第25話 聖女をめぐって
ギルドを入って正面にある案内受付でちょっぴり不機嫌そうに頬を膨らませるメランダがいて、その前でセシリアはペコペコと頭を下げている。
「この間の虫除け草納品のクエストの話、なんで帰ったときに教えてくれなかったかな?」
「ご、ごめんなさい。その、早く帰りたくて……」
頬を膨らませてムッとした表情をしているが本気で怒っているわけではなく、どちらかと言えば拗ねているだけである。そんなメランダの表情可愛いと思うセシリアは、日頃自分が可愛いと言われることに疑問を感じながら謝っていた。
「セシリアちゃんの謙虚なところは良いところだと思うけど、もっと自分がやったことをアピールしても誰も怒らないよ」
「い、いえ。本当に私一人じゃ討伐できていませんでしたし」
「だとしてもアントン三匹を一撃で斬るなんて普通出来ないと思うけど」
「うっ、それはこの聖剣のお陰であって私の実力ではわわっ!?」
「ん~もぉー、冒険者になったその日にブロンズスタートの女の子冒険者で、聖剣に認められた聖女! さらには魔物を一撃でほふる剣技の持ち主と絶賛話題沸騰中のその人なのにその偉ぶらない感じがも~ か・わ・い・す・ぎっ!!」
カウンター越しにメランダに引っ張られ抱きつかれ胸元に顔を埋めたセシリアは焦ってパタパタと腕をバタつかせている。
そんな二人がじゃれる姿を周りの冒険者たちが見て癒されていることはセシリア本人は気づいていない。
「今日も仲が良さそうで何よりだね」
「ふふっ、ありがとうございます。遠征からお帰りになったんですね?」
セシリアは背中から聞こえて来た声に振り返ると金髪の髪をかき上げ爽やかに微笑む白銀の鎧を着る青年が立っていた。
「ジョセフさん、お久しぶりです」
「ええお久しぶりです。セシリア様のお噂このジョセフの耳にも届いております」
相変わらず抑揚をつけ歌うように話しつつ、オーバーリアクション気味に手を動かしお辞儀をするとセシリアの前に膝まづく。
「今日もお美しいセシリア様の姿に、このジョセフ癒され長旅の疲れも吹き飛びます」
ジョセフがセシリアの手を取ったとき、バチっと電撃が走りジョセフの手が弾かれる。
『我、あいつ嫌い』
「シャルル! ご、ごめんなさい、この聖剣まだ上手く扱えなくて」
「なるほどそれが噂の聖剣なのですね。ふふっ頼もしいナイトがいるようで、障害は多ければ多いほど燃えるというもの」
ボソッと呟きフッと笑みを浮かべるジョセフの声が聞こえなかったセシリアは首を傾げる。その腕に抱く聖剣シャルルが鞘の中で牙を剥いて敵意を露わにしていることをセシリアは知らない。
「ところでさっき遠征と言ってましたけど、どこかへ行ってたんですか?」
「ええ、ギルドからの依頼で魔物の生態調査に向かっていました。ここで立ち話もなんです、少々お時間を頂ければ落ち着いた場所で紅茶でも飲みながらお話いたしませんか?」
セシリアの質問に再び爽やかな笑みを見せ、お茶に誘うジョセフの肩をグレーの落ち着いた配色に赤いラインが入った鎧を着る男の手が掴む。
「相変わらずキザなやつだな」
「なんだロックか、キミも帰ったのか?」
「なんだとは冷たい言い方だな。さっき帰ってきてギルドへの報告が終わったところだ」
二人の男が向き合い軽口を言い合う様子から、気心知れた仲であることはセシリアにも分かったが、それ以上にロックと呼ばれた男に見覚えがあったことに驚きに表情を見せる。
「あの、確かお城で王様と一緒に聖剣の間へ行った方ですよね?」
「覚えていただけて大変光栄です。申し遅れました、私はアイガイオン騎士団所属にて、王都五代冒険者第四位の肩書を持ちますロック・マッケートです。ロックとお呼びください」
ロックがジョセフを押しのけセシリアの前で跪くと手を取り、自分の口に近付けようとするが電撃が走り思わずのけ反る。
「ご、ごめんなさい」
「い、いえ。さすが聖剣。セシリア様をお守りする剣として頼もしい限りです」
唇を拭いながら笑って見せるロックをジョセフが鼻で笑う。
「ふふ、キミも嫌われたか」
「うっせぇよ」
言い合うがそこに棘はなく、やはり二人の仲が悪いものではないことを示している。さらにそんな二人の姿を見た周りの冒険者たちがざわついていることは、この二人が只者ではないことをセシリアにもなんとなくだが分かった。
「おっと、失礼いたしました。先ほどの質問ですが我々はここ最近の魔物の生態系の乱れを受け、王都周辺から国境付近までの魔物の生態系の変化を調べておりました」
「乱れ……ですか?」
セシリアが不安そうに尋ねるとジョセフが優しく微笑む。
「ええ、セシリア様と初めて会ったときのシュトラウスやこの度のアントンもそうですが、出現場所が本来生息する場所から離れているのです。さらには段々と出現場所が王都に近づいてきているので、周囲の魔物の生態系に変化があったのではないかと懸念されてまして──」
「そこで、私らの出番ってわけです。腕の立つ冒険者たちと王国騎士団が協力して生体調査に向かいましてね。これがなかなか大変な旅路でして何せこの辺にいない魔物なんかもいますし苦労させられました。でもここでは見られない綺麗な景色なんかもあってですね。そうだ! もっと詳しいお話を食事でもしながら御一緒──つっ!?」
会話に割って入ってきたロックの脇をジョセフが肘で突き睨む。
目の前で睨み合う二人を見てセシリアは苦笑いをする以外の方法が思い付かず、引きつった笑みを浮かべるが周りからは争う二人に困っているようにしか見えなかった。
そんなセシリアを救ったのはギルドの扉を開けて入って来た郵便配達員であった。
「すいませーん、こちらにセシリア・ミルワード様はいらっしゃいますか? 伝言があります!」
この世界での郵便配達員、彼らは郵便だけではなく伝言の伝達も行っている。手紙と違って伝言は相手に確実に伝わるかは運次第なところもあり、基本は店から店の連絡などに使われることが多い。
個人名で伝言が来ると言うことはよほど緊急か、伝えたい相手が見つかり易いかのどちらかである。
この場合後者であることは、みなが一斉にセシリアを向いたことで証明される。
配達員はセシリアの方へ向かって歩いて来ると、ポケットの中から伝言用のメモ紙を取り出し内容を確認する。
「アルセウス病院から伝言です。お知り合いの方が目を覚まされました……とのことです」
「本当ですか! 伝言ありがとうございます」
一緒に村から出てきたミルコが目を覚ましたとの知らせに喜び、お礼を述べるとセシリアはジョセフとロックの方を見る。
「すいません、用事が出来たので失礼させていただきます」
ペコリと頭を下げるセシリアを二人とも笑って見送る。その後ろでニンマリと笑うメランダが楽しそうに話し掛ける。
「ふふーん、セシリアちゃんはなかなか手強いですね。女性の立場から申し上げますとあの目は全くときめいてませんね。王都ではモテモテのお二人でも聖女様は強敵ですかね」
メランダの言葉に二人は反対の方を向いたまま同時に笑い、向き合うとお互いに拳をぶつけ合う。
「てめえには負けねえ」
「よく言う。私こそキミには負けないさ」
そう言ってお互い別々の方へ向かい歩いて行く。
「くううっ! 一人の女性めぐって二人の男が競い合う! たまんないわねこのシチュエーション!」
ジョセフとロックが去った後には、拳を握り興奮するメランダの姿があった。