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第27話 ドロワーズとは?

 病院の帰り道、セシリアは聖剣シャルルを抱きしめたままトボトボと歩く。


『どうした? そんなに悩むことか?』


「そんなにって言うけど、小さい頃から知ってるヤツがあんなに変わったら驚くし、記憶喪失ったって聞いたらそりゃあまあ、心配なわけで……」


『ふむ、セシリアにとっては大きな問題だったか。軽く考えたことは謝ろう』


 聖剣シャルルを抱きかかえ俯いていたセシリアは、聖剣シャルルがあっさりと謝ったことに少し驚く。


『我は生まれたときから剣であって、人の世に疎いところがあるからな。だが、それ故に思うのは記憶は重ねていく過程で大なり小なり忘却は起こる。ミルコと言ったか、記憶がなくなったことで彼の人生が終わったわけでも不幸になると決まったわけでもなかろう。何かの拍子で戻ることもあるかもしれないと医者も言っておったし、今は流れに身を任せるしかないと思うが』


「……うん、そうだね。悩んだところで解決しないし、今は様子を見てみることにする。ありがと、ちょっと気持ちが楽になったよ」


 伏せ気味だった視線を少し上げ、胸元にある聖剣シャルルにお礼を述べると刀身をカタカタっと揺らす。


『うむ、我の言葉で我のセシリアが笑顔になるならこれくらい安いものよ』


「ちょっと見直したけど、やっぱ変なことばっかり言う剣だ」


 ほんの少しだが、軽くなった胸に聖剣シャルルを抱え宿に向かって帰る。宿に近付くと聞いたことのある声が聞こえてくる。


「ですから! 聖女セシリア様に会わせるわけにはいきません!」


「だーかーら! 私はその聖女セシリア様と専属契約してるんだって。会わせてもらえれば嘘じゃないって分かるから一目会わせてよ」


「そんなこと言って、会った瞬間抱きついてクンカクンカしたりするんでしょ! 私分かります!」


 それはお前だろと突っ込みたい気持ち抑え、会話を聞いていない振りを装いセシリアは言い合いをする二人の前に出る。


「どうかしたんですか?」


「ああっ、セシリアちょっと聞いてよこの子っ──」

「セシリア様聞いてください! この人──」


 セシリアの存在に気づいた二人、宿宿の娘ラベリと仕立て屋のエノアが同時に叫ぶと、一旦お互い目を合わせ再びセシリアの方を向く。


「変なの!」

「しつこいんです!」


 お互いの第一印象を叫んで再び向き合い睨み合う。


「なんですって!」

「なにおぉ~!」


「ああ~二人とも喧嘩しないでください。ラベリ、この人はエノアさんと言って仕立て屋屋さんでね、この服を作った人なんだよ」


「ほら見なさい」と言わんばかりにどや顔をするエノアに対し、ラベリは頬を膨らませ不満をあらわにする。


「ラベリも私のためにやってくれたんだよね。エノアさんがここに訪ねてくるって思わなかったとは言え、ちゃんと伝えておけば良かったね。ごめんね」


 不満顔から一変、ふわぁぁっと笑顔満開でセシリアの腕に抱きつくラベリを押さえながら、エノアに頭を下げる。


「私がちゃんと伝えておけば良かったんです。エノアさんも不快な思いさせてごめんなさい」


 セシリアが謝ると、エノアも吊り上げていた目尻を下げ張っていた肩を落とす。


「い、いえ……セシリアが謝ることじゃないでしょ。どちらかと言えば私がちょっと強く言い過ぎたし、もう少し丁寧に説明すれば良かったわ。んー私が悪かった、ごめんねメイドさん」


「いえいえ、こちらこそごめんなさい。私もちゃんと話を聞けば良かったんです」


 二人が和解したのを見届けホッとしたセシリアが、エノアの側に大きな鞄があることに気づく。


「ところで何か用事があったんじゃないですか?」


「あ、そうだ! セシリア……あんたに、あっ、セシリア様に相談があってですね」


 話している途中で慌てて口を押さえ訂正するエノアを見てセシリアは少し笑ってしまう。


「普通に喋って大丈夫です。そっちの方が話しやすいですから」


「えっと、じゃあ遠慮なく。セシリアは普段どんな下着使ってる?」


「はい?」


 思いもよらない質問にセシリアは固まってしまう。



 ***



 外で固まったセシリアは宿屋の部屋でさらに固まっていた。


「セシリアのお陰でさ、お店に結構問い合わせがあってね。手応えを感じてるところなんだよね」


 そう言って、今セシリアが着てる服の予備を渡されたまでは良かった。


「でさ、最近ご婦人の間で話題になってるのがこういうタイプの下着なわけで」


 この世界で一般女性が穿く下着と言えばドロワーズ、カボチャパンツなどと呼ばれるタイプのものが主流であり、胸は大きなハンカチのようなもので覆うのが一般的で、上流階級になるとコルセットで(くび)れや胸を強調するものが支流であった。


 今回エノアが持ってきたのは全く新しいタイプのもので、薄く伸縮せいに富む布で体にフィットする作りとなっていた。ショーツとブラと呼ばれるものだと説明されるが、セシリアは説明されたところで「はあそうですか」としか言えない。


「セシリア様、これ見てください! 薄くてちょっぴり透けちゃってます」


 広げた薄い布越しにセシリアを覗き嬉しそうに報告するラベリになんと答えていいのか分からず笑って誤魔化すと、ラベリも嬉しそうに笑い返してくれる。


「ねっ、結構大胆で刺激的でしょ? 隣の大陸で流行ってるらしくてさ。最近知り合った商人から譲ってもらった輸入品なんだけど、この際どい感じがあっちの大陸の巷のご婦人方に人気なわけ。そ・こ・でぇ~セシリアに相談ってわけなんだけど」


 なにが「そ・こ・でぇ~」なのだろうか。もう嫌な予感しかしないセシリアはフルフルと首を振って拒絶するがエノアには届いていないようである。


「新しい下着の専属モデルになってほしいわけ。例えばこれとか、今まで胸を上げるのにコルセット使うと汗かくし、痛いしって問題があったけどこれは伸縮性の布で優しく包んでくれて胸だけを保護できる優れものなわけ。そうそうセシリアの胸の大きさってどれくらい?」


「へ? む、胸の大きさ?」


 セシリアは思わず自分の胸に視線を落とし見る。


「えっと……ありません」


「あー」

「あ……」


 あるわけはない。当たり前のことを言ったのにセシリアの胸を見た二人が申し訳なさそうな表情で、さらには残念そうな声を出す。


「ま、まあ、今15だっけ? 今から大きくなると思うよ。うん」


「ラ、ラベリも最近成長し始めましたし、セシリア様も大丈夫です!」


 (なんだか分からないけど。すごい敗北感というか、悲しさを感じるのはなぜだろ……)


 哀れみの表情を見せる二人にセシリアは謎の敗北感を感じて肩を落としてしまう。


「そ、そうそう。このパットってヤツ、分厚く重ねてブラに入れると胸が大きく見える効果もあるからセシリアにオススメ!」


 エノアが気を使っているのが伝わってくるのが余計に、謎の敗北感をより一層セシリアに感じさせてくる。


「で、話を戻すけどセシリアって今どんな下着穿いてる?」


「えっと、その……」


 まさか男物の下着を穿いてますとは言えず、必死に自分の知識を捻り出す。

 小さな妹がいるのでお風呂に入れたりすることもあり、女の子がどんな服を着ているかはなんとなく分かっても服の名前が分からないのである。


「こんなのですか?」


「あ、そうそうそれ……ってぇ!? ラベリ何をっ!!??」


 スカート(まく)り上げて穿いているドロワーズを見せるラベリが慌てふためくセシリアを見て不思議そうに首を傾げる。


「そんなに驚かなくても、ここには女の子しかいませんし大丈夫ですよ。まあ、私としてはセシリア様が恥ずかしがってくれる方が見せ甲斐がありますけどね。

 そうだ、私も見せたんですしセシリア様のも見たいなぁー」


「わた、私、い、田舎育ちだし! 人前で脱ぐとか、あうっ、そんな、えっと、えっと」


 ジリジリと迫るラベリに、顔を隠して恥ずかしがるセシリアの側に置いてある聖剣シャルルがカタリと動いてセシリアに話し掛けてくる。


『困っておる姿も可愛いが、男の娘のピンチとあらば動かざるを得まい。ここは我に任せよ』


 このときセシリアは、シャルルが初めて聖剣に見えるほど切羽詰まっていた。


「じ、実は……私の体には聖痕(せいこん)が刻まれていて……その、肌を人には見せれない……のです」


 聖剣シャルルの言葉を復唱すると、ラベリとエノアが口元を手で押さえ、しまったと言った表情をする。


「も、申し訳ありませんセシリアさまぁあ!! 私はそんなことも知らずになんてことを! かくなる上は私の身をセシリア様に捧げます!」


「ごめんね、そうよねセシリアは聖女だもの。私たちとは違った運命を背負った人だもの……外見を着飾るばかりではいけないとセシリアに教わったばかりなのに仕立て屋失格だわ……辞めよう」


「あわわわっ! 大丈夫、大丈夫です! 問題ありませんからエノアさん辞めないで。ラベリも身を捧げなくていいから」


 ズンと落ち込み影を落とすエノアと、意味の分からないことを泣きながら叫ぶラベリをセシリアが必死でなだめること数分……


「これも可愛いです! セシリア様に似合うと思います」


「あら、よく分かってるじゃない。私もそれがセシリアに似合うと思って選んできたの」


 紫の布にレースがあしらわれたものをひらひらさせるラベリとエノアによるセシリアに似合う下着の談義が楽しそうに行われていた。

 ついさっきはいがみ合っていた二人は今、下着を手にってはセシリアを見てあーだこーだときゃきゃ言いながら熱く議論している。


「あ~ん、これとか似合うんだろうになぁ。セシリア様が穿いてる姿見たかったなぁ~、せめて妄想だけでもぉ~」


 淡い緑の布を頭にかぶり体をくねくねさせるラベリの横で、エノアが深いため息をつく。


「はぁーこれ結構流行ると思うんだけどなぁ。聖女の制約ってヤツがあるならさすがに私もどうにもできないや。セシリアを最新の下着のモデルにしてご婦人たちの前で披露しようと思ってたけど残念だわぁ」


 セシリアが自分がペラペラの布を穿いて、胸にパットマシマシな布のコルセットを巻かれご婦人に囲まれる、そんな様子を想像してとんでもない拷問じゃないかと身を震わせる。


「じゃあセシリアが穿いてますって宣伝だけでもしていい?」


「う、うぅ、まあそれなら」


「じゃあ、これあげるから穿いてね。特に胸にはブラを巻いてた方がいいわよ。戦闘するんだから揺れると痛いでしょ?」


 そう言って数枚の下着を置いていく。


 (揺れると痛い? どう言うこと?)


「え、あ、はい」


 意味が分からないままセシリアは返事をしてしまい、ペラペラの布を手に取り途方に暮れる。


「あ、ブラとか使い方分かる? 使い方見たいなら今から見せるけど」


「い、いえいえ、だ、大丈夫。はい、大丈夫です」


 エノアがブラを手に取って自分の胸元を押え聞いてくるので、何をするか察知したセシリアは顔を真っ赤にして必死に首を振り拒否する。


「もー確かに見慣れてないからちょっと過激に見えるかもしれないけど、そんなに恥ずかしがらなくていいでしょ。使ってみるとゴワゴワしないし蒸れにくくて良いんだからちゃんと使ってよ」


「え、ええもちろんです。で、でもそのお昼は戦闘とかあるのでこちらのショーツとか言うのはちょっと……こう刺激が強いというか」


 ()()が強い、これはセシリア自身に強すぎると言う意味で言った言葉なのだが、エノアはスカートの中が見えた場合周りに刺激が強すぎると捉え、確かにそうかもしれないと大きく頷く。


「ですから、ブラはまだしもこちらのショーツは夜だけに……とか。ほら、下着とかあまり人に見せたくないものじゃないですか? 恥ずかしいですし」


 そもそも穿きたくないのが大前提なのだが、夜だけと言うなら身に付けなくてもバレないであろうと言うのがセシリア目論見だったのだが、頭の中で『刺激強い』+『夜だけ』の言葉がガンガン響き始めたエノアは完全に違う方向で捉える。


「ふふぅ~ん、なるほどねぇ。あーそう。うん、えー、えーこれはうけるわぁ~」


 にまぁ~っと今までに見せたことない邪悪な笑みを浮かべるエノアにセシリアは恐怖を感じ、思わず一歩後ろに下がる。


「セシリア、いいこと言うね! 夜にだけ見せる刺激的な下着。これは娯楽に飢えるご婦人たちに刺激的なキャッチフレーズ!! いけるっ! あっそうだわ! 普通に買わせない、いけない感じを演出……合言葉とか……んーいいっ! 冴えてる私!!」


 セシリアはちょっぴり狂気の混じった満面の笑みで叫ぶエノアにドン引きする。


「私やることが出来たから帰るね。あ、これラベリにもあげる。セシリアと色違いのお揃い」


「やった! ありがとうエノアさん! 今度お店行きます!」


 下着をもらって大喜びのラベリがぴょんぴょん跳ねながら手を振ってエノアを見送る。その横で大きな音を立て閉まった扉を見つめるセシリアの額には汗が流れる。


 (なんだろ、危険が香りしかしない。絶対ヤバイことする気がする。)


 セシリアの予感はほぼ当たる。セシリアに目に見えて被害というより利益の面が大きく出ることになるのだが、エノアが密かに流した噂で夜だけに身に着ける下着、昼とは違う刺激的な自分の演出と言う名で売り出された最新の下着は目論見通りご婦人たちの間で噂となり広がる。


 さらに店頭には並んでおらず普通には売ってもらえず、女性のみで来店しエノアに合言葉を言うと裏に通されると言う、ドキドキな演出も相成って爆発的ヒットを飛ばす。


 その合言葉が、


『夜のセシリア』


 だったりするせいで、この下着を購入したご婦人たちの間では、セシリアが『清楚な見た目の裏側にある過激さ』みたいな象徴としてご婦人たちの間でセシリアの人気が出るのはある意味大きな被害かもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、これは将来的にセシリア=ショーツと認識される可能性がワンチャンあるな。 バンドエイド(絆創膏)とかオセロ(リバーシ)、キャタピラー(履帯)みたいに。 そして未来のFGOみたいなゲームで…
[良い点] 夜のセシリアwwwww 朝から何言ってんすかwww そうか……姫プレイというのは男性だけが対象ではないのか……(多分違う) すみません、感想連投は自重しようと思っていたのに面白すぎて反…
2023/06/17 06:46 退会済み
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