第22話 男って生き物は……
セシリアは数日前に訪れた防具屋の扉をゆっくりと開けると、鉄と皮の入り交ざった独特な匂いが鼻を抜け、薄暗い店内が迎えてくれる。中は相変わらず整然としており、飾られている防具は磨かれて輝いている。
そんなに日は経っていないのに凄く懐かしい感じがして、なによりも冒険者として行動している感じがセシリアの心をワクワクさせくすぐってくる。
大きく息を吸って心を落ち着かせる。最近人前に出ることが多く、こうして人気がない場所に来ると心が休まり安堵のため息をついてしまうのだ。店としては人がいないのはよくないことなのかもしれないが。
「すいませーん」
声を掛けると奥の方で人の気配がして服の擦れる音がする。やがて見覚えのある顔が出て来たのでセシリアは声を掛ける。
「お久しぶりです。この間は服とポシェットいただきありがとうございました」
「おっ……」
「お?」
セシリアと目が合った防具屋の店主が細い目を大きく開け固まってしまう。
「おおおっ! この間は申し訳ございませんでした!! そんな偉大な方とも知らず失礼な口をきき、娘のお古を、さらにわたしのボロボロのポシェットなぞ渡してしまい、このトマス・ルブランこの首を持ってお詫びを!!」
突然頭を地面に擦りつけ謝り始める店主の行動に、セシリアは手をパタパタさせおろおろしてしまう。
「ちょ、えー、あのやめて、あぁ~大丈夫です。そう大丈夫です! 服が破れて困っていましたし、持ち物を落とし途方に暮れていた私に服やポシェットを与えてくれとても嬉しかったです。この御恩に感謝しても店主さんを責めることなんてありません」
泣きながら謝る店主を宥めるためにも出来るだけ丁寧に声を掛けると、店主は頭を上げセシリアを見る。その目は充血して涙が溜まっているが、泣き止んでくれたことにセシリアはホッと胸を撫でおろす。
「うおおおっ! 許して下さるだけでなく優しいお言葉まで掛けて下さるなんて、感激ですうううっ!!」
「あわわわっ! 泣かないで、そんなに泣かないでくださーい!」
泣き止んだと思ったらいきなりの号泣にセシリアはあたふたしながら必死になだめる。
程なくして椅子に座り目を擦りながらぐすぐす泣くおじさんを宥めるセシリアの顔には疲労の色が濃く出ている。
『大変だな、聖女ってやつも』
完全に他人事の聖剣シャルルの声がセシリアの頭に響き、ムッとして睨みつけると『その顔よきよき、むふふ』と意味の分からない言葉と気持ちの悪い笑い声を発するので無視する。
「取り乱して申し訳ございません」
ポツリと謝る店主に「本当にそうだよ」なんて言えないセシリアは引きつった笑みを見せる。
「あの後しばらくして、わたしの店にきた少女が聖女様であったこと知り、なんて失礼なことをしてしまったのだと後悔しておりました」
思い出して罪の意識に苛まれたのか、再びグスッと鼻を鳴らす店主にセシリアは慌てて店主の手を取り握りしめる。
「感謝しかしてませんから! あのときのお礼が言いたくて、そしてあなたとの約束である防具をここで買いたいと思って今日はここに来たんです!」
「おおおっ~そんな優しいお言葉を掛けていただけるなんてぇ~」
「あぁ、泣かない。泣かないでぇぇ」
結局泣くのかい! と突っ込みたい気持ちを抑えながらセシリアは必死に店主を宥める。そしてようやく落ち着いた鼻の赤い店主の横では疲労困憊の様子のセシリアが肩で息をしていた。
「と、とりあえず新しい防具が欲しいんですけど」
「取り乱して申し訳ありません。私の店で一番高いのは……」
「いえ、別に高くなくていいんで私に合った装備をお願いします。それに私はそんなにお金を持ってませんから」
「お金なんてとんでもない! 全て無料で提供をさせていただきます」
「じゃあお尋ねしますけど、一番高いのはどれです?」
店主の態度に疲れていたセシリアが少しムッとした表情で尋ねると、店主は端の方に飾ってあった全身を覆うプレートアーマーを指さす。
「これです。相場でいけば金貨十枚ぐらいです」
「じゃあそれをもしタダ私がもらったら、仕入れ値とか考慮してお店としてかなり損しませんか?」
「え、ええ、まぁ。でもセシリアさまが……」
「お店に損をさせてまでもらっても嬉しくないんです。ここにいる私はただのお客なのですから普通に接客してください!」
最近の聖女様扱いにうんざり気味であったセシリアの心の叫びでもある。だが、相手がセシリアのことを神格化している状態でその言葉はおおよその場合において逆の効果を生み出すものである。
「ああ、まさに聖女様! 私の店のことまで考えていただけるとは慈悲深いお方ぁ~」
よよよと泣き始める店主にセシリアは大きなため息をつき、この店主から普通に接してもらえることは諦めることにする。
「とりあえず胸当てと背中部だけを考えてるんですけどいいのありますか? 少し薄くてもいいので軽めのがいいんですけど」
「ブレストとバックプレートですか……セシリア様、差し出がましいですがその剣を扱われるんですよね?」
「え、ああこの剣。うん、まあ」
聖剣シャルルを指さされ、今後この剣を扱うことになるのだろうかとセシリア自身が疑問に思ってしまう。
「でしたら薄手の革手と短めのガントレット、足も少し厚めのブーツをおススメします」
「ガントレット? つけたことないですけど剣を扱うなら使った方がいいんですか?」
「取り回しが悪くなると付けない者もいますが、ロングソードのように小回り重視でない武器を扱うのなら間合いを詰められた際のことも考慮し、甲は守られた方がいいかと。
それと今履かれていている靴ですが、足先の擦れ具合から底も薄くなっているかと思われます。
ロングソードは大きく振り回す分踏み込みが大切ですから踏ん張りが利いた方がいいですし、剣で取り回せない分足さばきで補うことを考えれば足首を締め付けない方がいいと私は思います。最後はセシリア様次第ですが」
防具のことを聞いたらスラスラとアドバイスを始める店主に、セシリアはさすがプロだなと感心する。少し変な人だが防具については任せても大丈夫だと感じたセシリアは店主を見て微笑むと、店主は喉を鳴らし緊張した面持ちを見せる。
「見繕ってもらっていいですか? 素人の私では分からないんで」
「はっ、お任せください」
店の中を足早に歩きながらテキパキとセシリアの条件に合いそうなものを選んでテーブルの上に並べていく。その仕事をぶりを見ながら感心しながら、時々挟まれる説明を聞いて防具を厳選していく。
機能面を聞きながら色合いとデザインも考慮しつつ選んだプレートとガントレット、ブーツを見てセシリアはなんだか嬉しくなる。
(こんな格好で選んではいるけど、こうして防具とか選んで買いそろえていく感じ、冒険者としての一歩を踏み出してるって感じがしていいなぁ~)
そんなことを思いながらセシリアは、テーブルに並んだ皮のショートブーツと、シルバーを基調としたプレートとガントレットを見渡す。
「これ全部でいくらくらいになりますか?」
「そうですね、金貨一枚と銀貨四枚ですが、セシリア様ですので……」
「あ、いいです。持ち合わせで買える分だけ買って後はお金貯めてから買います」
割引をしようとする店主を止めポシェットに手で触る。ポシェットの中にあるのは金貨一枚だけで、もちろん足りない。
だがそれがいい。
クエストをこなし、少しずつ溜めたお金で買い揃えていくのだ。実に冒険者らしい行動だと愉悦に浸る。
今の持ち合わせが金貨一枚であるが、今後の生活を考えれば全部ここで使うわけにはいかない。とりあえずプレートだけでもとセシリアが値段を聞こうと指さしたとき店の扉が勢いよく開く。
「ちわ~、おっさんいるー? って!? セシリアちゃっ、じゃなかった様!!」
どかどかと入り込んできた男が、防具を見ていたセシリアを見てオーバーリアクション気味の驚き後ろによろける。
「あ、デトリオさん」
「で、デトリオでいいです。さん付けとかしなくていいんで呼び捨てで! いやもう愚か者とかで呼んでくださいですぅ」
シュトラウス襲撃の際に傷を治し、食堂の息子であるデトリオの姿を見て普通に挨拶したセシリアだが、デトリオはペコペコと頭を下げて自分を蔑み始める。
「なんだ愚か者、何しに来た?」
「んで俺が、おっさんに愚か者呼ばわりされにゃならんのだ!」
言い合う二人を見てクスクス笑ってしまったセシリアの方を同時に見た二人は咳ばらいをし直ぐに互いに向き合い睨み合う。
「こっちはセシリア様の接客中なんでねぇ。愚か者はお引き取りもらえんかの」
「ああん? 俺は金を払いに来た客だっての!」
「あの、私なら急ぎじゃないんで先にデトリオさんの方を接客してあげてください」
顔をぶつけんばかり近付けて言い合う二人の間に割って入ったセシリアを見た店主とデトリオは少し顔を赤らめる。
「セシリア様がこう言っておられる。はよ金出して帰れ」
「んだよ、それが金を持ってきた上客に対する態度かぁ?」
「ふん、お前は一括で払えんからちまちま払いに来てるだけだろうが。珍しく酒代に消えず真面目に払いに来たことは褒めてやるがな」
「まあな、セシリア様にお金の使い方についてご指導いただいてな。俺も色々考えたってわけよ」
「なんだ、結局セシリア様が凄いのではないか。褒めて損したわ」
「ああっ?」
「なんじゃ?」
再び睨み合う二人にセシリアは肩を落としため息をついてしまう。
「ところで、セシリア様は今日は何を買いに来たんですか?」
デトリオが店主にお金を払いながらセシリアに尋ねる。話を逸らされセシリアと会話を始めたことに店主が睨んでくるが、デトリオはお構いなしにセシリアの方に近付く。
「ええっと、装備を揃えようかなと思って来たんですけど、持ち合わせが足りなくて全部は買えないのでどれにしようか迷っているんです」
頬を指で掻きながら恥ずかしそうに説明するセシリアを見たデトリオが、店主の方を向きカウンターに肘を付き人差し指を向け少し低めの渋い声を出す。
「おやじ、あれをくれ。金は俺が出す」
「ああん? てめえ自分の分も払い終えてねえのにどうやって買うってんだよ」
「そこは健全な男デトリオの現金分割六十回払いだ」
「あまりふざけたこと言うとてめえの装備剥ぎ取るぞ!」
もちろんセシリアは買って欲しいなどとは思っていないので慌ててデトリオの元に駆け寄り首を横に振る。
「だ、ダメです! 借金してまで買うのはダメです。それにこれは自分で買うから大丈夫で……」
「悪いが話は聞かせてもらった。デトリオ、お前だけにセシリア様の前でいいカッコさせるわけにはいかねえな。俺らも一枚噛ませろよ」
必死で止めようとするセシリアの声を突然遮る声がドアの方から聞こえてくる。声の方を見るとドアから入ってくる光を背に受けながら立つ冒険者たちがいて、彼らを見たデトリオは大きく目を開け驚く。
「お前ら……」
「お前だけセシリア様にアピールさせるわけにはいかねえな」
「そうだぜ、確かに金はない俺らだが、たとえ小さくても力を合わせれば買えないものはねえだろ?」
「ああ、これでおれらは借金はしなくてもいいし、セシリア様も装備が買える。完璧だ!」
「一人でダメなら二人、それでもダメなら五人、十人と力を合わせればどんなものでも買えるぜ!」
「くっ、恩に切るぜ。やっぱ持つべきものは仲間だな!」
みながセシリアとお近付きになる切っ掛けとして登場した、つまりは下心バリバリなわけであり本人たちはカッコイイこと言ってるつもりだが内容はかなりしょぼかったりする。
「セシリア様、俺の名は──」
「なんじゃ借金兄弟ども、いいから早く金払え!」
「「「名乗らせろ!!」」」
店主の突っ込みのせいでセシリアの中で、冒険者たちはまとめて『借金兄弟』となってしまう。
「ってわけだ、セシリア様。ここは俺らにお任せください! いくぜお前ら!!」
セシリアが止める間もなく、男どもは懐やポケットから小銭である銅貨をかき集め始め店のカウンターにお金を置き始める。
すぐに大量の銅貨が山積みになり、細かく払われることにウンザリする店主の顔が見えなくなっていく。
そして次から次へと湧いてくる冒険者たちにセシリアは止めることも出来ず、もうどうしていいか分からずおろおろするばかりである。
数十分後には買ってもらった装備を身に着けみんなに「可愛い」「綺麗」とちやほやされるセシリアの姿があった。
装備を褒めらながら、セシリアは思うのである。
(男って生き物は……ホントにバカだ……気をつけよう)
と。