第253話 三天突破
聖剣シャルルからふわりと降りたセシリアは、聖剣を地面から抜くと静かにメッルウを見つめる。
セシリアの放つ巨大な魔力の前に頬に汗を流しながらも睨むメッルウが、手に炎の剣を生み出すとゆっくりと構える。
睨むメッルウと、ジッと見つめるセシリアの目と目が合ったのは一瞬。先に動いたメッルウの炎の剣は、セシリアに覆いかぶさり石化したピエトラによって防がれる。
ピエトラの翼に包まれ、炎の剣がセシリアに届かないと判断するや否やメッルウは翼を羽ばたかせ宙に浮かぶと、大量の炎の球を生み出し投下する。
連続で投下される炎に耐えるピエトラだが、構わず炎の球を放ち続けるメッルウにピエトラを砕くまでやめる気はないと意志が感じられる
そうはさせまいとピエトラの前に立ったリュイが、盾で次々と炎の球をかき消していくが、大量の炎の前に押され始める。すると、混合軍の皆がリュイの前に立ちそれぞれの盾で炎の球受け始める。
かき消すことができない兵たちは吹き飛ばされていくが、次々と現れては炎の球を受け止めていく。
「なんなんだこの執念めいた動きはっ!」
イラッとした表情をするメッルウだが、自身の生み出した炎によってできた影を伝って来たアトラの影に足を掴まれ驚きの表情へと変わる。
影に真下に引っ張られ地面に叩きつけられたメッルウが体を起こすと、紫の軌跡を引き高速で飛んでくるセシリアの姿がある。
紫の線が弧を描くと、聖剣を炎の大盾で受け止めたメッルウは、真っ赤に砕け散る炎と共に吹き飛ばされる。
「なめるなぁ‼」
怒鳴りながら翼を広げ空中で強引に体勢を立て直すメッルウに、フェルナンドの炎を宿した剣が襲いかかる。それを炎の剣で受け止めたメッルウ目掛け、グンナーの剣が迫るがそれを反対の手で受け止める。
「きさまらごときの攻撃は通じないと何度言ったら分かる! 邪魔だどけ‼」
苛立った様子を見せるメッルウに対し、フェルナンドがふっと笑う。
「確かに俺の攻撃はお前に効かない。だが、意味はある。そう言った意味では効いていると言えなくねえか?」
「意味の分からないことを!」
怒鳴るメッルウが強引に剣を振りながら回転すると、フェルナンドとグンナーを吹き飛ばす。
そのときを狙って、周囲を囲む混合軍が投げた大量のボーラーがメッルウに巻きつく。そして、コケェーっとピエトラの一鳴きが響きメッルウは石化した縄に絡められ地面に落ちて転がる。
セシリアにとどめをさされると、警戒し周囲を見渡したメッルウの目に既にオルダーの元にいるセシリアの姿が映る。
「くそっ、馬鹿にして」
メッルウは地面に頬をつけ文句を言いながら不貞腐れる。
***
メッルウとの戦闘をリュイたちに任せ、オルダーのもとへ降り立ったセシリアがオルダーと斬り合う。助太刀に入ったジョセフとロックをチラッと見たセシリアが口を開く。
「ジョセフさん、相手の軌道をずらしてもらえますか。ロックさんは、隊を円形に配置し相手を囲むのと、ペティにお願いして相手の鎧の隙間を塞いでください」
聖剣を振るいながら短く指示を飛ばしたセシリアに従い、ジョセフが空中に魔力の線を引きオルダーの剣筋を逸らしていく。オルダーの動きを制限したことで、セシリア自身の動きも制限されるが、それは互いの攻撃の軌道が重なることを意味する。
振り上げる聖剣と振り下ろされる剣がぶつかる。本来であれば実力も力も上のオルダーが勝つのが常であるが、聖剣の刀身に巻く影が回転しながらオルダーの剣を弾き、刀身の後方から噴射する魔力の勢いで押し切る。
剣を弾かれ、両腕を大きく上に上げる格好になったオルダーに向かってペティが魔力の糸を次々と投げつける。手に持っていた剣を捨て、大きく後ろに跳んだオルダーに槍を構えたロックがペティの投げた魔力の球を刺して槍を突き出す。
その意図を察したオルダーが身を反らし紙一重で避ける。
カツンっと鎧の金属を叩く音が響き、オルダーが自分の体に触れる槍の穂先、正確にはロックのスキルで伸びた穂先を見て、黄色く光る目を丸くそして大きくする。
「……穂先が伸びるだと」
鎧の隙間、オルダーで言えば関節部に蜘蛛の巣のごとく引っ付くペティの魔力の糸。それ一個では何の意味もなさないが、クリールでオルダーを中心に走りながら次々と投げる魔力の球は、空中に引かれたジョセフの魔力に触れ滑り加速し、さらに軌道を変えながらオルダーを捕えていく。
「……ぐっ」
次々と自分引っ付いていく糸にもがくオルダーを逃がすまいと、ジョセフがペティが投げる球を誘導し、ロックが伸ばした穂先に絡めながら確実に糸をオルダーに引っ付けていく。
「皆さん、今です!」
セシリアの一声で、周囲を取り囲んでいた混合軍が一斉に盾を投げていく。粘着性のある糸のせいでオルダーに盾が引っ付きさらに蜘蛛の巣が張り盾が引っ付きを繰り返し、あっという間にオルダーは盾まみれになって身動きが取れずに倒れてしまう。
「念のためにぐるぐる巻きにしてやる」
そう言って糸を編んで、盾まみれになったオルダーをさらに縛っていくペティを見たセシリアは、翼を広げ飛び上がる。
***
オルダーのもとから飛んできたセシリアが地面に倒れているミルコの隣に降り立つ。
「誰がそんな体で戦いに参加しなさいと言いましたか」
ムッとした表情でミルコを見下ろすセシリアを見て、ミルコはふっと笑う。そんな姿を見てセシリアは呆れた顔でため息をつく。
「私は怒っているんですよ」
「怒った顔も可愛い」
「……ダメだこいつ」
話しが通じないと判断したジト目のセシリアは、隣にいるウーファーを見上げる。
「ウーファーさん、お疲れでしょうけど、手を貸してもらえますか?」
『もちろーん。わしーは、聖女セシリアのーファンクラブー、六ごーだからー』
胸っぽいところを張ってそう言い切るウーファーを見てセシリアは微笑む。味方ではあるが巨体であり自分勝手に動くウーファーを一言で素直にさせる様子を見て、ミルコやニクラスはもちろん混合軍の兵たちもさすが聖女セシリア様だと口々に言う中、セシリアは聖剣の剣先をザブンヌへ向ける。
「決着をつけようぜ」
「ええ、もちろんです」
自身の拳と拳をぶつけてニヤリと笑みを浮かべるザブンヌに対し、セシリアが微笑む。
そしてザブンヌに向けたままの聖剣に魔力が集まり始め紫色に輝き出す。
「させねえ」
魔力を溜めさせまいとザブンヌが拳を握り体を引いてグッと力を入れた瞬間、セシリアが口を開く。
「ウーファーさん。撃って」
『ほーい』
ウーファーが口の中で圧縮した水の塊が、空気を押しのけ轟音を響かせザブンヌに向かって飛んでいく。
「え? 聖女が攻撃するんじゃ……」
思わぬ方向からの攻撃に間抜けな声を出したザブンヌを、ウーファーが上から放った水の塊が押し潰す。
「がはっ⁉」
水の塊が押しつぶし弾けた勢いは凄まじく、ザブンヌが地面に叩きつけられただけでは勢いを殺せず空中に跳ねてしまう。
身を宙に浮かせ、水しぶきに囲まれるザブンヌのダメージでしかめっ面になっていた顔が引きつる。
水しぶきを形成する水の球という球にセシリアの姿が映ったかと思うと、水の球は紫に輝き始め聖剣の刀身へと集まる。
空中で一回転し勢いをつけた聖剣は水が寄り添い、優しくそして豪快に振り下ろされる。セシリアに導かれ天から降りそそぐ膨大な水は、紫に輝く滝となって地面を抉り巨大な池を生み出す。
そして、できた池の水面がブクブクと泡立つと、ザブンヌが浮かび上がってきてプカプカと浮かぶ。
「これでしばらくは動けないかな」
白目を向いて気絶しているザブンヌを見たセシリアは呟くと、フォスと戦闘中のドルテの方を見る。
「いくよ、みんな」
セシリアは聖剣シャルルとグランツ、アトラに声をかけると翼を羽ばたかせ飛び上がる。




