第266話 聖女は海を渡る ~中編~
ミルコから逃げるように去ったセシリアはアイガイオン王国から出るため、人目を避けつつアイガイオン王に手配してもらっていた馬車が待っている町外れへと向かう。
そこは人気があまりなく物寂しいが、セシリアにとっては馴染の深い場所。
壊れていたところを補修し、外観を塗り直したおかげで見違えるように綺麗になった教会に着くと、セシリアは建物の中へ入る。
礼拝堂を抜け、裏手に出たところにある広場で待機している馬車を見たあと、すぐに近くに並ぶアメリーたちを見る。
「アメリー、行ってぇってうわっ!」
勢いよくタックルのごとく飛び込んできたアメリーに驚くセシリアだが、アメリーが泣いていることに気づき、そのままそっとしておく。
そんなセシリアの周りに教会にいる子供たちが集まって囲ってしまう。
「セシリアお姉ちゃん! やっぱ行っちゃやだ!」
第一声を上げスカート越しに足の抱きついてきたソーヤに、セシリアは困った顔で頭を撫でなだめる。
「そんなに泣かないで、ちゃんと帰って来るから」
無き止まないソーヤと、抱きついたままのアメリーを宥めながらセシリアが周りを見渡し助けを求めるが、デイジーをはじめ皆が涙ぐんで動かない。
「あなたたち、いい加減にしなさい。セシリア様が困っているでしょう」
湿っぽい雰囲気になった空気を破る厳しい声が響き、ケッター牧師がやって来る。子供たちの間を通ってアメリーの背中を擦る。
「アメリー、あなたがそんなことでどうするのです? なんのためにセシリア様が出発場所にここを選ばれたと思っているのです。黙って出て行くこともできたのに、あえてここを選ばれたのは、最後に皆に会いたかったからでしょう。その気持ちを考えて行動なさい」
「だってぇ……セシリアは、私の初めての友達だし……やっぱりいやだぁ……」
再び泣き出すアメリーの背中をポンポンとセシリアが叩く。
「私が初めて王都に来て、初めてクエストを依頼してくれたのがアメリーだもん。それからいろんなことがあって、一緒に旅をしたアメリーは私の大切な友達だよ。だからちゃんと挨拶して出発したかったんだ」
セシリアの言葉に、ぴくっと反応したアメリーがセシリアの胸元から少し離れ顔を上げる。
「ほんと?」
「本当だよ」
よろよろとセシリアから離れたアメリーが、赤く腫れた目を向け口を開く。
「ごめんなさい。やっと一緒に過ごせるかと思ったら海を渡って違う大陸に行くって言うから寂しくて……うん、でも友達としてちゃんと送ってあげないと」
両頬をパンパンと叩いたアメリーがセシリアを真っ直ぐ見る。
「私ね、セシリアと旅したときの絵を綺麗に描き直してるんだけど完成したら見せるから楽しみにしてて」
「そうなんだ。それは本当に楽しみだよ」
笑顔で向き合う二人だが、アメリーが思い出しように服の中に手を突っ込むと薄っぺらい本を取り出す。
「それとは別に制作している、セシリアを主人公にしたちょっと際どい━━」
言い切る前に笑顔のままのセシリアが、アメリーの頭に手刀を落とす。
「だめ?」
「だめです」
「はい……」
涙目のアメリーと笑顔のセシリアが目を合わせているが、セシリアの無言の圧に負けたアメリーが項垂れて返事をする。
そんなやり取りがなされ、ひと段落したところでケッター牧師が未だセシリアにしがみつくソーヤの頭をそっと撫でる。
「ソーヤ、セシリア様に行ってほしくないのは皆一緒なんですよ。でも、行かなければいけないときがあるのです。そういうときは、ソーヤが笑顔で送ってあげないとセシリア様も笑顔で出発できないでしょう?」
ケッター牧師に諭されて、ソーヤが涙でぐしゃぐしゃになった顔でセシリアを見上げる。ソーヤの汗でおでこに引っ付いた前髪をかき上げながら撫でたセシリアが微笑む。
「そんなに泣かれたら、出発する気持ちが揺らいじゃうから。それにね、そのままだと私が旅の中でソーヤのこと思い出すとき、泣き顔になっちゃうから笑ってほしいな」
セシリアが優しく語りかけると、ソーヤはしがみついていた足から離れ目をゴシゴシ擦ると、歯を見せて必死に笑顔を作る。
「ソーヤ、歯が抜けた?」
ソーヤが歯を見せ笑ったとき、二本ほど歯抜けになっていることに気づいたセシリアが指摘するとソーヤは慌てて口を押える。
しゃがんだセシリアが口を押えるソーヤの頭を撫でて嬉しそうに笑う。
「次に会うときは歯が生えてるかな? そのときはソーヤはもっとお姉ちゃんになってるんだろうね」
「うん、ソーヤ、お姉ちゃんになってる!」
「そっか、それはお姉ちゃんになったソーヤ見ないといけないから、なにがなんでも帰ってこないといけないね」
セシリアが頭を撫でると、嬉しそうにソーヤが歯の抜けた口で笑う。
「みんな、セシリア様に渡すものがあるんでしょ」
デイジーが声をかけると、子供たちは急いでポケットや手に持っていた便箋を取り出してセシリアに差し出す。
「これは……」
「みんながセシリア様宛に書いた手紙です。一生懸命書いたんで読んでください」
デイジーに言われ受け取った便箋に書いてある、色んな形の自分の名前を見たセシリアは目を潤ませる。
「皆ありがとう、大切に読ませてもらうね」
子供たち一人一人に向けセシリアが微笑むと、子供たちも嬉しさと恥ずかしさの混ざった笑みを返す。そのまま笑みを浮かべたセシリアと気まずそうな顔のアメリーの目が合う。
「あ、えーっとね。この本を……」
「いらない」
「あうっ、じゃ、じゃあ」
微笑んだままのセシリアにきっぱりと断られたアメリーは薄っぺらい本を慌てて服の中に入れると、別の小さな日記帳を取り出す。
「いったいどこから……ってそれ一緒に旅したときに絵日記を描いていたやつだよね」
「そう、これねまだ結構ページが余ってるの。だから続きをセシリアが書いてほしいのよ。で、印象に残った状況とかを文字でいいから書いてくれたら、持って帰ってくれたときその文字とセシリアの話を聞きながら私が絵にするから」
「それは面白そう。帰ったときアメリーたちに旅の話をしながらそれが絵になるって、考えただけでも楽しいね。うん、分かった大切に預からせてもらうね」
セシリアがアメリーから絵日記帳を大切に受け取る。
「それじゃあ、皆行ってくるね。デイジー大変だろうけど皆をよろしく。ケッター牧師もお体に気をつけてください」
「ちょっとセシリア! あとを頼むのは一番年長者である私じゃないの!」
アメリーが異議を唱えるが、セシリアはデイジーの肩をポンポンと叩くと、デイジーも任せてくださいと大きく頷く。
皆に別れを惜しまれつつ馬車に乗り込んだセシリアは、アメリーたちが見えなくなるまで手を振ったあと目を擦る。
「勝手だけど皆の顔を見ると、決心が鈍ってしまうね……」
『我らがいないとき、セシリアが冒険者として初めて活躍した場所であろう。思い入れが深いのも当然だ。それにしても、今でこそ我らで魔王との戦いを経て誰もがセシリアを聖女と認めるが、教会での話を聞くに我らがいなくてもセシリアは誰もが認める聖女になっていたと思うぞ』
『確かに、私と会う前から既に姫プレイはされていましたし』
『セシリアは誰よりも優しいのじゃ。人や魔族、魔物、皆に好かれる。だからこその聖女だとわらわは思うのじゃ』
「聖女ね……そう呼ばれることに素直に喜べないんだよね……」
褒めちぎる三人の言葉にセシリアは微妙な表情を見せる。




