第23話 クエストは行列ともに
王都の上空に大きな花火が次々と上がり夜空を飾る。聖女セシリア誕生を祝う聖誕祭のフィナーレを飾る花火にみなが空を見上げ、色とりどりの光を全身に浴びる。
その光は街灯の少ない明かりの乏しい町にも分け隔てなく届けられる。
「うわぁ~」
「僕初めて見たよ」
小さな教会の庭先で口を閉じるのも忘れてポカンと眺める子供たちの姿があった。
「セシリアはいかなくてよかったの?」
「人前に出るの恥ずかしいし、花火は遠くから見る方が好きだから」
子供たちから少し離れた場所に並んで座る、アメリーとセシリアも夜空に上がる花火を見ながら会話をする。
「ねえねえセシリアお姉ちゃん、これってセシリアお姉ちゃんのお祭りの花火だよね! すごいね! すごいね!」
二人の前に来て興奮気味に尋ねてくるのは、この間セシリアが教会に預けた女の子のソーヤ。
前に会ったときよりも顔色もよくなり表情もずいぶん明るくなったことに、セシリアは喜びを感じていた。
「私のって……まあ、そうかもしれないけど。すごいのは花火であって私じゃないよ」
「ん~っ、偉ぶらないで謙遜しちゃうところが可愛いのよねぇ~」
ソーヤとの間に割り込み横からセシリアに抱きつき頬を擦るアメリーを、セシリアは必死に引きはなそうと抵抗する。そんな二人を見て子供たちはまたいつものが始まったと呆れ顔するものから笑う者までいる。
「こら、アメリー! セシリア様が怪我をしたらどうするのです。あなたはもう少し落ち着きと言うものを知るべきだと、私は思いますがね」
アメリーは叩かれた頭を擦りながらケッター牧師に謝っている姿を見てセシリアは笑ってしまう。その前を楽しそうに走り回るソーヤとペイネから少し離れた場所でオトカルと何やら真剣に話しているヒックの姿があり、元気そうな二人の姿を見たセシリアは嬉しくなって、幸せを噛みしめ微笑む。
『うむぅ、可愛いな』
腕に抱いている聖剣シャルルの声が頭の中に響く。
「ことあるごとにそう言うのやめてくれる? せっかくこの雰囲気に幸せ感じて満喫してるんだからさ」
『事実は事実だ。それよりも明日から本格始動するのだろう?』
話を逸らされたと感じつつも、変な聖剣シャルルと不毛な会話を続けるのは疲れるので仕方なく会話を繋げる。
「あ、うん。この祭りが終わったら多少は動きやすくなるかなって」
『そうか? 今やセシリアは時の人なわけだし、そう簡単に普通の冒険者生活が出来るとは思えないがな』
「うっ、とりあえずクエスト受けて達成する。それくらいなら出来るはずでしょ」
低い目標であるがまずは冒険者としての一歩を踏み出したいセシリアはクエスト受けると意気込むが、聖剣シャルルは硬い体を震わせため息をつきながらポツリと呟く。
『今の状況を考えるに思い通りにはいかないと思うが、まあオロオロするセシリアをみるのもまた良いものであるからな』
***
「セシリアちゃんお久しぶり~!!」
そろりとギルドに入ったセシリアを迎えたのは案内のカウンターに座るメランダの元気な声である。
目立ちたくないセシリアは必死に口を人差し指で押さえ静かにしてとアピールするが、メランダは気にする様子もなく手をブンブン振っている。
「どーせ何しても目立つんだから堂々としてた方が良いって!」
「ま、まあ確かにそうなんですけども」
「そのおどおどした感じが魅力の一つなのも確かなんだけどね。さてと今日のご用件はなにかな? クエスト受けに来たの?」
メランダの「おどおどした感じが魅力」の言葉に胸元で『よく分かっているな。その通りだ』と声を上げ反応する聖剣を両腕でぎゅっと締めると『ありがとうございます』と声が響くので無視することにする。
「はい、一応冒険者ですしクエストを受けようかなと」
「ふむふむ、いい心掛けね。簡単なクエストから体を慣らしていくといいかもね。最近忙しかったでしょうし」
「そうします。出来るクエストから無理なくやろうと思っています」
「うんうん、素直でいい子だ。ところでセシリアちゃんは一人? パーティーとか組まないの?」
「そうですね、しばらくは一人でいいかなって思っています」
メランダとセシリアのやり取りを周囲の冒険者たちが耳を大きくして聞いていることを、セシリアはなんとなく感じていたが、声を掛けられるわけでもないしさほど問題ないだろうと気に留めないようにしてクエストを受けるのであった。
***
「よいしょっと、大分集まったかな」
セシリアは籠の中に花を入れると額の汗を拭う。
『ふむ、確かに大分集まったが、ちと地味ではないか?』
「最初だからこれでいいんだって。王都に来てギルド経由のクエストは一つも達成してないんだから、焦らず確実に出来ることから始めるべきだと思うんだ。それにこの辺りの地理もまだ詳しくないし、薬草採取とかは地形や土壌を知る上で有効だってこの間読んだ本に書いてあったし」
ここ最近人目を避け宿屋や教会で過ごすことが多かったセシリアは、冒険者の心得なる本を読むことにハマっていたのである。
『確かに一理あるが、いやまあコツコツやるのは悪いことではないのだが、剣の身としてはちょっと物足りないものでもあるな』
「う~ん、でもいきなり剣を振り回せって言われても鍛錬してないし、もう少し強くなったら使うよ。さてと、虫除け草これくらいあれば足りるかなぁ……念のためもう少し摘んでおくかな」
そう言ってセシリアが新たな摘んだ虫除け草、正式名称をレモールグラスと言うハーブの一種であり、匂いの成分に虫を寄せ付けない効果を持っており家庭から散策において虫除けとして重宝されるものである。
主に野山に自生し他の花の影に隠れていることが多く、その性質ゆえ花畑で採取出来ることが多い。
セシリアは初クエスト達成のためにいそいそと花を摘み籠へ入れていく。
花畑中で可憐に虫除け草を摘む聖女セシリア。見ているだけでも心が癒される光景に花畑の周囲を囲む冒険者たちはときめく胸を押さえる。
「おい、魔物だ!」
「よし、やるか!」
数人の冒険者立ち上がり花畑から離れると、花畑に向かって走るウーリンと呼ばれる猪に似た魔物の前に立ちふさがる。
「ここから先には行かせねえ」
「セシリア様の邪魔をするものは許さねえ!」
ウーリンの突進に数人が吹き飛ばされるものの、応援に駆けつけた冒険者たちの助けもあって討伐に成功する。
「セシリア様は無事か?」
「ああ、無事だ。お前のお陰でセシリア様は順調にクエスト遂行中だ」
「そうか良かった。ウーリンに吹き飛ばされたのも無駄じゃなかったぜ」
冒険者の男たちが手を取り合い爽やかな顔で笑い合う。
この状況をセシリアは気づいている。いや、正確には気づかされている。
コッソリ助けるなどと言う気は彼ら冒険者には全くないらしく、セシリアの周りに魔物が寄らないようにと討伐する度に、俺が俺がとアピールしてくるのである。
しかもセシリアが北へ歩けばゾロゾロと、南に歩けばワイワイとついてくるので気づかないわけがないのだ。
『賑やかだな』
「言わないでくれる。必死に気にしてないふりをしてるんだから」
『パーティを組まなくてもこんなに来てくれ、しかも無償で討伐までしてくれるとはなありがたいものだ。こう言うのなんと言ったかな……確か……おお、そうだ姫プレイってやつだ』
「姫プレイ? なにそれ?」
聞き慣れない言葉にセシリアは虫除け草を摘む手を止める。
『あーなんと言ってたかな……たしか集団において一人の女性を助けるために我が身の犠牲も厭わない気高き精神を持った兵法の一種だったか? その一人の女性を姫と呼ぶのだとかなんとか』
「そんな兵法があるの? 初めて聞いたし、そもそもあんまり強くなさそうな名前だけど」
『いや、みなが姫のために全力を尽くすからいつも以上の力を発揮できるのだとか。使い方次第ではかなり強いと聞いたぞ。
ただ仲間内でお互いが足を引っ張り合う可能性もあるからその辺りのバランス調整が難しいらしい。思わせ振りで振り回すのは危険だとも言ってたな』
「……」
姫プレイなる兵法のメリットとデメリットを一通り聞いてセシリアは黙ってしまう。そして今は花畑に寝かせてある聖剣シャルルをジロッと見下ろす。
「一応、俺って男なわけなんだよね。思わせ振りもなにもないと思うんだけど」
『この状況を見てもか?』
「うっ……」
セシリアを守るために周囲を囲い彼らが出来る精一杯の温かい目でセシリアを見守る冒険者たちを見てセシリアは項垂れる。
「そもそも俺はなんでこんな格好してるんだよ……たしかに四六時中人目があって、エノアさんとの契約もあるとはいえさ」
『可愛いからいいではないか』
「も~変なことばっかり言ってさ、可愛さなんか求めていないのに。はぁ~せっかくクエスト達成できそうなのになんだかなぁ」
大きなため息をついて立ち上がるとスカートについた草や土埃を払い籠を手に持ち、王都へ帰ろうと歩き始めると周りの冒険者たちも少し離れてついてくる。
ゾロゾロと冒険者を引き連れ帰還するセシリアは後ろを気にしないようにして町へと歩みを進める。
遠くに王都へと入る門が見え、後はギルドに虫除け草を納品するだけだと安堵したとき、後ろをついてくる冒険者集団が騒がしいことに気がつく。
「なんだか騒がしいな。なにかあったのかな?」
気になったセシリアは元来た道を戻り冒険者集団の最後尾を目指し足早に歩くのだった。