第243話 魔王ドルテ
黒い稲妻と共に現れたドルテの出現に驚く人々ではあるが、可愛らしい見た目もあって逃げるよりも、何者で何をするのかの興味の方が勝り様子を見守ってしまう。
さらに聖女セシリアが持つ聖剣と似たような剣を持っていることが、初手の行動を見誤ってしまう。
魔剣タルタロスを抜いたドルテが、刀身に魔力を集め始める。周囲から集められる魔力が町中を駆け抜け、魔力を知覚できない人たちにもとてつもない力が、ドルテに集まってきていることを感じさせる。
そして、集まった魔力が刀身で吹きあがり、黒い炎のように燃え上がる闇は、危険なものであることは誰の目から見ても明らかであった。
ここではじめて、目の前にいる少女が、なにかとてつもない危険な存在であるかもしれないことを認識し、逃げ始める人たちが現れる。
「命は奪いませんが、逃がしません」
集めた魔力と自分の魔力を混ぜ、闇を刀身に渦巻かせると魔剣を振るう。
人間だけでなく建物などの建造物含め全てを、ドルテを中心に闇が包む。そのまま闇が弾けると建物だけが残り人や動物などの生き物は跡形もなく消えてしまう。
ドルテは魔剣を鞘に収めると抱きしめ、町を散策するかのように優雅に歩き、ときに気になった建造物や像などのオブジェの前で止まって観察する余裕を見せる。そんなドルテを中心に闇は暴れ、周囲の人々を次々と消していく。
「止まれ!」
騒ぎを聞きつけたグレジルに滞在する混合軍がドルテに剣や槍を向ける。大勢の男たちに武器を向けられても顔色一つ変えない少女に、不気味さを感じつつも混合軍の兵たちは武器の先端を向けたままドルテの周囲を囲む。
そんな混合軍の兵たちを見て、微笑むドルテはスカートを摘まみ優雅にお辞儀をする。
「道をお尋ねしたいのですが、グレジル城へ向かうにはこの大通りを真っ直ぐ行けばいいのでしょうか?」
「先にこっちの質問に答えてもらおうか。お前は何者だ?」
隊長と思われる男が、剣先を向けたまま凄むと、ドルテは自分の唇を人さし指で触れて微笑を浮かべる。
「失礼しました。わたくしの名はドルテ。魔王です」
『魔王』の言葉と同時にドルテを囲む兵たち全員の足を闇が掴む。自分の影に取り込まれるかのようにずぶずぶと地面に沈んでいく兵たちの悲鳴を聞きながら、唯一沈まず闇に掴まれ空中にもち上げられた隊長の男は恐怖で顔が引きつってしまう。
「そんなに怖い顔しないでください。痛くはないですから、皆さんの心配はしないでください」
闇に引っ張られ、ドルテの前に連れてこられた隊長の男の頬をドルテが撫でる。
「名乗ったので教えていただけますか? グレジル城はこの道で合っているのですよね?」
「なに、なにが目的だっ、ぐうあっ⁉」
喋っている途中で闇に強く掴まれた隊長の男が痛みで叫ぶ。
「わたくしは、あなたの言う通り名乗りましたよ。でしたら、今度はあなたが約束を守る番ではないでしょうか? それとも人間にはそのような常識はないのでしょうか?」
再び顔を近づけられ目の前で微笑むドルテに、歯をガチガチ鳴らしながら隊長の男は必死に首を横に振る。
「あ、合っています。この道で合っています」
言葉を詰まらせながら答える隊長の男を見て、ドルテは微笑む。
「ありがとうございます。では質問に答えますが、目的はあくまでもわたくしたちの故郷への帰還です。ですが、再び人間がわたくしたちを攻撃しないように、いくつか国を頂かこうと思っています」
答えを聞いて目を大きく見開く隊長の男を闇が包み消し去ってしまう。
「力で支配……本来はそんなことはしたくないのですが、それが一番早く効果的なのだと、人間たちがわたくしたちへ行動で示してくれたので実行させていただいています」
隊長の男が消えなにもない空間に向けニッコリと笑みを見せたドルテは、再び歩き始め城へと入るための門を守る兵たちを消し去ったあと魔剣を抜くと、縦に一閃黒い光を走らせる。
縦に真っ二つに斬れた門は、自身を支えることができなくなりゆっくりと崩れ落ちていく。
激しい音と煙が上がると、その中を優雅に進むドルテは城の扉を斬り城内へと入る。向かって来る兵はもちろん、逃げる者、隠れている者も闇に飲み込まれ消えていく。
王がいる玉座の間を守る兵を消し去りつつ、扉を破壊したドルテは中を警備する兵たちを次々と消しながら、玉座に座る王の前に立つ。
「この姿でグレジル王にお会いになるのは初めてですね、改めまして魔王ドルテと申します」
玉座に座ったまま、体を強張らせ必死に睨むグレジル王にドルテは微笑む。
「トゥロン王妃とシュセット王女の姿が見えませんが、先に逃がしたのでしょうか?」
出会ったこともない、魔王を名乗る少女の口から王妃と王女の名前が出て目元をピクリと動かすグレジル王を見てドルテは微笑む。
「そんなに怖い顔しないでください。一度はわたくしたち魔族の同盟国となった身ではありませんか。もう一度戻る気はありませんか?」
「こ、断る!」
「あらら、前はすぐに許しを請うてきましたのに、その心境の変化はやっぱり聖女の存在でしょうか?」
微笑むが目は笑っていないドルテの視線に怯えながらも、グレジル王は口を開く。
「こ、ここで私を消したところで、聖女がいる限り人間を支配できるなどと思うな」
唇を震わせながら必死に訴えるグレジル王を見ていたドルテの顔から微笑みが消える。
「どこへ行ってもセシリアお姉様の名前……その大きさに救われる面もありますが、どこまでもわたくしを追い込む存在……」
ドルテが魔剣に手をかけると、瞳が赤く光る。
玉座の肘掛けを握り、全身に力を入れ覚悟を決めるグレジル王がゆっくりと抜かれる魔剣を見つめていたとき、突然玉座の間の壁が吹き飛ぶ。そして白く巨大な影がドルテを掴みそのまま反対の壁を突き破り城の外へと消えていく。




