第259話 聖女の一撃
セシリアが翼を羽ばたかせ、羽根先から噴出する魔力により推進力を得ながら、旋回する力をもらい背中を地上に向け自身の真上から振るわれた魔剣を弾く。
それと同時に、セシリアとドルテの背後から無数の帯状の光る影と闇が飛び出し、互いが鋭利な刃を形成し激しく斬り合う。
光と闇を散らし高速で移動しながら、聖剣と魔剣は互いが溜めた魔力を持ってぶつかり合う。刀身同士がぶつかる前にまとった魔力がぶつかり小爆発が起きる。そしてセシリアとドルテは言葉の代わりに視線をぶつけ交わす。
『セシリア、体は持ちそうか?』
「正直限界……グランツとアトラは?」
『私はまだいけます!』
『わらわも余裕なのじゃ!』
激しく斬り合ったあと、急上昇し距離を取ったセシリアが三人と言葉を交わす。真下から急上昇して追いかけてくるドルテの姿を見て、聖剣を構え翼を広げるセシリアはふっと笑う。
「二人とも限界でしょ。まったく四人で力を合わせてもギリギリなんだから嫌になっちゃうね」
ボヤキながら構えた聖剣を振り魔剣に立ち向かう。再び飛びながら斬り合う二人の均衡を崩すべく、セシリアに向け放たれた炎の弾をグランツの声で気がついたセシリアが避けると、ドルテを背にして傷だらけになったメッルウがセシリアの前に立つ。
「聖女セシリア! お前の好きにはさせん!」
「メッルウさん……助かりました。ありがとうございます」
拘束から無理矢理抜け出した際についたであろう傷を見て、かけようとした言葉を飲み込みお礼を言うドルテに、メッルウが一瞬口角を上げ表情を緩めるがすぐにキリっとしてセシリアを睨む。
「この上空で助けるものはいない。ここで聖女セシリア、お前を討つ!」
「このタイミングで出てくるのは、非常に厄介だけども負けるわけにはいかないんで奥の手を使わせてもらうよ」
セシリアが聖剣を構えると、メッルウとドルテもそれぞれの武器を構える。
セシリアが聖剣に魔力を溜め始めると、先に動いたメッルウの炎の剣が襲い掛かる。それを聖剣で受けたとき、刀身に影が這い出て炎を弾きながらメッルウに巻きつく。
「アトラ、そっちはお願い!」
「任されたのじゃ!」
メッルウに巻きついた影はもとのアトラの姿に戻ると、メッルウを締めあげる。翼の羽ばたきを封じられ、二人は落下し始める。
「なっ⁉ なんだお前!」
「この姿で会うのは久しぶりなのじゃが、忘れるとは寂しいのじゃ」
突然現れたアトラに驚くメッルウに、アトラは舌をチロチロしながら答える。
「ラミア……なぜお前がここに! 聖女セシリアに倒されたのではないか」
「セシリアがそんなに非情な人間に見えるかえ? 優しいセシリアに救われ、わらわはその魅力にキュンキュンなわけなのじゃ」
「なにを意味の分からないことを! くそっ離せ! ラミアごとき低級魔族の拘束などにあたしがぁ!!」
もがくメッルウに、アトラの瞳孔が細くなる。
「その言い方が気に食わんのじゃ。低級とて馬鹿にしおってからに! 人間に虐げられない魔族の世界を作ると言っておったが、大したことなさそうなのじゃ。セシリアについて正解なのじゃ」
「くっ! このまま落下すればお前もタダでは済まないぞ!」
「わらわはセシリアの影なのじゃ。影が地面に落ちてなにが起こると言うのじゃ。それにわらわは、お前が思っているよりも強いのじゃぞ」
アトラがニンマリと笑みを浮かべると体が紫の光を帯び始める。光は強くなり激しく発光したその瞬間、拘束が強まり口から体内の空気を吐いたメッルウを連れ地上へと高速で落下していく。
螺旋状に光輝き地上へと落ちるその様は紫に輝く龍のようで、地上へと噛みつく光る龍に人々は見惚れる。
紫の魔力による爆発が起き、凹んだ地面には仰向けで気絶するメッルウの姿が残る。
『うむむぅ、力を使い過ぎたのじゃ……あっ、丁度いいのが来たのじゃ』
メッルウの下から這い出てきた影が目の前を爆走するピエトラの影にしがみつき移動する。
アトラによってメッルウが落下する間、セシリアと斬り合うドルテが目を見開き、信じられないものを見るような目をセシリアに向ける。
「まさか、魔族と一緒にいたというのですか……それも自身の一部にして」
「まっ、成り行きだけどね。それでもそれなりに仲良くやっているわけだよね。だからさ、ドルテが言ってた魔族と人間は相容れないってのは真っ向から否定させてもらうよ」
セシリアの言葉にドルテが強引に魔剣を振り、背中から闇を噴き出しセシリアを襲う。
翼を大きく羽ばたかせ、大きく地上へ向け後退したセシリアは闇を避けると、翼を折り畳み急降下を始める。
「影のない今ならセシリアお姉様を捕えることは容易。逃がしません!」
セシリアを追い急降下するドルテの視界の端に盾やら武器やらその他諸々、よく分からない物でぐるぐる巻きにされたオルダーの姿が目に入る。
オルダーを簡易的なシーソーのようなものに混合軍の兵たちが乗せる。するとペティがウーファーに指示を出し、ウーファーが巨体を生かし思いっきりシーソーに乗ると、勢いよく打ち上げられたオルダーがドルテ目掛け飛んでくる。
「な、なんてことを!?」
驚き慌てるドルテが背中から伸ばした闇を大きく広げ、オルダーをキャッチする。
「……も、申しわけございません」
「い、いえ無事ならそれでいいんです」
謝るオルダーと言葉を交わしながらも、ドルテは急降下したセシリアの行方に目をやる。
セシリアが落下する真下には、走ってきたピエトラの姿があり、背中に乗っているリュイが両手を振ってアピールする。
意図を理解したセシリアがピエトラの背に飛び込むと同時に、ドルテが魔剣から斬撃を飛ばし攻撃してくる。
「やらせません!!」
ピエトラの背の上で立ったリュイが斬撃に向かって盾を振る。『受け流し』属に言う『パリィ』と呼ばれるスキルを乗せた盾で斬撃を打ち消そうとするが、威力を殺しきれずに斬撃は爆発する。
吹き飛ばされるリュイとセシリアを守るため、自身を石化して爆風を受け止めるピエトラの影から飛び出たアトラが二人を受け止める。
アトラに受け止められつつセシリアが投げた聖剣は立ち昇る煙を切り裂き、ドルテへと飛んでいく。
「これはっ⁉」
ドルテが翼の生えた聖剣を魔剣で弾くが、聖剣は自らの意志を翼に伝えドルテに斬りかかる。
空中で聖剣と戦うドルテを見たザブンヌが、気絶し浮かんでいた水から這い上がろうとしたとき、上から巨大な物体が覆いかぶさる。
「先ほどの攻撃で力を使い果たして参戦は難しいが、お前を行かせないための重しくらいになれるだろうよ」
ザブンヌに覆いかぶさったフォスが、自分の下で騒ぐザブンヌを無視してセシリアとドルテの戦いの行方を見守る。
『シャルルお前らなんだってんだ! 魔族まで取り込んでなにするつもりだってんだ!』
『なにって、そんなの決まっているであろう。我の唯一無二の推しであるセシリアの魅力を多くの人に知ってもらうのだ』
『何言ってんだお前っ? そんなふざけた話は聞いてねえってんだ!』
『ふざけてなどいない。セシリアに触れその魅力を知ればタルタロス、お前も争うことの無意味さを知れる』
聖剣と魔剣が言葉を交わす中、ドルテが翼の生えた聖剣を振り払ったとき、弾かれた聖剣の柄から伸びる影がセシリアを上空へと引き上げる。
そして聖剣とセシリアが重なったとき、セシリアの背中から翼が生え、聖剣の刀身に影が巻く。
影が高速で回転する聖剣に押され、魔剣を必死に持つしかめっ面のドルテがセシリアを見る。
「魅力がどうとかはどうでもいいんだけど、私はドルテたちとも仲良くできるならしたい。わがままかもしれないけど、それでも私は私の思いを貫いてみせる」
「こ、ここまできてもまだそんなことを……言えるなんて。でも、人間がわたくしたちを許し受け入れるわけもないはず。いくらセシリアお姉様でもそんなこと━━」
「できるよ。何回でも言うけど私は聖女だからね」
「くっ! ですが、それはわたくしが負けたときの話です。まだわたくしは負けてません!」
「意外に強情なんだ。でも、それもドルテの一面ってことか。負けないと納得しないなら本気でいくよ!」
聖剣を渦巻く影が光を帯び高速で回転しながら広がっていく。そして光の輪の中心にある聖剣が魔力を溜め始める。
「なっ⁉ この状況で魔力を集めることなんてそんな暇は与えっ」
背中から闇を出そうとしたドルテが言葉を言い切る前に、目の前の聖剣が一気に光が増していくことに驚きを隠しきれず、言葉を止めてしまう。
「漂う魔力を集めるよりも、近くに大きな魔力があれば早く溜めれる。ましてそれが私に向けられていればなおさら」
セシリアの言葉にハッとしたドルテが下を向くと、地上で魔力をみなぎらせセシリアに向ける人間と魔物とドラゴンたちがいた。
一瞬で魔力を溜め終えた聖剣は紫の光を強く輝かせる。その光を直視できないドルテが目を細め顔をしかめてしまう。
「これで、終わらせるよ‼」
渦巻いていた影がセシリアへと戻り、セシリアが思いっきり聖剣を振り抜く。魔剣だけでは受けきれないと判断したドルテが闇でガードをするが、それごと全てを飲み込んだ紫の光が地上へと向け落ちていく。
彗星のごとく紫の尾を引く光は地上にぶつかり大きな爆発を起こすと、紫の光が天に昇り雲を突き抜け上空へと光の柱を生み出す。




