第26話 友よお前もまた
「はぁー」
最近ため息ばっかりついているなと思いつつも、今の現状を考えればつかずにいられないのである。
今のセシリアの頭から離れないのは、自分の前で男が跪き、自分の手を握られその手の甲に口が近づく瞬間。
「うぅ思い出したら寒気が……」
『聖女様はモテて大変だな』
「他人事だと思ってぇ……」
『まあそう言うな。近づく変な男は我が追い払ってくれよう』
剣なので見た目は変わらないが、なんとなく胸を張っているような感じだと思ったセシリアは小さくため息をつきながら笑う。
おかしな聖剣ではあるが、男に近づかれ手にキスをされるよりはマシだろうとの思いからのため息混じりの笑みであるが。
「頼りにしてる」
『むはぁ~っ、たまらんわ! 少し呆れた感じからの微笑みにそのセリフ! セシリアは才能の塊だな』
「何言ってるか意味分かんないけど気持ち悪ぅ~!」
両手で抱える聖剣シャルルを腕で挟んで絞めると、『御褒美!』と嬉しそうな声を上げるのでセシリアはさらに大きなため息ついて話すことを諦める。
『そう言えば、今から病院に向かうのであろう? 見舞いに行く相手は前に少し話は聞いたがセシリアと同じ村の出身なのであろう?』
「うん、そうだよ。幼馴染みって言えばいいのかな。小さい頃からよく遊んでて、凄い冒険者になろうぜ! って一緒に村を飛び出してきたんだ。でも初のクエストは失敗してミルコは怪我するしさ、どうなるかと思って心配していたけど、とりあえず目が覚めてくれて良かったよ」
懐かしくそして嬉しそうに語るセシリアに対し聖剣シャルルがポツリと尋ねる。
『まあ、それはそうとしてセシリアよ。今の格好でミルコとやらに会いに行くのか?』
聖剣シャルルに言われて自分の格好を見て思わず爪先立ちになって髪の毛が逆立ちそうなくらいに驚き震える。
「ふわぁぁぁっ!? そうだ、そうだよ! この格好で会いに行ってどうするの。おかしいじゃん! ちょっぴりこの格好に慣れてる自分が怖いよこれ! えーっとどうしよう」
村から一緒に来たミルコにこの姿を見られることに今さら気づいたセシリアは、あわあわしながら右往左往してしまう。
「おや? 聖女セシリア様ではないですか? ああっ、伝言が届いたんですねどうぞこちらへ」
あたふたするセシリアに近付いてきて声を掛けたのは、白衣を着た少し神経質そうな顔をしたメガネをかけた男性。声を掛けられたセシリアは男性を見て固まってしまう。
「あ、えーと、ムジカ先生……その治療をありがとうございます」
「いえいえ、私は医者としての勤めを果たしただけです。それよりも薬草採取の案内役の子を心配し治療費まで出されて聖女様の方が御立派ですよ。
しかもあの子ギルドに登録しておらず無許可で案内役してたって聞きました。本来なら無許可で案内しセシリア様を危機に晒した罪に怒ってもいいところを慈悲を与えこうして身を案じている。医者として私情を挟まぬその尊い精神見習わなくてはと思っている次第です」
病院に運んだジョセフが間違った情報を話したせいでミルコの情報が大分湾曲され伝わっており、ミルコは身元不明ということもあって、ギルドに無許可で王都周辺をガイドした不審者扱いになっている。
対してセシリアは聖女として祭られ何をやってもよき行いと捉えられてしまうせいで説明しても「気を遣う聖女セシリア様優しい!」が話の先にきてミルコの話が伝わらないのである。
彼には悪いが、とりあえず傷を治して自分で説明してもらうしかないとセシリアから説明することは諦めているのである。
ミルコの身元の問題は一先ず置いておいて、それよりも今のセシリアにとって問題は今から会うミルコになんと言うべきかであり、ムジカ医師について歩くその表情は固い。
(「また後で来ます」なんて言っても結局、聖女セシリアが来なければ意味がないわけだし。
そうだ! 他人の振りをすればいいんじゃないか。聖女セシリアとして演じ乗り切れば……いやさすがにミルコには普通にバレそうだし。それにバレたときのダメージはかなり大きい気もする。
いっそ本当のことを言うか、聖剣シャルルしか俺のこと知らない状況から知っている人が増える、それってある意味チャンスかも!
上手くいけばこの状況から逃げ出す方法も考え付くかもしれない。うん、そうだ話してみるか……恥ずかしいけど。)
「セシリア様、着きましたよ」
ムジカ医師の声で前を見ると、病室に入る入り口があり中に入るように促される。
「ミルコさん、聖女セシリア様が様子を見に来られましたよ」
ムジカ医師が声を掛ける方向が部屋にあるベッドでないことに疑問を感じながら、声を掛けた方向に目を向ける。
「調子はどっ……どう……どういう状況?」
セシリアと同じ村の出身でありその風習から長かった髪をバッサリ切って短髪になったミルコにも驚きだが、なによりも部屋の窓枠を利用して懸垂をしているミルコの姿がそこにあったことに驚きを隠せない。
楽して稼ぐことをモットーに掲げている彼は、努力が大嫌いで鍛錬はおろか筋トレをしている姿なんて見たことがなかったからだ。
声を掛けられると、懸垂をやめて窓枠から手を離すとタンと音を立て着地する。ミルコがゆっくりと振り向きセシリアと目が合うと、静かに膝をつきそのまま額を床に擦りつける。
いわゆる土下座である。
「聖女セシリア様、お初目にかかります。ミルコ・アドフォースと申します。この度は罪を犯した私を許してくれたばかりではなく、慈悲まで与えていただきありがとうございます。この恩言葉では言い尽くせません」
友人の突然の土下座に度肝を抜かれつつも声を掛ける。
「えっ、えーと。お怪我の方は大丈夫な、なのです?」
「おかげさまでほぼ完治しております」
「ところで今何をされていたのです?」
「筋トレでございます」
「あぁ、えーそうですよね。筋トレですよね。それはそうと頭上げてもらえませんか? なんと言いますか話しづらいので」
「いえっ、罪を犯した卑しき私が聖女セシリア様に顔を向けるなどできません」
セシリアは首を傾げる。仮に自分のことを聖女セシリアと思い込んでいるにしても、話し方といい行動といいかなり違和感がある。
「私が目を見て話したいのです。顔を上げてもらえませんか?」
セシリアは自分の顔を見てもらえば同じ村出身のセシリアであることに気付いてもらえるはずだと、聖女っぽく話し掛けてみる。
ミルコは床に付けた手をぷるぷる震わせ、やがてぽたぽたと涙を落とし床を濡らし始める。
「えっ……」
「私のような罪人にも優しいお言葉……お優し過ぎます。ですが私は人として下の者。聖女セシリア様に合わせる顔がありません。」
やはりどうにもおかしい。お調子者のミルコがこんな喋り方をするだろうか? そもそも罪人とは? 無許可でガイドをやっていたことを指しているのだとすれば、それは周りが言ってるだけで本当は違うのは本人が一番分かっているはず。周りに合わせているのだろうか?
様々な疑問が浮かんでくるが、まずは顔を合わせてみれば何か分かるかもしれないとの結論に至る。
「顔を上げて立ってください。私とあなたは同じ人です。そこに上も下もないでしょう?」
床に伏せるミルコが小刻みに体を震わせ涙をボタボタと流し始める。やがて手に力を入れ体をゆっくり起こす。
「あっ……」
立ち上がるのを手助けするために差し出したセシリアの手にミルコが驚き戸惑いの声を上げ、震える手でおそるおそるセシリアの手を握り立ち上がる。
お互い向き合い目が合う。セシリアはミルコの目を見て、「俺だ。気付け」と目で訴え掛ける。
「美しい……」
「へ?」
友人から向けられる熱い視線に戸惑いを隠せず、思わず一歩後ろに下がってしまう。それに対しミルコは一歩前に出て距離を詰める。
「決めました。このミルコ・アドフォース、聖女セシリア様のために生きることを誓います!」
「いっ、えっ、ってえ~っ!?」
目を見たところで真面目な顔のミルコの意図が全く読めないセシリアは、頭を抱えながら真っ直ぐな瞳で見てくるミルコを見る。
「念のため聞くんですけど、同じ村から一緒に出た人のこと覚えてます?」
「あ、ミルコさん記憶喪失っぽいです」
ミルコが答える前にムジカ医師が変わりに答える。キッと睨むセシリアだが、心配して深刻な表情とでも捉えられたのか作ったような神妙な面持ちで頭を下げられる。
(そう言うことは先に言えよ。そもそも記憶喪失ってるってヤバいんじゃないか。)
チラッとミルコを見ると、視線に気づいたミルコは相変わらず真面目な顔でセシリアを見ている。
(こんな真面目な顔初めて見たぞ。と言うか記憶を失っているならこの先どうしようか? 一旦村に戻るか……おっ、ミルコを実家に連れて帰る名目で王都から脱出するってありじゃないか。)
「あのっ……」
「真剣に考えていただきありがとうございます。その優しき心私の心身五臓六腑に至るまで染みました。記憶がないこと心配されているのでしょうが、今の私にはミルコ・アドフォースの名前だけで十分です。変なお話ですが、記憶がなくなったことでスッキリしたといいますか、生まれ変わった気分なのです。それにこれからの生き方は今しがた決めました」
セシリアが頭の中で色々と算段しているのを、自分のことを思って真剣に悩んでいたと思っていたようで、ミルコはセシリアが見たことがない穏やかな笑みを向けてくる。
「そ、そうなのですか。一応聞きますけど、これからの生き方とはなんでしょう?」
この流れ、セシリアは嫌な予感は感じている。でも友人として聞かざるを得ないとおそるおそる尋ねる。
「はい、聖女セシリア様を守れる男になると決めました!」
胸を張って答えるミルコは記憶喪失であることに微塵も感じさせない。
「今はまだ愚かな男ですが、必ず聖女セシリア様を守れる男となってみせますことを、ここに誓います!」
片膝をつきセシリアの手を取って掲げ誓いを立てるミルコに、セシリアは頭がくらくらしてしまう。頭を上げ真剣な表情をするミルコは、セシリアの言葉を待っているのかじっと見つめてくる。
「き、期待してます」
「ははっ! 我が命に誓います」
村から出て冒険者を目指した二人。一人は聖女と崇められ、もう一人は記憶を失い新たな道を歩むことになる。
俺ら二人とも運命に翻弄されている、セシリアはそんなことを思いながら自分の前で跪くミルコを見て思うのだった。