第239話 月明かりの下で
オルダーとメッルウを退けたセシリアたちは、渓流付近で一夜を明かすためテントを張りキャンプを展開する。
ただし敵に発見されにくくするため、森の中に身を潜め火を使用せず、テントの数も最低限となる。
「姫、奇襲により食料を持った者たちも分断されたため、こんなものしか用意できずに申しわけありません」
申しわけなさそうな顔で兵が持ってきたショートブレッドと呼ばれる保存食と、干し肉を受け取ったセシリアが兵の方を見上げる。
「食べれるだけでも感謝しています。ですが私たちにこんなに渡して、皆さんの分はあるんですか?」
「あ、いえ私たちは……」
言葉に詰まった兵をセシリアがじっと見つめると、兵はますます慌てて後ずさりしてしまう。セシリアと後ずさりをする兵のやり取りを見ていた、別の兵が前に出る。
「わ、私たちは森の食材を集めて食べますから大丈夫です」
「そ、そうです。大丈夫です」
別の兵のフォローに後ずさりしていた兵も大きく頷き、必死に大丈夫だと言う。そんな二人の兵をじっと見つめていたセシリアが立ち上がる。
「森の食材に興味があります。前に一人で飛ばされたとき、食料の調達に苦労したので知識として覚えておきたいので教えてもらえませんか?」
かつて魔王に飛ばされ、オードスルヌにて一晩森をさ迷ったときのことを思い出した、セシリアの純粋な好奇心からのお願いだったが、兵たちは自分たちに気を使ってくれる聖女の心遣いと感じ心の底から感動する。
「火が使えないので、木の実が中心の食事ですが、それでよろしければ」
「凄く興味があります。是非教えてください」
少ない食料の節約のため、セシリアたち三人に食料を分け、自分たちは木の実で腹を満たそうとしていた兵たちは、気を使わせまいと隠れて食べていた。だが、セシリアたちがきて一緒に食べ始めたことで暗かった食事は一気に明るくなり、自分たちが集めて来た木の実を説明したり、美味しそうに食べ感想を言うセシリアを見て癒される楽しい食事へと早変わりすることになる。
クルミの殻を割ってもらい食べるセシリアが頬を赤くし、目をキラキラさせる。
「これおいしい! 木の実は思いつかなかったなぁ~」
「セシリア様、私に会う前、森でなにを食べたんですか?」
幸せそうに食べるセシリアの隣にいるリュイが尋ねる。
「きのこ」
ポリポリと椎の木のドングリを食べるセシリアが答えると、リュイとペティが目を丸くする。
「きのこは美味しいですけど、毒を持っているものも多いですし、サバイバルに不慣れな人が手を出すのは危険ですよ」
「きのこって、そのまま食えないだろ? それにすぐ腹減るしよ。よく手を出したな」
サバイバル経験豊富なリュイとペティが驚くと、セシリアは自分の揺らぐ影を見る。
「まあ、見極める能力があったってことかな」
そう言いながら再びクルミを口に入れるセシリアは、木々の隙間から見える空を見上げる。
「ミモルたち大丈夫かな……」
セシリアは空の雲が風で流れて、露わになった月が地上に降り注ぐ光を見つめて呟く。
***
セシリアと同じ月の光を浴びるミモルは森の中を足早に歩く。
「たくっ、あの子どこいったのよ」
苛立ちながら茂みをかき分けるミモルの、隣を歩くラファーがときどき周囲を見渡しながら気配を探る。
『気配を探るのはセシリアお嬢さんたちの方が得意だからな。ミモルの鼻でも見つけきれないか?』
「ご丁寧に水の中を移動して匂いを消してるみたいだし、完全に見失っちゃった」
しかめっ面になるミモルが川の水を蹴ったとき、ラファーが立ち止まる。突然立ち止まったラファーを不思議そうに見てミモルが振り返ると、茂みがガサッと音をたて揺れる。
それを見たミモルは大きなため息をついて、今は動かなくなった茂みを睨む。
「さっきからコソコソ私らのあとを追って来るのやめてもらえる? あの子が心配なら一緒にくればいいじゃないの」
茂みに向かってミモルが文句を言うと、申しわけなさそうに項垂れたコッレレが姿を現す。
『そう言ってやるな。ミモルに攻撃した手前どうしていいのか分からないのだろうよ』
ラファーがたしなめるが、ミモルは掌に拳を打ち付け、コッレレに鋭い視線を向ける。
「そんなの、簡単に許すわけないに決まってるでしょ。めちゃくちゃ痛かったし!」
怒るミモルの言葉にコッレレがしゅんと小さくなる。
「でも、私がいない間、あの子を守ってくれてありがとう。あんたもララムが心配なんでしょ。だったら一緒に探すよ」
ふと笑みを見せるミモルに声をかけられコッレレは、首をすくめたまま近寄ってくる。下げた頭をミモルが撫でると、コッレレは頭を擦り付けゴロゴロと鳴き始める。
「はいはい、私に甘えたってなにもでないし。それよりもララムを探すよ」
ミモルはコッレレを撫でるのをやめると、先頭に立って歩き始める。その両隣りをラファーとコッレレが並んで歩く。
注意深く歩くミルモが、ふとなにかに気づきしゃがむと、川から陸に向け伸びる足跡に触れる。
「柔らかい……まだ新しい足跡だ。コッレレ」
ミルモの隣で足跡を嗅いでいたコッレレの表情が柔らかくなる。
「間違いないってことね」
足跡と匂いを頼りにすすむミモルたちは、やがて藪の前に立つ。そして、そっと藪をかき分け木の根元で寝ているララムを見てミモルは呆れたような、でも喜びを必死で押え込んでいるような表情でララムを背負うと、ラファーとコッレレを見て笑みをこぼす。
「二人ともありがと、おかげで見つけれた」
お礼を言われたラファーとコッレレは小さく頷き、歩き出したミモルの後ろをついて歩く。
月明かりを浴びて歩くミモルの背中で、もぞもぞ動き出したララムが、寝ぼけまなこで目の前にある頭と揺れる耳をじっと見つめる。
「ミ、ミモル⁉」
目の焦点があったララムが驚いた表情で声を上げる。逃げようとするララムをミモルが抱え直して阻止する。
「どうせ歩けないんでしょ。昔から体力ないんだから」
「ララムまだ歩けるもん」
「はいはい、だとしても今はそのままじっとしててよ」
ミモルの言葉に、ふくれっ面になるララムだが素直にミモルの背に頬をつける。
「昔はこうやってよく、遊び疲れたララムを背負って帰ったよね」
「昔のことだもん……」
背中に顔をつけたままララムはさらに頬を膨らませる。黙って歩くミモルはときどき唇を噛んだり、小さく口を開いたりしていたが、自分を奮い立たせるように小さく頷くと口を開く。
「ほんと、ごめん」
「ほんとっ、だもん」
短く言葉を交わした二人の間に、またしばらく沈黙が訪れる。今度はララムが、ゆっくりと口を開く。
「ねえミモル。ララム、ミモルが見たものが知りたいから、人間の知り合いに会わせてほしいんだもん」
「はぁ? 私が人間の味方してとか怒ってたのに?」
「それは、それだもん」
大きくため息をついたミモルが、思い出したように苦笑いをする。
「言っとくけど私が仲良くなれたのはほんの数人だけ。しかもうっとうしいくらいお節介なエルフと人間だけど、本当に会う?」
「ミモルが楽しそうにしてるから会いたいもん」
「楽しそうにしてる? 私が?」
「してるもん」
ララムに指摘され、ミモルは自分の口元に触れる。
「そっか、してるか。じゃあ、会いに行こうか」
「うん」
月明かりの下、四つの影は南へ向かって歩みを進める。




