第254話 伝説のフレイムドラゴンすら前座と言う
もう幾度目か分からないドルテの振るう魔剣とフォスの拳がぶつかり、飛び散った闇と炎が地面に落ち表面を抉りながら焼いていく。
フォスの腕を魔剣で弾き、その隙に魔王の鎧がフォスの腹を蹴り怯んだところをドルテの放つ魔力を溜め振った一撃でフォスの巨体が地面を削りながら吹き飛んでいく。
「怪我のせいで本調子ではないのではないですか?」
「ぐふっふっ、まあそれもあるか。だが、根本的に魔王、お前は間違えている」
立ち上がったフォスに微笑を浮かべるドルテに、可笑しそうにフォスは笑う。わずかに怪訝そうな表情を見せたドルテが赤い瞳を冷たくして見つめると、フォスは自身の右手を炎で包む。
「初めてお前と会ったときからわしは本気は出してはいない。わしが本気を出せば人間どもも無事ではすまんからな」
「なにが言いたいのです」
「わしが本気を出して負けたのは聖女セシリアだけ……ということだ」
ニヤリと笑うフォスの言葉にドルテの瞳の赤色が深くなり、魔剣タルタロスが闇を噴出し始める。
「魔王よ。お前は幼いな。聖女セシリアのことがそんなに気になるか」
ぐふっふっと笑うフォスにドルテが無言で魔剣を振るうそれを、燃え盛る腕で受け止めたフォスの口が光を放つ。カッと赤い光が周囲を切り裂さきながらフォスの口から放たれた熱線を、腕に闇をまとった魔王の鎧が両手を広げて受け止める。
闇に激しくぶつかる熱線が巨大な火の粉となって地上に降りそそぎ、地面を焼きながら弾け黒い煙を上げる。黒い煙を吸い上げるかのように魔剣タルタロスの刀身に集まる闇が大きくなる。
「だれもかれもが聖女セシリアの名前を口にするんですね。たしかにセシリアお姉様は魅力的な方、それは認めます。でもその魅力が、わたくしたち魔族にとっては障害でしかないのです」
「ぐっはっはっはっは!」
熱線を吐き終えたフォスが豪快に笑うと、ドルテはピクリと眉を動かし不機嫌そうな表情になる。
「わたくしたちか。魔王よ、お前は憧れつつ、自分と聖女セシリアを比べて勝手に劣等感を感じ、こう思っているのだろ。『わたくしはこんなに頑張っているのに、なぜ聖女セシリアだけが多くの者から慕われるのだろう』と」
その瞬間ドルテの体から魔力が吹き上がり、背中に闇の翼が生まれる。
「図星か。その思いこそ障害の原因の一つであろうに。聖女セシリアは、自身に好意が向けられなくて妬むわけでもなく、たとえ好意が他人に向けられてもそれを心から喜べる人間であるとわしは感じているがな。魔王とは土台が違う」
嘲笑うフォスを中心に闇が広がる。真っ暗な闇の中を赤く光る瞳が残光を残しながら魔剣が黒い軌跡を引く。
闇の中で闇が弾け、黒い世界でさらに深い黒が散る。闇が散った先を睨むドルテの赤い瞳には、紫の光がほとばしりその光に照らされるセシリアがいた。
闇に紫の光が差し込むと闇を真っ二つに斬り裂く。
「セシリアお姉様……」
「やっぱりドルテが魔王だったんだ……」
短い言葉を交わしたあと、お互いに振った聖剣と魔剣がぶつかり紫と黒が弾け、二人は後ろに下がる。
「フォスさん、遅くなってごめんなさい」
セシリアはドルテと睨み合いながら背後にいて片膝をついて立ち上がるフォスに声をかける。
「ぐふっふっ、気にするな。よき運動になった。そもそもこの戦いは聖女セシリアと魔王が決着をつけないと終わらんだろう。わしは聖女セシリアの前座としての役割を果たしたまで」
ぐふっふっと笑うフォスの言葉に顔を引き締めるセシリアと、苛立ちを露わにするドルテとが目を合わせる。
「サトゥルノ大陸で生きる伝説とまで呼ばれ、恐れられるフレイムドラゴンにそこまで言わせる存在……人を、魔物を、竜族までも惹き付けるセシリアお姉様は、わたくしたち魔族にとって邪魔でしかありません」
「私はドルテの邪魔をするつもりはないよ。それよりも魔族たちが向かっているフォルータの場所が分かるかもしれないんだ。一緒に来てほしい」
「かもなのですよね?」
「見つけたわけじゃないから、可能性の話にはなるけど、きっと大きなヒントになると思うんだ」
「……」
二人は向き合ったまま黙って見つめ合う。やがてドルテの持つ魔剣タルタロスがカタカタ震えると、静かに魔力を集め始める。セシリアも視線を外さないまま聖剣シャルルに魔力を集め始める。
「フィーネ島に住んでいたとき、わたくしは何も知りませんでした。お母様から人に優しくあれと教えられ、全ての人間を憎むお父様とは違い人間にもいい人はいるのだと聞かされてきました」
語りながら闇で黒く輝く刀身をした魔剣をゆっくりと持ち上げるドルテを瞳に収めたまま、セシリアは紫に輝き影が渦巻く聖剣を強く握る。
「魔族を恐れ人は攻撃をしてくる。それも仕方のないことだと思いながら、わたくしたちはかつての故郷であるフォルータを求め人間を傷つけないようにしてきました。ですが、人間は執拗に攻撃をしてくるので仕方なく力で押さえつけると今度は怯え、媚びを売り同じ人間を貶めようと提案し、あわよくば魔族のおこぼれをもらおうとする……」
ドルテが赤い瞳の光を鋭くする。
「フォルータの手掛かりを得るため、各国にある資料という資料を読み進めわたくしは過去に人間がどれだけ酷いことを考え、そして実行してきたかを知りました」
黒く輝く魔剣の刀身を立て、剣先をセシリアに向けたドルテは、貫くような鋭い視線でセシリアを見つめる。
「この魔剣タルタロスが、セシリアお姉様の聖剣がどのようにして生まれたかはご存知ですか?」
黙って頷くセシリアもまた聖剣シャルルの剣先をドルテに向けると、ドルテはふっと笑みを浮かべる。
「ご存知であってもなお人間の守護者であることを選択したわけですね。ならば……」
背中から闇が噴き出し翼を形成するドルテと、白い翼を広げ羽先から紫の光を噴射するセシリアとが同時に出る。
そして、紫と黒が弾けると互いの視線をぶつける。
「わたくしたち魔族の敵である聖女セシリアを討ち、わたくしたちの生きれる場所を手に入れます!」
「争いたくはないけど……負ける気もないから」
聖女セシリアと魔王ドルテの一撃で激しく震るえた空気は、人も魔族も魔物にも等しくこの戦いの終わりを予感させる。




