第260話 セシリアを聖女とするのは皆さんなのです
セシリアの放った一撃によって開いた穴からは魔力に染められた紫の煙が上がり、周囲には魔力の残滓がときどき空気中を電流のように走り、近づくことをためらわせる。
セシリアが地上に降り立つとすぐに翼が消え、光が集まり目を回したグランツが地面に転がる。グランツの前に立ったセシリアがしゃがむと、物を言わない影を撫でグランツを優しく抱き上げる。
聖剣を右手に持ち、グランツを抱いたまま穴に下りたセシリアが、中心で地面に突き立てた魔剣にすがって片膝をつくドルテの前に立つ。
ゆっくりと顔を上げたドルテを見たセシリアは聖剣を地面に突き刺すと、ドルテに手を差し伸べる。
その手をじっと見つめるドルテにセシリアが申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、ちょっとやり過ぎた……うん、本当にごめん」
謝るセシリアをじっと見つめていたドルテが、ぷっと吹き出す。
「倒した相手にかける第一声がそれなんですか。ある意味煽りにも聞こえますけど。手加減してやったのにって」
「そ、そんな意味はないんだけど。う~ん、手加減なんてできないから全力でやったんだよ」
「分かってます。セシリアお姉様が他人に嫌味や傷つける言葉を言う人ではないことは」
「それは買いかぶり過ぎだよ。私だって愚痴の一つや二つこぼすし、皮肉も言うから」
先ほどまで戦っていたとは思えないほど和やかに会話を交わす二人の言葉が途切れたとき、ドルテは静かに目をつぶりゆっくりと頷くと、再び開いた赤い瞳でセシリアを見上げ差し出された手を取る。
握られた手を見て笑みをこぼしたセシリアは、力を入れドルテを立たせる。
「わたくしの負けです。ここから先はセシリアお姉様にお任せいたします。ただ、この度の魔族による攻撃の責任はわたくしにあります。わがままを言わせていただけるなら、責任はわたくし一人が取ります」
『待てってんだ! 俺っちも相談役としてドルテのお嬢ちゃんにアドバイスしたんだ! 俺っちにも責任はあるって。分かるだろ聖女の嬢ちゃんよ!』
責任の所存を主張する二人を見て可笑しそうに笑うセシリアは、聖剣シャルルを見る。
「シャルルお願い。もう一回使いたいから」
『うむぅ、だが今は二人が気絶しているし、なによりセシリア自身戦いで消耗しているだろう。体は大丈夫なのか?』
聖剣シャルルの問いにセシリアは黙って頷くと、それ以上はなにも言わずに聖剣シャルルが魔力を集め始める。突然聖剣が魔力を集め始めて、驚くドルテと魔剣タルタロスにセシリアが声をかける。
「驚かせてごめん。今からドルテたちのことを私がどうしたいのか、それを皆に伝えたいんだ。って二人とも起こしちゃったね。ごめん」
セシリアが謝ると抱いていたグランツが首を上げ首を横に振り、光の粒になりセシリアの翼になる。さらにセシリアの足首に影が巻きつき大きく広がる。
二人の行動に笑みをこぼしたセシリアは目の前にある聖剣シャルルに触れる。そのタイミングでやって来たラファーが角をセシリアの手に重ねる。
「ラファーもご苦労様。ミモルとララムも無理言って手伝ってもらってごめんね」
セシリアにお礼を言われだらしなく鼻を伸ばすラファーに対し、魔王の手前バツの悪そうなミモルとララムが、ドルテにぺこりと頭を下げると、ララムがラファーの角の上に手を置く。
セシリアはポシェットからポンポン草を一本取り出す。
「私の名前の花はもう咲かせちゃったし、ポンポン草に私のスキルを乗せて上手く広がるといいけど」
『その草は我らよりもセシリアとの付き合いが長い。きっと力になってくれる』
『ええ、大丈夫です』
『間違いないのじゃ』
不安げな声を漏らしたセシリアは、三人の声を聞いて笑みを浮かべるとポンポン草を左手でそっと包む。
「じゃぁ、いくよ」
セシリアが大きく息を吸って吐くと、聖剣シャルルから流れる魔力を体に取り込む。大きく広げた翼と広がった影から魔力の粒が放出され紫の粒が放出され、空中を浮遊し始める。
ララムのスキル『能力向上』がラファーの『対話』『癒し』に乗りそれを受けたセシリアが体内にあふれる魔力に混ぜ、ポンポン草に『広域化』をかける。
そっと広げた掌には紫色に輝くポンポン草があり、両手が塞がって使えないセシリアはふっと息を吹きかけると、ポンポン草はくすぐったそうに綿毛を揺らしたあと、一斉に弾ける。
先に放出して、空気中にあふれ飽和状態の魔力に触れた綿毛は、セシリアを中心にして増殖しながら広がっていく。
魔力を含んだ綿毛は、今にも咲きそうだった季節の花々の開花を促し色とりどりの花を咲かせながらサトゥルノ大陸全土に広がっていく。
傷ついた人を癒しながら花を咲かせていく温かな光を受け人や魔族は、聖女セシリアの存在を感じ魔王との戦いになんらかの決着がついたことを予感する。各地で戦っていた人間と魔族たちも、膨大な魔力と自分たちの周りに咲き誇る花々を前にして武器を下ろし、戦いをやめる。
そして目の前でとんでもない量の魔力の広がりを見たドルテは驚きつつ、自分の顔に触れ、手を見て傷が治っていることに信じられないものを見る目でセシリアを見つめる。
「傷が治ったみたいでよかった。さてと、あぁ〜緊張するな」
ドルテの傷が治ったのを見て嬉しそうに笑ったセシリアは、コホンと咳払いを一つして、紫に光るラファーの角を握る。
「えーっと、聞こえてますか? 私の声は皆さんに届いているでしょうか?」
もう一度コホンと咳払いをしたセシリアは落ち着いたのか、優しく微笑み言葉を続ける。
「私と魔王の決着は今つきました。勝敗でいえば私たちの勝ちということになります。そこでみなさんにお願いがあります」
言葉を切ったセシリアは一呼吸置いて、ラファーの角をきゅっと握り優しく語りかける。
「私は魔王を始めとした魔族のみなさんが求めていた場所を探し、連れて行こうと思います。混乱を招き戦闘を余儀なくされた現状から、この判断に不満を持つ方もいると思います。これは私のわがままでしかありませんが、私は魔王も魔族も救いを必要とする者がいれば全て救いたいんです」
セシリアの言葉に目を大きく見開き驚くドルテは、ただただセシリアを見つめ続ける。
「私は魔王を討った聖女としてではなく、魔王を救った聖女として皆さんの心に残りたいのです。私が自分で聖女を名乗ることはできます。ですが本物の聖女として存在するためには、皆さんの理解と許しがあって初めて可能となります。私一人では聖女にもなれませんし、ましてや魔王と魔族を救うことはできません。どうか私に力を貸してください」
セシリアの声はサトゥルノ大陸全土に響く。各国の王や女王たちは、セシリアの言葉を聞き嬉しそうに笑う者、「聖女セシリアらしい」と理解を示す者、早速国中に魔族へのあり方を改め聖女の手伝いを命令する者など反応は様々だが、誰もが大小あれども笑顔である。
それは、各国の人々や戦いに参加していなかった魔族たちも同じで、皆が聖女セシリアの言葉に聞き入り、これから訪れる明るい未来の予感を感じ、どこか心がソワソワし無意識に笑みをこぼしてしまう。
「さてと、これで私の言いたいことは伝え終えたよ。多分、分かってくれると思う。ドルテ、ここから大変だけども、一緒に頑張ろう。私も一緒に行くから!」
セシリアが再び手を差し伸べるとドルテは、その手をじっと見つめていたが、やがて両手で握る。
「はい、よろしくお願いします!」
あふれんばかりの笑みをこぼすドルテを見て、魔剣タルタロスがボソッと呟く。
『とんでもねえな……聖女ってのはよぉ』
『そうであろう、なにせ我のセシリアは世界一だからな』
『ちっ、文句も言えねえ』
『くくくくっ、そうであろう、そうであろう』
それぞれセシリアとドルテに地面から抜かれながら言葉を交わす。仲良く鞘に収められた二つの剣は、主人に抱きかかえられ共に同じ方へと向かう。




