第241話 お誘い
休息を混ぜつつブルイヤーの王都付近に近づいたとき、肌で感じる寒さに加え、木々や岩の影に残る雪が視覚的にも寒さを伝えてくる。
「一気に気温が下がりましたね」
リュイがコートの襟のボタンを閉め、白い息を吐きながらセシリアに話しかける。
「そうだね、リュイは平気?」
リュイの後ろに乗るセシリアが、手袋をつけた手で口を押さえながら答える。
「はい、私は大丈夫です。それよりもペティが……」
セシリアとリュイは隣をクリールに乗って走る、服やコート、マフラーを着込んで雪だるまみたいになっている物体を見つめる。
「ふががが、ふがっ!」
「なにか文句あるかよ! って言ってるんだと思う」
吠える雪だるまの言葉を翻訳したセシリアに、リュイは感心しながら雪だるまに目をやる。
「そんなに丸くなってしまって、魔族が来たらどうするつもりなんですか。セシリア様をお守りできませんよ」
リュイの呆れた言い方に、雪だるまはぴょこぴょこ体を激しく動かして怒りを露わにする。
「ふががっ! ふふがー!」
「やれるぜ! バカにすんなー! だって」
翻訳したセシリアが笑いながら、二人の言い合いを見ていると一人の兵が近づいてくる。
「姫、ご報告します。王都ブルイヤーには人一人いないとのことです」
「一人もですか!? ブルイヤーは大きな都市だと聞いていますが、住んでいた皆さんはどこへいったのです?」
「申し訳ございません。鍵の開いている家や施設を中心に調べたのですがどこへ行ったかは分かりませんでした。ただ、争った形跡や血が流れたような跡はありませんでしたので、最悪の事態ではないと推測できます」
兵が質問に答えるとセシリアは口元を押え考え込むとすぐに、兵に目を向け口を開く。
「他に違和感はありませんでしたか?」
「いえ、人がいない以外は特に感じませんでした」
「人以外、家畜や動物などはどうなっていますか?」
「家畜……そう言えば家畜もいませんでした。家の中にも外にもペットすらいませんでした。動物と言えばネズミや鳥くらいしか見ていません」
再び考え込むセシリアは、聖剣シャルルに尋ねる。
「これって誘われてる?」
『間違いないな。セシリアが来ることを待っている』
聖剣シャルルの回答を聞いたセシリアは小さく頷き、兵に視線を向ける。
「おそらくブルイヤーへ私が来るように誘っていますので、戦闘になる可能性が高いと思われます。今戦闘に参加できる人数、周辺の援軍を呼んでここへ来れるのか、来れるならいつ頃なのかを早急に調べてもらえませんか?」
「はっ!」
一礼して兵はその場から離れていく。
「セシリア様、誘われているとはどういうことですか?」
リュイに尋ねられたセシリアが、まだ遠くに見える王都ブルイヤーを瞳に映しながら口を開く。
「魔王のいるベンティスカへたどり着く前に、ここブルイヤーで私を倒そうと、そういう算段なのかもしれない。しかも町全体の人や動物がいない状況から察するに、魔王自身が動いた可能性が高いと思う」
セシリアが見つめるブルイヤーを、リュイと雪だるまも見つめる。
***
先遣隊がブルイヤーの南側にある門で待っており、セシリアたちと合流する。
「こちらの南門だけが開いており、唯一侵入できるようになっています。周辺に罠や敵がないことは確認しています。中へ入られますか?」
「他の門は開くことができないんですか?」
「はい、色々とためしましたが、どうやってもびくりともしません」
先遣隊の答えを聞いたセシリアが、半分だけ開いている南門を見上げる。そして後ろを振り返ると、自分についてきた混合軍を見渡す。
「ブルイヤーへ入ったあとおそらく戦闘になります。今ここにいる74名を半分に分け、先行37名が侵入したのち私が入り、あとの37名が入ってください。もしも途中で門が閉まるようなことがあれば、無理して町へ入らず逃げやすい方へ向かって逃げてください。私と離れて魔族に襲われた場合は、自分の命を優先して全力で逃げてください」
セシリアの指示を受けて皆が切れのある返事をする。
先行する部隊が門をくぐり王都内に入り周囲の警戒をする中、セシリアたち三人が入る。続き三人ほど兵が入った瞬間、門の縁に黒い光が走る。
「下がってください!」
セシリアの鋭い声で、次に入ろうとしていた兵二人が、内と外へ別れる。そして誰もいない門は動き始め閉まってしまう。
『セシリア様……この魔力のパターンは魔王です』
「ここまで魔力を感じさせてなかったのに、いきなりこれだけの魔力を放出するなんてとんでもないね」
答えながらセシリアが、足下を歩くグランツを抱き上げると光になって弾けたグランツを取り込み、背中に翼を生やす。そして聖剣シャルルを抜くと、鞘から伸びた蔦を腰へと括り付ける。
「皆さん最大限の警戒をお願いします。魔王がきます」
セシリアの発言にリュイやペティをはじめ、混合軍の皆が緊張した面持ちで頷く。




