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第24話 兵法 姫プレイ!

 セシリアが騒がしい音を頼りに向かうと音は段々と激しくなり、やがてそれが剣や盾がぶつかる音だと気がつく。


 胸騒ぎがして少し小走りに騒ぎの場所にたどり着いたセシリアが見た光景は、成人男性より一回り大きなアリに似たアントンと呼ばれる魔物たちと冒険者たちの戦闘であった。


 昆虫由来の固い外皮に加え三位一体で襲ってくる魔物に冒険者たちも苦戦している。


「なんでこんなところにアントンがいるんだ?」


「知らねえよ! それよりも倒すぞ!」


 冒険者たちはそれぞれがアントンに攻撃を繰り出して戦うが、アントンたちの連携の取れた戦い方に比べ、数こそ多いだけの統率の取れていない集団ゆえに苦戦を強いられてしまう。


 一人の冒険者が剣を振り上げ斬りかかるが、アントンの固い腕に阻まれ受け止められてしまう。その隙に別のアントンが口から白い塊を吐き出す。


 慌てて冒険者がシールドでガードするが、シールドに当たった白い塊は網のように広がり腕に絡みつく。

 粘着性の高い塊は冒険者の腕の曲げ伸ばしを邪魔し、他の装備に引っ付いて行動に制限をもたらす。

 焦る冒険者に最後の一匹が鋭い(あご)を広げ突進してくる。

 これを別の冒険者が剣で受け止めるが、勢いに負け二人まとめて吹き飛ばされてしまう。


「すまねえ助かった」


「ああ、だがこいつは俺らの実力じゃ厳しいぞ」


 二人の冒険者が体を起こしているその横を別の体格のいい冒険者が大きな剣を構え突進していく。


「てめえらじゃ力不足だ。下がってろ!」


 大きな体を生かした体から振り下ろされる大剣の一撃は当たれば効果はあったであろうが、そこはアントンの方が一枚上手であった。


 あらかじめ地面に向かって吐いてあった粘着性の塊に足を取られた冒険者は、アントンにたどり着く前に豪快に転倒してしまう。


『ふむ、これはまずいな。このままだと犠牲者が出るのは時間の問題だろうな』


 離れた小高い丘の上から見ていたセシリアはその言葉を聞いて、抱いていた聖剣シャルルをぎゅっと抱きしめてしまう。


 戦闘経験が少ないセシリアでもこの状況がまずいのは分かった。だがどうしていいのかが分からない。


「……前に聖剣を手にしたら凄い力が手に入るって言ってたけど、シャルルならこの状況をどうにかできる?」


『ああ、可能だ。我ならこの辺り一帯を吹き飛ばすことことなど朝飯前だからな』


「そ、それじゃ意味ないよ!」


『ならば出力を押えセシリアから離れ過ぎなければある程度、我のみで戦うことも可能だ。

 だがそのためにはこの混戦のなかをセシリアが駆け抜け魔物のもとへたどり着く必要がある。

 別の方法としてはセシリア自身が剣を振るうかだが……できるか?』


「それは……無理だよ」


 実力も経験もない自分の非力さに項垂(うなだ)れてしまう。この状況を見た数人の冒険者たちが町へ助けを求めて帰ったが、連れてくるまでに犠牲が出る可能性が今の状況だと高い。


『そこでだ、先ほど話した兵法姫プレイをやるときではなかろうか?』


「兵法を? 人を使ったこともないし、あの魔物をどう倒していいかも分からないよ」


 不安になったのかセシリアが抱えている聖剣シャルルをきつめに抱き締めると、それに応えるかのように僅かに震える。


『今冒険者たちは自分を守ることに必死。もしくは魔物に一撃を加えてあわよくば倒してやろうとしているわけだ。いわゆる統率の取れていない状態』


 静かにそして(さと)すように語り掛ける聖剣シャルルの言葉にセシリアは耳を傾ける。


『だが絶対的に守る対象、そしてとどめをさす人物が決まればまとまるとは思わないか?』


「ま、まさかそれを俺にやれってこと?」


『そうだ。冒険者たちはセシリアを守り、セシリアは魔物の手前まで前進する。とどめの一撃は我に任せてくれればいい』


「ちょ、ちょと待って。何をすれば」


『とどめの一撃を放つまで私を守って! でオッケーだ』


 慌てふためくセシリアの頭の中にいつもより高い声で可愛いく言う聖剣シャルルの声が響くと、シャルルが甲高い音と共に光を放ち始める。


 突然キィーーンっと甲高い音と紫の光が放たれ、冒険者たちだけでなくアントンたちもセシリアに注目する。


「あわわわっ」


 自分の意志と関係なくここにいる全員の注目を集めてしまったセシリアは焦ってしまう。


『今だ、言え!』


 全注目を浴び頭が真っ白になったセシリアの頭に聖剣シャルルの声が響く。

 その声に意識を持ち直したセシリアは、白目になりそうだった瞳に紫の光を戻すと、両手に抱きかかえていた聖剣シャルルを左手に持ち声を上げる。


「とどめは私がさします! ですから、その一撃を放つまで私を守って!」


 それだけ叫ぶと小高い丘の傾斜を駆け下りアントンのもとへと向かって走り始める。


 セシリアが突然魔物に向かって走り始めたことに、みなが一瞬呆気にとられるが、直ぐに言葉の意味と今の状況を把握しセシリアにもとに向かって集まり始める。


 二匹のアントンが粘着の塊をセシリアに向け吐き出すがそれを二人の冒険者盾で受け止める。

 網のように広がった粘着性の糸に囚われてしまうが、二人はそのまま後ろに下がり別の冒険者がもう一発飛んできた塊を受け止め後方に下がる。


 向かって来るセシリアに何らかの危機を感じたのかアントンたちが動き陣形を広げようとする。


「一気にまとめてたたきます。バラバラに逃げないように押えてください」


 頭の中で響く聖剣シャルルの声を復唱するセシリアの呼びかけに、冒険者の一人が矢を放ち動こうとするアントンの一匹を牽制すると、反対から来た別の冒険者が剣を振りアントンを押し込む。


 左右から押し込まれたアントンだが後方の一匹はがら空きとなった後方に逃げ場を見出し後ろに下がる。


「一匹逃げる!」


『一先ず二匹だけでも構わん、我を抜け!』


 セシリアが聖剣シャルルの言葉に従おうとしたそのときふとポシェットに刺してある虫よけ草の存在に気が付く。

 それは先ほどの採取の際、虫に刺されたくないからと自分用にさしておいたものであった。


 セシリアは虫除け草を引き抜くと手に力を込める。


『広域化』のスキルは虫除け草の力を周囲に広げる。


 正式名称レモールグラス、虫が好まない成分を有することで自らの身を守る草。体内からにじんできた成分を表面で気化させ周囲に放ち虫を寄せ付けない。小さな草が放つ香りの成分など普段は可視化できないが、広域化のスキルを得て何倍にも増えた香の成分は、太陽光に当てられキラキラと光を(またた)かせる。


 瞬く光が放つ香りに虫系の魔物であるアントンの動きが一瞬だけ鈍る。

 実際に小さな草の効能などたかが知れており、いくら広がったとは言え虫除け草の香りは僅かに不快感を与えただけ。

 例えるなら「わっ、くせっ」程度の効能。だが反応してしまったことは命取りとなる。


『いいぞ、今こそ我を抜け! 魔物に当てる必要はない思いっ切り振り抜け!』


 セシリアが鞘に手を掛け聖剣シャルルを引き抜く。

 鞘から現れた紫の眩い光を放つ聖剣の姿にみなが見惚れるなか、アントンたちの真ん前までたどり着いたセシリアが両手に持った柄に力を込め瞳にアントンを映す。


 セシリアが静かに振り上げた聖剣は何もなかった宙に紫の軌跡を鮮やかに残す。


 セシリアの瞳に映ったアントンの上半身がゆっくりとズレ落ちる。


 ドスっと鈍い音が響き三匹のアントンが同時に崩れ落ちる。

 振り上げた聖剣シャルルをゆっくり下し剣先を地面に突き立てたセシリは大きく息を吸う。


 セシリア自身状況が把握できていなかったが、把握するよりも先に冒険者たちが雄叫びを上げながらセシリアに向かって駆け寄ってくる。


「「「うおおおっ! すげえええっ! アントン三匹を一気に切るなんてセシリア様凄いですううっつ!!」


 興奮して感激の言葉を叫ぶ冒険者たちの勢いに、たじたじのセシリアは必死に首を横に振る。


「い、いえ。私は剣を振っただけですし、みなさんの協力があったから討伐できたんです」


「自分の功績よりも俺たちを立ててくれるなんて感激です!」

「なんて謙虚な人だ!」

「俺、セシリア様に一生ついて行きます!!」


 本当のことを言っただけなのに感激して泣き出す冒険者もいて、引きつった笑みを浮かべ自分は何もやってないみなさんが凄いんですと言うセシリアの手元で聖剣シャルルは震えて頷く。


『最後まで完璧だな』


 この世界に新たな兵法『姫プレイ』が生まれた瞬間である。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 役不足とは、演劇などで演ずる俳優が、その演目での役割に不満をもつこと。転じて、その役職が本人に不相応な程軽いこと。(wikiのコピペ) なので 「てめえらじゃ役不足だ。下がってろ!」…
[一言] ククク、姫プレイと一言に言っても案外奥が深い… 単に異性に媚びを売るだけじゃない…上手く自身に貢がせつつも「合コンさしすせそ」みたいなテクニックで相手の心に満足感を与えて、しかし騎士同士が喧…
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