がると赤い線の部分に切れ目が現れ、次の瞬間には剣はバラバラになり襲いかかってきた男たちを吹き飛ばす。
鞭のようにしなる剣は少女を守るように空中で渦巻く。柄から伸びた元ショートソードの刀身と刀身の間は鎖のようなもので繋がっており、空中を泳ぐ姿は龍のようにも見える。
「ん? そこまでやっちゃうと消し炭になっちゃうからお預け」
少女が目線を上に向けて話しかけると、宙を漂うセレネと呼ばれた剣がくねくねと動く。それはどこか不満を訴えているかのようにも見える。
そんなやり取りの最中、左手のポロンと呼ばれた剣が突然光ったかと思うと、少女の腕を引っ張り飛んできた矢を弾く。
その瞬間、渦を巻いていたセレネがピンっと一直線に伸び、建物の上にいた男に巻きつく。
「抵抗しない方がいいと思うけどなぁ~。ちょっとでも動くとおじさんバラバラになっちゃうよ~。抵抗して怪我するとかダサくない?」
笑う少女の言葉に屋根にいた男は弓を手から離し無抵抗の意志を示すと、少女はセレネを引き男を屋根から引きずり下ろす。
男が落ちた瞬間にセレネは伸ばしていた刀身を元に戻しショートソードの長さに戻る。落とされた男は慌てて自分の体が切れていないか四肢を触って確認する。
「きゃはっ、そんなにビビるくらいなら、はじめっからやらなきゃいいのに。ダサすぎ!」
馬鹿にした笑い方で罵る少女がセレネを振ると、刀身を伸ばしたセレネの先端が逃げようとした別の男のズボンの裾に刺さる。
「ひえっ⁉」
驚いた男が悲鳴を上げながら顔面から地面にダイブしてしまう。
「逃げようとか、ほんとどこまでもダサいんだから。いい大人が恥ずかしくないのぉ?」
ニヤニヤ笑う少女に怯える男が口をパクパクさせながら叫ぶ。
「こ、このガキ。こんなことしてただで済むと思うなよ! なんたって俺たちはこの辺りを牛耳るベアウルフ団のメンバーなんだからな! 俺らのボスであるハンソムット様がただじゃおかないぞ!」
ひっくり返った男の言葉に他の男たちも口々に「そうだ! そうだ!」と騒ぎだす。
「うぷぷぷ、ベアウルフぅ? もしかしてあなたたちって、ハムちゃんの手下たちだったりする?」
「ハ、ハムちゃん?」
お腹を押さえて笑い出す少女に驚く男たちの顔を見てさらに少女は可笑しそうに笑う。
「おじさんたちが頼りにしてるハムちゃんって、南の山にアジトを構えてる盗賊かなんかの集団でしょ? あれなら私が全員拘束して解散させておいたから。ハムちゃんも、もう悪いことはしませんと言って大人しく逮捕されてたから復讐には来ないんじゃない?」
ケタケタ笑った少女が男たちを馬鹿にした顔で見下ろす。
「う、噓つけ。ボスが……」
「嘘だと思ったら、今から行く牢獄で聞いてみなさいよ」
少女に言葉を遮られ、いつの間にか囲まれていた警備兵に捕らえられた男はがっくりと首をもたげる。そんな男を見て少女はクスクス笑いながら、ショートソードを鞘に納める。
「すぐにボスがーとか、覚えてろよーとか、ザコはすべからくザコっぽいセリフを吐くんだからほんとっ、どうしようもないくらいダサいの! いい? ボスがどうこうじゃなくて自分がどう思って、どう行動するかでしょ? 負けて悔しいなら自分で努力して向かってきなさいっての」
少女の言葉に男は項垂れていた顔を上げ、少女をじっと見つめたあと口を開く。
「じゃあお前は俺が牢から出たあと決闘を申し込んだら受けるのかよ」
「ええ、もちろんじゃない。何回やっても私が勝つけどね」
少女の言葉に「けっ」と悪態をつく男を少女が真っすぐ見つめる。
「私の名前はアーチェって言うの。おじさんの名前はなんていうの?」
「あ? 名前? なんでだ?」
アーチェと名乗った少女はぷぷっと笑う。
「名前知らないと決闘申し込むときめんどいでしょ。正々堂々とくるならいくらでも相手してあげるから、名前くらい名乗ってもらえる?」
アーチェの言葉に目を丸くした男は、下を向いてふっと笑う。
「ランドルフだ」
「それじゃあランドルフおじさん。次に会える日を楽しみにしててあげる」
ふふっと生意気に笑うアーチェの言葉を受け、下を向いたままのランドルフは「ああ」と短く返事をして大人しく警備兵に連れて行かれる。
男たちが連れて行かれるのを見送ったアーチェは右にある鞘にポロンを納める。
「ありがとうございます!」
「助けていただいてありがとうございます!」
自分を囲む人たちをチラッと見たアーチェは、ふふっと笑うと両方にある剣を揺らしながら歩き始める。
「自分たちの町くらい自分たちで守れるように努力しなさいよ。私は忙しんだから、ずっとこの町にいるわけじゃないんだし」
アーチェの言葉を前向きに捉えた町の人たちが頷く。
「悪党にも一人の人間として名前を尋ね、牢から出たあとの目的を作ってあげる。そんな慈愛に溢れたことは普通の人にはできません。アーチェ様はまるで聖女のようです」
誰かが向けた言葉にアーチェは足を止め、耳を大きくする。
「今、なんて?」
「え?」
声を上げた方に向かって振り返ったアーチェが尋ねると、その鋭い視線に一人の男が思わず後ずさる。
「今なんて言ったの?」
「あ、えっと慈愛に溢れた……」
「そこじゃなくて最後」
「聖女のようだと……」
その言葉を聞いてアーチェニンマリと笑う。
「そーよ、おじさん分かってるじゃない! いい、よーく聞いてよ。アーチェのお姉ちゃんは、かの有名な聖女セシリアなんだから! 妹の私が聖女であるのはとーぜんなわけっ!」
ふふんっと胸を張るアーチェが周囲の群衆を見渡す。
「いい? 私はね、お姉ちゃんを超える聖女になるんだから。アーチェちゃんの顔、よーく覚えておきなさいよ!」
キメ顔で周囲に愛想を振りまくアーチェは、人々の歓声を受け機嫌よく町をあとにする。
***
町から離れ、小高い丘の上から先ほどまでいた町を見下ろすアーチェがため息をつく。
「ちぇ~っ。ここには私のお眼鏡にかなう人はいなかったし~、ざんね~ん!」
『アーチェちゃん、そんな目的で聖女を目指すのはあんまりよくないと思うな』
アーチェの右にある剣ポロンがカタカタ震える。
「なによ、目的ついでに人のために戦ってるんだからいいじゃない。皆喜んでたし」
『うぅ、それはそうだけど』
『アーチェ、次いこっ! セレネはアーチェの皆にチヤホヤされて、玉の輿も狙っちゃうって目的好きだなぁー。やっぱ好きなことするのが一番楽しいって思うし! セレネもそんな旅がしたかったんだから! ポロンは真面目過ぎるのよ』
『うぅ……姉さんはもうちょっと真面目に』
『あ? なんか言った?』
『な、なにも言ってないよ』
ポロンとの会話に、アーチェの左にある剣、セレネがシャララと震え割り込みポロンの意見を抑え込む。
「そーねー、私はお姉ちゃんと違って、もーーーとちやほやされたいの。だからお姉ちゃんを超える聖女になるんだから!」
セレネがシャララと刀身を鳴らし、アーチェの宣言を盛り上げるとポロンがガチガチと申し訳なさそうに音をたてる。
『あ、あの……お姉さんって、本当はお姉さんじゃなくて、その男なんだよね?』
「うん、そう。でもね、ある日男の娘になって聖女として帰ってきたから今はお姉ちゃん」
堂々と言うアーチェに戸惑うポロンの代わりにセレネが刀身を鳴らす。
『男の娘ね。変わり者のシャルルの言いそうなことだこと。でも、セレネ会ってみたいなアーチェのお姉ちゃんである聖女セシリアに』
「いいけど、すぐにはダメ。悔しいけどもこのアーチェちゃんよりも可愛いのよ。だから、可愛さも聖女としてもどっちも超えてから会うの。会って羨ましがらせてあげるんだから! だからもーっと皆に私の強さと可愛さを知ってもらわないといけないの! さ、二人とも行くよ」
ふふんっと笑うアーチェは歩き始める。
シャララとテンション高い音と、ガタガタと遠慮がちな音を引き連れアーチェは次なる活躍の場を求め旅を続けるのだった。




