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姫プレイ聖女~冒険者に憧れた少年は聖女となり姫プレイするのです~  作者: 功野 涼し
北の大地に光を

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第213話 それぞれの大切なもの

 ネーヴェを出発しグレジルへと進んだセシリアたちだが、すでに魔王軍は撤退しており、争うことなくグレジルを解放することに成功する。


 セシリアたちが向かっているとの情報を得た魔族たちは、セシリアが到着する一日前にヴェルグラへ向かって移動したとグレジルの王であるハルミトリ王から聞かされる。


「聖女セシリア様が来ると聞いて、慌てて城から魔族たちが逃げ出してしまいましたわ! 尻尾を巻くとはあのようなことを言うんですな」


 愉快そうにグレジルの大臣が言うと、他の側近たちも笑いながら魔族の逃げる姿がいかに間抜けだったかを語り、そしてセシリアに感謝の意を伝える。静かに微笑みながら聞いていたセシリアが、しばらくしてリュイと外に出ると、一緒についてきていたミモルが不思議そうな表情でセシリアを見つめる。


「……人間の国を取り戻したのに、あまり嬉しそうじゃないのは気のせい?」


「う〜ん、みんなが喜んでくれるのは嬉しいんだけどね。なんと言うか、こうああ言う相手を貶める雰囲気は苦手って言えばいいかな。まぁ、抑圧された気持ちを発散するのも大事なんだろうけどね」


 そう笑いながら言うセシリアを見てミモルが呟く。


「なんと言うか、聖女に向いてないんじゃない? 魔王様はいつも、どっしりと構えられている。聖女だって導く立場ならそうあるべきだと思うけど」


 その一言にリュイが殺気立ち、腰に装備している短剣に手を掛ける。


「うん、そうだね。私は本来は聖女になんてなる人間じゃないんだよ。周りからそう呼ばれ、気づけばここまで来ていた、ただの人間」


「セシリア様はまごうことなく聖女です! それは誰がなんと言おうと私がそう思っているから間違いないです!」


 日頃感情をあらわにしないリュイが、セシリアの言葉を遮って、鋭い殺気を放ちながらミモルをにらみ、今にも飛びかかりそうなのをセシリアが手を伸ばし制する。


「でも私はリュイや色んな人たちに恵まれて、聖女としてやってこれた。そして聖女に向いてないからこそ、ここまで聖女であり得たのかなと思ってる」


 言っていることがよく分からないと、首を傾げるミモルを見てセシリアは笑う。


「意味分かんないよね。でもね、きっとそうなんだと思う。もし私が根っからの聖女だったら目標に向かって真っ直ぐ進んで、それこそ魔族たちだけでなく、エルフとだって対話しなかったかも。そしてそれは魔王も一緒じゃないかなと思うんだよね」


 ミモルが『魔王』の言葉に反応したのが、帽子の上からでも目立つほど耳をピンと立てたことで分かる。


「根っからの魔王だったら、多分一気に国を制圧していってるはず。こうやってなるべく国や人が傷つかないように進んでいるのは根が優しいからだよ」


 ミモルは目をパチパチとし、なんと答えていいか戸惑っているような素振りを見せる。


「ミモルは魔族の女の子で、ドルテって知ってる?」


「ドルテ? いいや知らないけど」


 首を横に振るミモルを見てセシリアは寂しそうに微笑む。


「そっか、じゃあ魔王の鎧の中の人を見たことはある?」


「そんな恐れ多いことできるわけないし! いにしえより生き、絶大な魔力を持つ偉大なお方の素顔を探ることは、死に値する行為とされているのだから」


 ミモルが怯えた表情でブンブンと首を激しく横に振って、全力で否定する。


「そうなんだ。じゃあ魔王も私と一緒かもしれないね」


 そう言って笑うセシリアを不思議そうにミモルは見つめる。そのミモルに対して、リュイがフーフーと鼻息荒く威嚇する。


「リュイ、ミモルにも信じるものはあるんだからそれを否定したらだめだよ。それはミモルも一緒。相手を否定するんじゃなくて、自分の好きなものの魅力を伝えるぐらいにして……」


 言いかけたセシリアがなにかに気づき言葉を止めるが、とき既に遅くリュイが胸をドンと叩き、セシリアに向かって手を広げミモルに指し示す。


「いいですか、セシリア様は強くて優しくて、可愛いのです! それにとても良い香りがします! 私の好きな香りナンバーワンです!」


 日頃のリュイからは想像できない饒舌(じょうぜつ)な喋りに、ミモルが引き気味にリュイを見つめている。


「私はセシリア様の香りが好きすぎて、洗濯する前の服をコッソリ嗅いだり、起きたばかりのベッドに潜り込んだりしてしまうくらい好きなんです!」


「リュイ! 時々コソコソしてたと思ったらそんなことを……ってミモルはなにをやってるの?」


 怒るセシリアに、隠しごとがバレてしまい「しまった!?」と口を押さえキョドるリュイを攻めるよりも、セシリアの側に来てスンスンと匂いを嗅ぐミモルの行動の方が気になったセシリアが尋ねる。


 目をパチパチさせたミモルが、少し熱を帯びたトロンとした目でセシリアを見つめる。


「花のいい香りがするんだけど、なんと言うか……変なこと言うけど、異性的に好き? そんな感じにさせる香りがする」


 セシリアが思わず身を引き後ずさりをして、自分の影を見ると、影のセシリアが首を必死に横に振って否定する。


(アトラの残り香じゃない……いやまさか、スキルが混ざりはじめてるなんてことは……ないよね)


 鼻のいい獣人であるミモルに警戒しつつ、自身の体の変化を疑う。


「うーん、確かにこの香りは好きかも。魔王様にはない魅力として、認めざるを得ない……かな」


「そ、そうですよね! さすが鼻がいいと噂の獣人です。分かってくれる思っていました!」


 セシリアの心配をよそに、距離が縮まる二人を見てセシリアは複雑な思いをのせてため息をつく。



 ***



 城を歩く音は鎧の擦れる金属音。全身が鎧で包まれいるのであれば、別段不思議なことではないが、金属音の響きがどこか空洞っぽいのは本人が鎧そのものだからに他ならない。


 大きな扉を前にして、息をしていないのに息を吐き、心を落ち着かせるような仕草を見せ扉に手をかけたオルダーは部屋のなかへ入る。


「……魔王様、ご報告します」


 人間の王が座る椅子に座ることができず、ひな壇に座る魔王がオルダーを見下ろす。


 魔王の赤く光る眼光に照らされ、黄色く光るオルダーの目の光が一瞬霞むが、光量を取り戻した目で、魔王を見るとオルダーはひざまずいて剣を床に寝かせ頭を深く下げる。


「……聖女セシリアは予定通りグレジルへと入りました。おそらくはこのままヴェルグラを落とし、南のプレーヌへと繋げるはずです」


 魔王は黙ったままオルダーを見つめる。その胸には、先のフレイムドラゴンのフォスとの戦闘で焼けて変形したままの傷が痛々しく刻まれている。


「……ヴェルグラにて三天皇である私が、聖女セシリアの対処をいたします」


「いいえ、なりません。ここはわがはいが出ます」


 初めて喋った魔王の言葉にオルダーは頷くことはなく、魔王を見返す。


「……いいえ、ここは私に行かせてください」


 魔王の言葉を否定したオルダーに、魔王は赤い目を僅かに大きくし驚きの様子を見せるが、目の光を鋭くしてにらみを利かせる。


「メッルウさんが聖女セシリアとの戦いで負傷し、帰って来てまだ目が覚めないと報告を受けています。これ以上あなた方を傷つけさせるわけにはいきません。これは命令です!」


 先ほどよりも低く、声に魔力を乗せた言葉で魔王はオルダーを威圧するが、オルダーはわずかにたじろきはするものの、首を縦に振らない。


「……魔王様が我々を大切にして下さるのと同じく、私たちもまた魔王様が大切なのです。魔王様がこれ以上傷つく姿を見たくないのです」


オルダーの訴えを否定しようと、立ち上がろうとする魔王だが、床につけた左手に力がうまく入らないため、バランスを崩してしまう。


「……我々は魔王様の強さに頼り、優しさに甘えておりました。そしてそれが、魔王様に傷を負わせる結果になってしまいました。その胸の傷は私たちの甘えであり、私たちの責任です」


 オルダーの言葉に魔王は胸の傷を思わず押さえてしまう。


「……確かに私たちは魔王様に比べれば弱く、聖女セシリアに一度負けた身です。ですが、私たちとて全身全霊をかけ聖女セシリアに一矢報(いっしむく)い、魔王様へと繋げる一手を打つことはできます」


「な、なりません! わがはいは誰かの犠牲を持ってフォルータへ行こうとしているのではありません! かつての魔族が住んでいた故郷に全員で行くのです!」


 思わず立ち上がった魔王だが、オルダーも立ち上がり深々と頭を下げる。


「……このようなことを言うのはおかしいのですが、以前は恐ろしくも強い魔王様に必死について行くだけで精一杯でした。ですが今は、ついて行くだけでなく、魔王様のことを思える自分がいるのです」


 オルダーが床に置いていた剣を手に取ると腰に装着する。


「……私のような者が魔王様に向ける言葉ではありませんが、失礼を承知で申しあげさせて頂きます。最近、魔王様のお心のなかで方針の転換があったのかと思われます。以前の圧倒的な魔王様も尊敬しておりましたが、今の優しき魔王様には前以上の敬意を(ひょう)しております。必ずや魔王様に勝利をもたらしてみせます」


 オルダーの言葉になんと返していいか分からず、躊躇(ちゅうちょ)してしまった魔王に、一礼したオルダーは背を向け足早に去って行く。


 閉まる扉を見た魔王は顔を手で覆う。


「違う、違うのです。わたくしは誰にも傷ついてほしくないのです……」


 嘆く魔王の隣で魔剣タルタロスが刀身を鳴らす。


『ドルテの姉ちゃんよ。部下から慕われる上司って理想じゃねえか。部下が行きたいと言ってんだ。信じて行かせてやんなよ』


「でもっ!」


『あいつらは魔王様に守られたいんじゃなくて、大切な魔王様を守るために自分たちを必要としてほしいんじゃねえか?』


 魔剣タルタロスの言葉に魔王はしばらく黙って、オルダーが出て行った扉を見つめていたが、やがて顔を下に向ける。


「お父様たちが戻りたかったフォルータへ行くために、わたくしはお父様が大切にしてきたみんなが必要なのです! 必要としています! それなのになぜみんなは、わたくしについてきてくれないのでしょうか……」


『ついてきてる。だからこそオルダーの兄ちゃんは、任せてくれって言ってるんだって』


「それでも、このまま行かせては、オルダーさんを失うことになってしまうかもしれません。わたくしはこの鎧を捨ててでも、止めに行くべきだと思うのです」


『それはやめときな。今ここでドルテの姉ちゃんが出たら魔王軍が混乱するってもんだ。今は魔王として凛と構え、みなを導くことに専念するんだぜ』


「でも、でも……。なんで、セシリアお姉様はあんなに多くの人に慕われ、全く違う国の人たちまでまとめれるのに、わたくしは同じ魔族ですら統率できないのです……」


 ドルテの悲しむ声に掛ける言葉が思いつかない魔剣タルタロスは、静かに刀身を鳴らす。

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