第207話 劫火のメッルウ
天より炎の塊が落ち周囲に熱を帯びた衝撃波をもたらす。劫火の二つ名を持つに相応しいメッルウの登場に一部の者は驚く。
そして、魔王に敵対する人間の代表であり希望である聖女セシリアに向かって堂々と宣戦布告をする予定だったメッルウは今、みんなの中心で不敵な笑みを浮かべ合うセシリアとファンタムたち三人にどのタイミングで話し掛けようかとどぎまぎする。
「聖女など我らが三天皇のメッルウ様がギタギタにしてくれる!」
「たとえ相手が三天皇であろうともギタギタにされるつもりはありません」
話し掛けるタイミングを見失ったどころか、しまいには宣戦布告まで奪われた挙句勝手に否定されたメッルウは肩を落とす。
「姫、あの人、落ち込んでる」
セシリアの隣にいたノルンがぽんぽんとセシリアの肩を叩いて、落ち込んでいるメッルウを指さす。
「メッルウさん、みなさん息巻いていますが私としてはあなたと争う気はないんです。魔王と話しがしたいので取り次いで頂けると助かるのですが」
セシリアに声を掛けられ一瞬だけ喜びをあらわにした表情を見せるが、すぐに険しい表情をしてセシリアをにらみつける。
「魔王様のご命令は聖女セシリアを捕らえよだ」
「それならなおさら、私自ら会いに行くと言っているんですから都合がいいでしょう。そんなに殺気立つ必要はないと思いますが」
セシリアの問いに対しメッルウは右手に炎をまとわせる。
「前にお前とネーヴェで会談したとき人間どもにされたこと、それ以前に我ら魔族を捕らえした仕打ちをあたしたちは忘れていない。それだけの仕打ちを受けて心を痛めてもなお、聖女セシリアを捕らえろとおっしゃる魔王様は優し過ぎるのだ。だからあたしはお前を魔王様に会う前に討つことを決めた」
右手の炎の勢いを増しながらにらむメッルウに対し、セシリアも聖剣シャルルを鞘から抜く。
「それは命令違反ではないのですか?」
「罰を受けるのは覚悟の上だ。聖女セシリアに出会ったら討ち取る、それがあたしら三天皇が決めたことだ」
セシリアは困ったような笑みを浮かべ小さくため息をつく。
「なかなかうまくいかないものですね。一緒に協力したことがあるメッルウさんなら話が通じるかと思ったのですが」
「あたしらとフレイムドラゴンと戦っている間に、人間どもは魔族を捕らえ人質として魔王様を亡き者にしようと企んでいた。それにお前が関わっていないとは思うが、それでも人間どもは聖女セシリアを魔族討伐の希望として崇めている。そのような存在を野放しにはできないのだ」
「私としては人も魔族も仲良くなれたら嬉しいなと思っているんですけど、難しいものですね」
メッルウが右手の炎を剣の形に変え握る。
対しセシリアも聖剣シャルルに集めた魔力をまとわせ輝かせる。
それを開戦の始まりと察した獣人たちと、集まってきた各国の兵や冒険者たちが臨戦態勢を取る。
ここまでの喧騒で森の生き物たちは逃げ出してもういないのか、静まり返った森は静かすぎて、双方がにらみ合う緊張感が甲高い音を奏で耳をつんざく。
「ノルン、全力でこの輪から抜けて、ペティに全部引っ付けるようにお願いしてきて。エクール、ノルンをお願いね」
セシリアが視線はメッルウにむけたまま、ノルンとエクールに声を掛けると手に持っていた聖剣シャルルを強く握りしめる。
ノルンとエクールが大きく頷き、エクールが踵を返し走り出した瞬間、互いの翼を広げたセシリアとメッルウが同時に地面スレスレを飛び剣と剣をぶつける。
飛び散る紫と赤の光を開戦の合図に混合軍と獣人たちも声を上げ互いにぶつかり合う。
静寂が支配していた森は一転、殺気と怒号、鉄のぶつかり合う音が飛び交う喧騒が支配する。
炎の剣がぶつかり弾かれた瞬間、斧に形状を変え振り抜かれる。聖剣シャルルで受け止めたセシリアにメッルウの蹴りが襲う。
足先に炎で作られた刃をまとう蹴りを、地面から影が伸び受け止めるとセシリアが斧の刃先に聖剣シャルルを這わせながら力を反らしつつ回転すると、聖剣シャルルを真横に振り抜く。
炎の盾で受けたメッルウが、自身の背後に炎の弾を生み出すとそれらがセシリア目掛け次々と飛んでくる。
翼から紫の光を放ち急速でその場から離脱するセシリア目掛け飛んでくる矢を、影が弾いて行く。地上に足を付けたセシリア目掛け飛んでくるのは高速で回転する炎のチャクラム。
円状のチャクラムを聖剣シャルルで弾き上に飛ばしたところを、真っ直ぐ一直線に飛んできたメッルウを迎え撃とうとするセシリアだが、寸前でメッルウが軌道を変え背後に回り込みながら炎の弾を撃ち込んでくる。
セシリアがいた場所に着弾し燃え上がる炎と煙が消えない状態のところ目掛け、メッルウは弓を引き炎の矢を次々と放つ。
炎と煙で視認できない状態の場所に放たれた矢が刺さった瞬間、紫の輝く影が全てを吹き飛ばしながら回転し中心にセシリアが姿を現す。それと同時に飛び込んだメッルウの炎の短剣を受け止めた、セシリアが剣を押しながら反対の手にあるもう一つの短剣を屈んで避ける。
屈みながら足もとを薙ぎ払う聖剣シャルルを飛んで避けたメッルウが振り下ろした炎の大鎌は、地面で跳ねた影によってセシリアが大きく真横に飛んだことで空を斬る。攻撃を避けたあと、翼を広げ空中で留まったセシリア目掛け炎の弾が次々と飛んでくる。
炎の弾を紫に輝く影がセシリアを包み込み、着弾し炎が弾けたと同時に飛んできたメッルウが振るう剣を、セシリアが聖剣シャルルでガードする。
「魔力の光によるガードは、連続ではできんな。厄介な能力だが隙があるなら話は別だ」
ニヤリと笑うと翼を羽ばたかせ一気に飛び上がったメッルウが炎の弾を次々と打ち込んでいく。
それらを翼を広げ飛びながら避けていくセシリア目掛け炎の矢が飛んでくる。避けきれない分を影が弾いたとき、足もとを爆発させ急降下してきたメッルウの剣がセシリアを襲う。
翼の推進方向を調整し空中で体を捻りつつ、聖剣シャルルで受け止めたセシリアだがメッルウの背後に生まれた炎の弾が襲う。
影がセシリアの前を走り炎を弾いていくが、押していた剣を急に引いてセシリアのバランスを崩させたメッルウが空中で回転しつつ足にまとう炎を刃に変え回し蹴りを繰り出す。
炎の刃がセシリアに当たる瞬間、斧が横から差し込まれ炎の刃を受け止める。
「わしらの姫はやらせん」
突然現れたニクラスに驚くメッルウだがすぐに、鉄の斧に炎が食い込むのを見て炎の刃を押しこんでいく。だが、ニクラスは斧を持つ手に力を入れスキルを使用すると炎の刃が衝撃で弾け飛ぶ。
弾けた炎の勢いで攻撃を止めざるを得なくなったメッルウが翼を羽ばたかせ大きく後ろに下がる。
「わしらの攻撃は効かぬとも、姫をお守りすることはできる。姫に手を煩わせず攻撃に集中してもらうことこそがわしらの強さよ。一撃だけでも受け止める、その心意気でいくのだ」
ニクラスが斧を掲げると集まってきた混合軍の男たちが武器を掲げ答える。
「ちっ、聖女セシリアにはこれがあるからめんどくさい」
セシリアを囲い守るニクラスたちを見てメッルウが舌打ちをする。




