第215話 ヴェルグラ攻略と共にやって来た仕立て屋さん
会議が終わったセシリアが、自分の発言に恥ずかしくて熱くなった顔をパタパタと手で仰ぎながら部屋の外に出る。そして外で待機していたミモルとそれに付き合うファラとノルンのもとへと向かう。
「姫、会議終わった?」
「うん、終わったよ」
ノルンが勢いよく立ち上がり、セシリアの手を握りながら尋ねてくる。
まるで今から遊ぼうよとでも、言いそうなノルンの根っからの妹気質な行動に、笑いながら手を引かれるセシリアは床に座っているミモルを見る。
「準備ができ次第、ヴェルグラへ向けて出発することになったよ。魔族との衝突は避けられないと思う」
「そう……」
短く返事をすると下を向いてしまうミモルだが、すぐに顔を上げて背中の方を振り向く。
「あのさぁ、尻尾をずっと触るのやめてくれない。ゾワゾワするんだけど」
「もふもふ。好き」
ノルンが、尻尾に頬ずりすることにミモルが文句を言うが、ノルン本人は気にすることなく幸せそうに尻尾のもふもふを堪能している。
その後ろでは「次は私の番!」だと、待ち切れない様子のファラが待機している。
「まったく。ただの尻尾なのに、なにが楽しいんだか」
不服そうに文句を言いながらも、無理に止めることのないミモルを見てセシリアはクスッと笑う。
「ずいぶんと仲よくなったんだね」
「これが仲よさそうに見える? 私は迷惑してるんだけど」
そう言いながらファラに耳を、ノルンに尻尾をさわられるミモルが、げんなりした表情でセシリアを見上げる。
「見えるって言ったら怒る?」
「怒る」
バサバサと音をたて、大きく動き始めた尻尾を、手を広げ必死に追いかけるノルンを背にして、ミモルがむすっとした顔でセシリアに言い返す。
「じゃあ、言わない」
「そう」
メッルウとの一件以来一緒にはいるが、どこかぎこちなく会話の続かないセシリアとミモルの間に沈黙の時間が流れる。
「ミモルはどうする? ヴェルグラへ一緒に行く?」
先に口を開いたセシリアの言葉に、振っていた尻尾を止め、下を向いたミモルがぎゅっと閉めた唇をゆっくりと開く。
「……うん。行く。それが私が決めたことだから」
「分かった。危なかったら逃げていいし、前も言ったけど私のせいにして魔王のもとに帰ってもいいから」
「……」
返事をしないミモルを見て、少しだけ困ったように笑うセシリアは、ファラとノルンへと視線を移す。
「私は今から町の視察があるから出かけるけど、ファラたちはどうする?」
「そうだねぇ、私たちは会議に参加してないし、総長から作戦内容を聞こうかな。あ、もしかして総長も町へ行く?」
「ペティはさっきの会議の内容をカメリアとまとめるって言ってたから、行かないと思うよ。会議の内容を聞くには丁度いいかもね」
今後の動きを話し合うセシリアたちがいる大きな広間に、リュイが走ってやってくる。少しだけ慌てたような表情をしていたリュイが、セシリアを見つけると嬉しそうな笑みを浮かべて走ってくる。
「どうかしたの?」
「セ、セシリア様! さきほどエキュームからソレーイエ経由で、ヴェルグラ攻略のために各国からの応援が到着しました」
「もう来たんだ。それで……まさかあいさつしてくれってこと?」
「あ、いえ。まあそれもあるんですが、一人セシリア様に会いたいと声を上げる女性がいまして」
「女性? 誰だろ?」
「なんでもセシリア様専属の仕立て屋と名乗っていて、アイガイオン王からの命令書を持っているらしいので、早急にお願いできないでしょうかとのことです」
リュイの発した、専属の仕立て屋の言葉を聞いたセシリアは目を大きくして驚く。
「その人の名前は、エノア・ヘンゼルトじゃない?」
「あ、たしかそんな名前だった気がします」
ここに来て、意外な人の名前を耳にしたセシリアは驚きを隠せない。でもそれよりもエノアに久しぶりに会えるのが嬉しくて、向かう足取りは自然と早くなってしまう。
***
セシリアはリュイの案内で伝言を伝えてきた兵と合流し、来賓控室へと向かう。
その際、リュイだけでなくファラとノルン、ミモルも一緒について来ていて、途中でペティとカメリアと合流し、気がつけば全員で向かうこととなる。
来賓控室へ案内されて、なかに入ると落ち着かない様子で、飾ってある美術品を見ていたエノアが、ドアが開いた気配に振り返る。
「セシリア、久しぶり! あんた背伸びた? いや変わってないか。でも気品って言うか風格が出たわね。それにまた綺麗になってぇ」
エノアはセシリアの背丈を測ったり、顔をペチペチと叩き、最後に服の襟を正して一歩大きく下ると、セシリアの全身を見て笑顔になるが、目は涙で潤んでいる。
「色々と大変だったでしょうに、服も綺麗に着てくれてるし、なによりもセシリアが無事で良かった」
そう言いながら、セシリアに抱きつくと、そのまま力強く抱きしめる。
痛いほどに強く抱きしめられ感じる息苦しさは、嫌ではなくむしろ、エノアがどれほど心配していたかが、ひしひしと伝わりセシリアも思わず目を潤ませてしまう。
「セシリアがネェーヴェで魔王にやられて行方不明になったって聞いたときは、本当に心配したんだから。無事なら無事ってすぐに教えてくれてもよかったのに」
「ごめんなさい。しばらく身を隠してたから……」
謝るセシリアの肩を押して離れたエノアが、目に溜まった涙を拭いながら首を横に振る。
「分かってる。セシリアは聖女だから仕方ないのは……でもね、心配なものは心配なのよ。聖女だって言っても、普通の人と同じように怪我するんでしょ」
エノアの言葉にハッとした表情になったセシリアは、潤んでしまった目を擦る。それを見たエノアは首を横に振って少し硬い笑顔を見せる。
「こうやって無事に会えたんだから、しんみりさせちゃダメね。私らしくなかった、ごめんね」
「いいえ、エノアさんの言葉、とても嬉しかったです。アイガイオンにいるときに、エノアさんによく相談していたこと思い出しました」
「あら、聖女に頼られる女がやっている仕立て屋として、売りだそうかしらね。ところでさ」
そう言って歯を見せ笑ったエノアが興味津々といった感じで、リュイやペティ、ミモルまでを順に見ていく。
「この個性豊かな女の子たちは誰なわけ? すごく気になるんだけど」
「あ、紹介します」
セシリアは、エノアに自分の隣にいたリュイから順番に紹介していく。
「へぇ~なんか凄いわね」
「凄いと言うと?」
「だってさ、セシリアが冒険者になるまで女性で冒険者になる人なんてほとんどいなかったわけじゃない。それがこうして女性だけでチームみたいなの組んで戦ってるんでしょ。それがなんか凄いなーって思ったんだけど」
エノアに言われてセシリアはリュイたちを見る。
(言われてみれば確かに。私が聖女とか呼ばれるまで女性の冒険者を見ることなんて……いや、まてよ。正式には私は女性の冒険者ではないぞ)
『ふふふっ、男の娘サイコー』
セシリアの心を読んだかのようなタイミングで、聖剣シャルルが呟く。
指先で聖剣シャルルをはじいて叩くセシリアは、エノアの視線が自分ではなくペティに向いていることに気づく。
セシリアではなく、自分に熱い視線が向けられていることに気づいたペティは、危険を感じて半歩後ろに下がる。
だが、それを逃がすまいと、ペティを掴んだエノアが服を撫でたりしながら観察を始める。動くと引っ張って無理矢理戻され、手を上げさせられたり、体をまさぐられたりして、どうしていいか分からないペティが、セシリアに涙目で助けを求めてくる。
「ちょっと、この服どこで手に入れたの? あなたペティだったっけ? エルフってそんな服装が普通なの? スカートの長さとか、かなり短くて大胆なデザインじゃない!」
「あ、いや、えーと。これはあたいらのお揃いの服っていうか、作ったのはそこにいるファラなんだけど」
エノアの圧にたじたじになるペティがファラを指さすと、笑顔を見せるファラは手をパタパタ振ってエノアにアピールする。
「ちょっと詳しく聞かせて!」
ペティから勢いよく離れたエノアが、ファラに詰め寄る。
「いいですよぉ。私も人間の仕立て屋さんって気になるから色々聞いちゃうけど」
ファラもエノアを歓迎する発言をして、初対面ながら二人はすぐに意気投合してしまう。
服の、主にデザインについて熱く語り合う二人の会話に入ることも出来ないセシリアたちは、ただ見守ることになる。そこにはさきほどまで、セシリアを心配してしんみりとしていたエノアの姿はない。
新たな服のデザインと商売に熱意を注ぐ仕立て屋エノアがいた。
エノアとファラがしばらく盛り上がったところで、二人が同時にミモルに視線を向ける。
「でっ、この子の服どうにかできないかなって思ってるんだけど」
「なるほど、獣人が持つ耳と尻尾が服作りを制限している。だけど、この耳と尻尾こそが強みになる。たしかに新たな可能性を感じるわね」
二人にガン見され、耳と尻尾をペタンと倒し緊張した顔のミモルがじりじりと後ろに下がる。
「いいわね。あなたに興味があるわ!」
ミモルはエノアに勢いよく指をさされ固まってしまう。




