ちょっぴりその後……
ジリジリと日差しが照りつける街道を、一台の馬車が走る。
上空から降り注ぐ日光と、地面から立ち昇る熱気に当てられ、火照った体から出た汗が湯気となる。
タオルで汗を拭きながら馬車を操作する男、馭者が手綱を引き、街道にある木陰へと誘導すると、二頭の馬を馬車から外し休憩するために作られた人工池へと連れて行く。
遠くから引っ張ってきているのだと思われる水路を通って流れ込んでくる水に、馬たちが口をつけ美味しそうに飲み始めたとき、突然別の方向から響く馬のいななきと共に、数十人の男たちが現れる。
誰もが目つきが悪く、柄の悪そうな男たちの上半身は素肌に皮のベストという出で立ちで、髪型は真ん中だけ毛を伸ばし立てている、いわゆるモヒカンで統一されている。その中でも一番体格がよく、お腹の肉がいい具合にズボンからはみ出している男が馭者ののど元に剣先を向ける。
「おい、いい馬車に乗ってんじゃねえか。誰が乗ってる? 金持ちか? 女か?」
ゲフフフと下品な笑いをする男に、馭者は歯をガチガチ鳴らし震え命乞いをする。それを見た男たちはますます調子に乗って下品な笑いをする。
「俺たちはモッヒー団ってんだ。よろしくな」
「ひいぃぃ、モッヒー団⁉ あの有名な盗賊団がなんでここにぃ」
「ちょーっと縄張りを広げようと思ってな。そしたらこんな素敵な獲物に出会っちまったってわけよ。運命だなこりゃ」
盗賊団の頭がゲヒヒと笑いだしたそのとき、馬車のドアがそ~と開き中から一人の少女が出てくる。
背中に大きな銀色の弓を背負った、黒い髪の日焼けした小麦色の肌の少女は馬車を囲む男たちを見て目を丸くする。
「ほう、まだ幼さが残るが上玉だな。しかも高級そうなものも担いでるし。これは当たりだな」
舌なめずりをする盗賊のお頭を無視し少女は馬車の中に声をかける。
「へ、変な人たちにか、囲まれてます」
「んだぁ? 変な人たちってよ。もっと具体的に言えよ」
馬車からダルそうな声と共に、透明感のある緑色の髪の頭をポリポリかきながら出てきた少女を見て盗賊団はどよめき立つ。
「エルフだと!? 超大当たりじゃねえか!」
思わぬ獲物の登場に鼻息を粗くして興奮するお頭に、手下たちも小躍りする。
「んーたしかに変なのだな。間違ってねえわ。わりぃ」
眠そうなエメラルドグリーンの瞳で盗賊団を見渡したエルフの少女が呟く。
今にも襲いかからんとする盗賊団を前にして、エルフの少女があくびをしたあと、両手をパンと叩く。
「ここはあたいがやる」
「いいえ、私がやります!」
エルフの少女が一歩前に出ようとすると、もう一人の少女が背中に担いでいた大きな銀色の弓を手に持って前に出る。
「リュイは下がってろって!」
「ペティこそ下がってください!」
盗賊団に囲まれているというのに、緊張感のない二人はどちらが戦うかで言い争い始める。
「すげぇ〜技を思いついたんだって! ちょっと使わせてくれ!」
「技って、ペティは基本ベトベトかベタベタじゃないですか」
「んだと、リュイだって物騒な弓を振り回すだけだろ!」
盗賊団そっちのけで言い合いを始めるリュイとペティに対し、怒りでワナワナと体を震わせていたお頭が遂にキレる。
「てめえら黙っていたら調子に乗りやがってぇ! 痛い目見るだけで済むと思うなよ!」
キレるお頭をリュイとペティが目をパチパチさせながら見つめる。
「いいかお前たちは今から俺らに弄ばれたあと、後悔してもしきれないくらいの人生を過ごすことになるんだよ!」
目を丸くして驚く二人に決まったと、ドヤ顔のお頭を見てリュイとペティは口もとを押さえコソコソ話始める。
「うわぁ〜ドン引きです」
「ああいうのが拗らせって言うんだっけ。可哀想にな」
「おいてめえら。聞こえているぞ!」
怒鳴るお頭が剣を振り上げるが、馬車から降りてきた三人目の少女を見て口をポカンと開けて固まってしまう。
「二人ともいい加減にしてもらえるかな」
日の光に当てられ輝く銀色の髪に、輝く紫の瞳を持つ少女は、大きな剣を抱きかかえて、馬車から飛び降りふんわりと地面に足をつけると、リュイとペティに鋭い視線を向ける。
「セ、セシリア様、ここは私が収めるのでゆっくりしてください」
「そうだぜ、セシリアはゆっくりしててくれ。昨日も遅くまで仕事だったんだろ?」
慌てる二人をセシリアはジト目で見る。
「どっちがこの場を収めてもいいけど、馭者さんが困っているでしょ。こんな状況で、どうやってゆっくりしろと言うの」
怒るセシリアの姿に盗賊団のお頭をはじめ、手下たちは釘付けになる。
「こいつは……とんでもねえ。美しいって言葉じゃ言い表せないねえぜ。絶対俺のものにする!」
お頭が馭者を放り出すと、剣をセシリアたちに向ける。
「おいお前、名前はなんだ、なんという?」
「私ですか?」
セシリアが自分を指さすとお頭が「そうだ」と言いながら頷く。
「私を知らない……ふふっ」
セシリアが嬉しそうに笑みをこぼす。
「リュイ、ペティ聞いた? やっぱり奥に行くと知らない人の方が多いよ。こういう反応が欲しかったんだよ! あぁ旅に出て良かった」
自分を知らない人と出会えたことを喜ぶセシリアを、今度はリュイとペティがジト目で見る。
喜びを一通り表したセシリアが、小さく咳払いをしてお頭の方を向く。
「私の名前は、セシリアと申します」
「そうかセシリアか! いい名前だ。いいか、よく聞けよセシリア。抵抗しないなら三人とも丁寧に扱ってやる。だが抵抗した場合は少々乱暴なことをしなくちゃならねえ。綺麗な顔を傷つけたくないだろ? 特にセシリア、お前は俺の妻にしてやる。俺とくれば金や服もたんまりくれてやる。どうだ嬉しいだろ?」
セシリアたちに剣先を向けたまま、脅し文句を言うお頭にセシリアは微笑みかける。
その微笑みに思わず顔を赤くしてしまうお頭にセシリアは言い放つ。
「お断りします」
「なんだと……だがまあいい。初めっからセシリア、お前に拒否権なんざないんだからよ!」
セシリアに断られ激昂したお頭が足を一歩前に出そうとするが、足が出せずにバランスを崩して思わずコケそうになってしまう。
異変に驚くお頭だが、自分の足下はなにも変わっていないことに首を傾げる。さらに自分だけでなく手下たちも皆動けずもがいていることに気づき、今置かれている状況が異常事態であることを知る。
セシリアの頭に馬車から飛んできたグワッチこと、グランツが着地する。
「う〜ん、そこまではいいかな」
グランツと会話したセシリアは聖剣を抱きかかえたまま、ゆっくりとお頭のもとへ向かって歩く。
目の前まできたセシリアに見上げられ、その透き通る紫の瞳に自分の姿を映されたお頭は、間近で見るセシリアの美しさに思わず息を飲む。
「人を好きになるのは自由だと思いますけど、一方的に押し付けるのはよくないですし、まして自分のものにする、なんて発言はやめた方がいいと思います」
お頭は足どころか腕も動かせなくなっていたが、そんなことよりもセシリアに見つめられ、その美しい姿から目が逸らすことができず今はただじっと言葉に耳を傾ける。
「無理矢理好きだって言わせてもお互い嬉しくないですよ。自分が好きだよって言って、相手から私も好きだよって言われた方が嬉しくないですか? 私はそう思います」
ちょっぴり頬を桜色に染め、恥ずかしそうに言うセシリアの言葉に、お頭をはじめ、手下たちの心の中に電撃のような激しい衝撃が走る。
セシリアの言葉に多くの者たちが走馬灯のような白昼夢を、幼き純粋な少年の淡い初恋や、恋心を持ったあの日を思い出し見て、今のセシリアの姿と重ねてしまう。
「夢から覚めたとき、もし私の言ったことを思い出して、少しでもそうだなって思えたら。ちょっとでいいですから人に優しくしてあげてください」
そう言って微笑んだセシリアが指をパチンと鳴らすと、お頭たちは自分の影に襲われ意識が遠のいてしまう。
***
昼の暑さとは打って変わって、夜は寒く薄着でいればすぐに風邪を引いてしまいそうである。
フクロウが鳴く夜空の下で、人工池のふもとに横一列に並べられた盗賊たちは目を覚まし上半身を起こす。
一番はじめに起きたお頭が自分の胸を押さえかきむしる。
「あぁなんだこの切ない胸のモヤモヤはよ! なんだってんだ俺は、今までなにをしてきたってんだ」
吐き捨てるように言うお頭の言葉に、手下たちも思い思いに胸や頭に手を置き、今までの自分たちを振り返る。
「セシリアは今まで会ったどんな人よりも優しく強い……。そしてなによりも俺たちをみる目は、蔑む心など微塵もなくて、一人の人間として見てくれていた……。くっ、あんな目を向けられたのはガキのころ以来だぜ」
そう言いながらお頭は立ち上がると、満天の星を見上げる。
「決めた! 今日でモッヒー団は解散だ!。盗賊はやめだ! 今からは真っ当な活動をしていくことにするぜ! 名前もモッヒー団改め、セシリアを振り向かせ隊とする」
お頭が叫ぶと手下たちも拳を上げて雄叫びを上げる。
***
「ふんふ、ふんふ、ふ〜ん♪」
「なんだやけに上機嫌じゃねえか」
鼻歌を歌うセシリアにペティが話しかけると、セシリアは満面の笑みを返す。
「やっぱりこうやって旅してるって感じが良いなって思ってね」
「分かりますっ!」
力強く同意するリュイを横目にペティがふっと笑う。
「名前を知られていることよりも、知られてないことの方が嬉しいなんて変わってるよな。でもまっ、どこ行っても人に囲まれたんじゃ、めんどくせぇっちゃめんどくせぇか」
そう言いながら背もたれに勢いよく背をつけたペティが、馬車の天井を見てふと真顔になると視線をセシリアに向ける。
「でもよ、さっきのでセシリアの名前は知られたわけだし、盗賊の奴らも心入れ替えて今頃セシリアファンクラブみたいなの作ってんじゃねえか?」
「ファンクラブとかそんなの作るわけないよ。ただ、これを期に盗賊をやめてくれたら嬉しいけどね」
「サトゥルノ大陸じゃ魔物や魔族、人間やエルフまで聖女セシリアファンクラブは拡大してるのにな」
「お、思い出したくない……」
頭を抱えるセシリアの胸元で聖剣シャルルがカタカタと震える。
「はいはい、会員一号さんはシャルルですよ。分かってるって。うんそうだね」
セシリアがシャルルと言葉を交わしたあと、リュイとペティを見る。
「それじゃ残りのラプトワルの剣たちを探しに行こうか」
セシリアの言葉にリュイとペティが大きく頷き、膝に座るグランツと足下のアトラが揺れ、聖剣と弓剣がカタカタと震える。




