第223話 コンマ一八を超えて勝利へと!!
もう何度目か分からないほどぶつかり合った一本と二本の角が、今一度ぶつかると、お互いが大きく後ろに下がる。
『俺らの主も山場みたいだぜ』
横目でセシリアとオルダーを見たラファーがグラニーに話しかける。対してグラニーは、鉄でできた顔の表情を変えるわけもなく、ラファーへ視線を向けるだけだ。
ラファーの体には無数の傷がついて血が滲んでいる。それはグラニーも同じで鉄の体に無数の傷が入っており、鈍く光を放っている。
『主のもとに行きたくないか?』
ラファーの問いにグラニーは相変わらず無表情なままだが、オルダーの方を向くと、金属の口を開け歯をガチンと鳴らす。それを肯定と受け取ったラファーが口角を上げる。
『じゃあ、とっとと目の前の邪魔なヤツを倒そうぜ……お互いにな』
ラファーの言葉を合図に二頭が角を向け前足で土をかくと、土煙を上げながら互いが突進する。凄いスピードで距離が縮まるが、グラニーが目の光が強くなると、角と角の間に電流が走り始める。次の瞬間、電流が稲妻となってラファーに襲い掛かる。
だが、真横に走る稲妻を前にして、ラファーはニヤリと笑みを浮かべる。そして、角の輝きがこれまでに見せたことがないほど強く光ると、溢れ出した光は巨大な角を形成する。そして角の形のまま鋭い先端が伸び、稲妻を突き破り、グラニーの胸元から腹下に向け走る。
巨大な槍ともいえるその光の角に腹からすくい上げられたグラニーは、空中へ放り出され地上へ落ちていく。
重い金属音と派手に上がる土煙の下では、グラニーが力なく伏せていた。
『真正面からぶつかると見せかけて、だまし討ちとは気が合うな。っと動くなよ、腹の傷が広がる。そもそも、さっきの一撃で、お前を貫いてもよかったんだぜ』
グラニーの胸元から腹にかけバックりと開いた傷が、ラファーの言葉が嘘ではないことを示している。動きたくても動けないと悟ったグラニーは、頭を地面に伏せ大人しくなる。
『さて、セシリアお嬢さんの方を助けたいが……』
ラファーが聖剣と剣がぶつかり合う様子を見て、その激しい戦闘に表情を険しくさせる。
***
無言で戦うオルダーの剣は振られるたびに鋭さを増していく。それに対し、体力的限界はとうに超えたセシリアの剣には疲れが見える。
聖剣を手から離さないのも、アトラが一緒に握っていることと、聖剣シャルル自身の魔力操作による太刀筋のサポートと衝撃の軽減があるからこそ。
そして、グランツが的確にオルダーの太刀筋を読み、セシリアを含め三人へ伝達しているからこそ、オルダーと渡り合えている。
だが、苦しそうな表情で攻撃を受け、繰り出すセシリアと、疲れを知ることのないオルダーではこの戦いの結果は決まっていて、その方向へ向かって進んで行くだけだった。
その結果を崩すべく二人の間に差し込まれた、鋭い角とオルダーの剣がぶつかる。
「……ユニコーンか。……グラニーを破るとは伝説の魔物の名は伊達ではないな」
『お褒めいただき光栄だねっ』
そう言ったラファーの角の周りに光の粒が回り始める。
「……ほう、喋れるのか。ならば教えてやろう、お前ごときが私の前に立つ資格はない」
言い切ったオルダーの目の輝きが強くなると、一気に剣を振り抜きラファーを吹き飛ばしてしまう。土煙を上げながら地面を削って止まったラファーは、そのまま動かなくなってしまう。
「……聖女と私の戦いに入れる実力もない者が出しゃばるとは愚かな」
剣を払ったオルダーは、光の粒を体にまとったセシリアの傷が癒えていく様子を見て、目の光を大きくする。
「……癒やし。なるほどそっちが目的か」
ラファーのおかげで、傷とわずかだが体力も戻り、目の輝きを取り戻したセシリアがオルダーを睨む。
「……だが、傷が癒えたところで、私との差が縮まるものではない」
「それは、どうでしょうか」
精一杯の強がりの笑みを浮かべ、セシリアが聖剣を振るう。再びぶつかり合う聖剣と剣が火花を散らす。
『セシリアよ。オルダーの言うとおり、このままでは成す術がない。我が力を溜める時間をもらえれば押し返すこともできるが』
「いつもの前向きがほしいところだけどっ。くっ、きつっ」
オルダーの剣を受けよろけたセシリアをアトラが支える。だが、間髪入れず放たれた剣を受け、大きくよろけてしまったセシリアが倒れペタンと座り込んでしまう。
「しまった……」
目を大きく見開いたセシリアの瞳がオルダーの振り上げた剣を鮮明に映す。
***
「もっと速く走れないんですか‼」
「うるせえ、全力だ! っていうあの中に突っ込むと正気かよ!」
「正気もなにも、当然です! ここで動かなくていつ動くんですか‼」
クリールを走らせるペティが、背中で叫ぶリュイの言葉を聞いて、歯を食いしばる。
「ちげぇねえ」
姿勢を低くしたペティの背後でリュイが腕に装着したバックラーに手を触れ目をつぶる。
「で、できる……私はセシリア様のためならできる。ここで、やらなきゃ。あのとき助けてくれて、こんな私に優しくしてくれて、外の世界を見せてくれて、たくさんの仲間と知り合わせてくれたセシリア様を……私は助ける‼」
「おい、リュイ! もうすぐだ!!」
目を開き、セシリアとオルダーを見据えるリュイに、クリールを走らせるペティが背を向けたまま声をかけると、リュイは無言で頷きクリールの背の上に足をつけ屈む。
次の瞬間、クリールの背を足場に跳躍し、空中に身を投げ出したリュイが、そのままセシリアとオルダーの間に飛び込む。そして腕に装備したバックラーをオルダーに向ける。
「タイミングは運任せ! たとえダメでも一撃は防げる!!」
突然飛び込んできたリュイに構うことなくオルダーは剣を振り下ろす。座り込んでしまっていたセシリアが、目の前に現れたリュイに驚きの表情を見せる。リュイは叫ぶ……というよりも呟く。
「パリィパリィパリィパリィパリィ━━」
スキル発動のタイミングが分からないなら、連続で使用して運任せで発動を願うリュイの作戦。0.18秒のパリィ受付時間中に攻撃を受ければ相手の攻撃を無効化、または大きく軽減できるスキル『受け流し』タイミングが分からず使ってこなかったスキルは今……。
オルダーの剣はリュイごとセシリアを斬る勢いが確かにあった。
カキィン!!
心地好い音と共に剣が弾かれ、オルダー本人は大きくのけ反り後ろによろける。
「……な、なにが起きた⁉」
『ジャストパリィだ‼ グランツ‼』
『お任せを‼』
セシリアの意志とは別に、翼が羽ばたき飛び上がると、白い羽根を空中に舞い上がらせる。
力を振り絞って聖剣を握るセシリアと地面に横たわるラファーの目が合うと、ラファーが角を強く光らせる。
『アトラ、ここが踏ん張りどころだ。いくぞ‼』
『のじゃ!』
空中に舞う白い羽根と白い光が、黒い影を生みセシリアから影が伸びて掴む。瞳を紫に輝かせたセシリアの瞳が、よろめくオルダーを捉える。
羽根先が紫に輝くと、伸びた影が引っ張って、掴んだ先に向かってセシリアが斜めに急降下する。
そして放たれる一撃が、オルダーの鉄の体を斬る。さらに影は斜め上に伸びて掴むとセシリアを引き上げ急上昇する。その際に放たれる一撃が再びオルダーを斬る。
更に伸びた影が三度セシリアを引っ張りオルダーを斬る。
オルダーの周りを高速で飛びながら次々と斬撃を繰り出すセシリアの動きを、周りにいる者たちはもちろん、オルダーも捉えることはできずに、成されるがなるまま斬撃を受け続ける。
高速で引かれる光を見ている者たちの、視界に残る光の残像が消えないうちに、一際まばゆい光が走り、セシリアの最後の一撃がオルダーを斬る。
セシリアが着地し聖剣を地面に突き立てると、背後に立っていたオルダーの体に一気に紫の線が入り、金属片を散らしながらオルダーが倒れる。
倒れたオルダーのもとへと近づいたセシリアが、聖剣を隣に突き立てる。それにオルダーの光る目が向いたあと、セシリアに向けられる。
「さすが三天皇です。仲間の助けがなければ危なかったです」
「……最後の剣技見事だった。だが、太刀筋にブレがある。洗練すればもっと鋭くなれる……もっと剣を振るといい」
「ご指導ありがとうございます」
セシリアがお礼を述べると、オルダーの目が空に向く。
「……申し訳ございません」
呟いたオルダーを見て、ふと笑みを浮かべたセシリアが口を開く。
「謝るなら本人に直接言ってくださいね」
「……なっ、それはどういう意味だ」
「そのままの意味です。自分の口で直接、魔王に言ってください」
オルダーの表情は分からないが、小刻みに揺れる目が驚きを隠しきれないことを示している。
「……私と聖女は、今敵同士なのだぞ。ここで私を討てば面倒ごとが一つ消え、先に進める。なぜ討たない! 聖女の腹の内が見えん‼」
「腹の内って……そんな深い意味はないです。相手を消して先に進むのも一つの手でしょうけど、私は人間、魔族と魔物と深くかかわってきた身なので、皆仲良くできたらなって。それにオルダーさん悪い人じゃなさそうですし、もっと話したら優しくしてくれそうだって思ったんですけど。間違ってます?」
そう言って笑うセシリアにオルダーはかける言葉が分からずに、ただ光る目でセシリアを見つめ続ける。
「魔王のこと好きなんですよね。その思いは届いてるはずです。じゃあ、いなくなったらきっと寂しがりますよ」
「……ここで私を討たないと、再び立ち塞がるぞ」
「そのときは、また皆で倒してみせますよ。今よりも鋭くなってますから、覚悟しててください」
「……」
黙ってしまうオルダーに、セシリアは言葉を続ける。
「虚空という名が指すとおり、中身がないとかオルダーさん言ってましたけど。色んなものがぎっしり詰まってる気がしますよ。あ、そうだ。魔王に忠誠心を向けるのもいいですけど、魔王の話も聞いてあげてください。多分、困ってるはずですから」
そう言いながら満面の笑みを見せるセシリアだが、笑みがスッと引くと、翼を羽ばたかせ大きく後ろに下がる。
瞬間爆発音と巨大な土煙が上がると、もうもうと上がる土煙に巨大な影が見える。そして、影がゆっくりと煙から歩き出て姿を露わにする。
そこには、はちきれんばかりの筋肉に、額に生えた角、そこにいるだけで威圧感を感じさせる巨大な鬼、三天皇のザブンヌがいた。
「よう、久しぶりだな。おっと、一戦交えに来たわけじゃない。オルダーを迎えに来ただけだ」
手をかざしてセシリアに挨拶がてら、断りを入れたザブンヌがオルダーのもとに歩みを進める。
「おい、オルダー。帰るぞ」
「……なんで、ザブンヌがここにいる」
驚きを隠せないオルダーに、ザブンヌは小指で耳をかきながら、わざとめんどうくさそうな顔で答える。
「なんでって酷い言いようだな。迎えに来てやったんだ。もっと喜べ」
「……魔王様に合わせる顔がない……。生き恥を晒すわけにはいかないのだ」
「晒せよ。周りが呆れても馬鹿にしても恥を晒して生きろ。それを醜いと罵る者がいれば俺が殴ってやる。オルダー、お前がいなくなることをたとえ魔王様が命じても、俺が反対してやる。だから生きろ」
「……ザブンヌ」
響く声を震わせるオルダーを見てザブンヌはニカッと笑う。
「まあ、魔王様がお前を消せだなんて命じないさ。魔王様はお前が帰って来たら喜ぶ。間違いない! だから、帰るぞ」
両膝をついていたオルダーを抱えたザブンヌがセシリアの方を向く。
「ってことで悪いが、オルダーをやらせるわけにはいかない。聖女セシリアよ、魔王様はベンティスカにてお待ちだ。気合入れて来いよ」
そう言ってオルダーを抱えたまま背を向けたザブンヌがピタッと止まる。
「オルダーへ向けた言葉。俺の心にも響いた。ありがとな」
背中を向けたまま呟いたオルダーは身を屈めると、大きく跳躍しセシリアから遠く離れた場所に着地し、グラニーを抱えるとそのまま跳躍を繰り返しながらあっという間に去って行く。
「終わった……っ」
去って行くザブンヌたちが見えなくなったあと、気が抜けたセシリアが膝をつく。聖剣シャルルにすがり、倒れるのを防いだセシリアだが胸元を押させ苦しそうに肩で息をする。
一番近くにいたリュイとペティが駆け寄り、肩を借りて立ち上がるセシリアを見て、心配そうに皆が見守る。
だが、セシリアが自ら立つと、二人から離れて聖剣を天に向ける。
「ヴェルグラの開放をここに宣言します」
紫色に輝く聖剣を持つ聖女の宣言に、空気は一転、喜びと歓喜の声が沸き、それはヴェルグラ中へと広がっていく。




