第206話 時間稼ぎ成功? そのお言葉そっくりお返しいたしますからのぉー
強大な魔力を放つ聖剣シャルルを持ったセシリアがゆっくりと歩いてくる。それだけで、足が震える三人だがジュエが寝ているオルトロスを見てドルミーに視線で合図を送る。
視線に気がついたドルミーはジュエが目をパチパチするのを、この非常時になにやってんだコイツとにらむ。
そんな二人のやり取りを知ってかは分からないが、セシリアは縄で縛られているオルトロスのもとに向かうと聖剣シャルルを振り上げる。
「えい」
可愛らしい掛け声とは裏腹にボコッっと鈍い音を立て頭を叩かれたオルトロスは、だらしなく舌を伸ばし気絶してしまう。
「動きだしたら危ないので先にやらせてもらいました」
ニコニコ笑顔で物騒なことを言うセシリアに対する恐怖で腰が抜けそうな三人は、冷や汗を垂らしながら震える足でゆっくりと後ろに下がっていく。
「ど、どうやってここに我々がいることが分かったのだ?」
ファンタムが恐怖でシドロモドロになりながらもセシリアに尋ねる。
「三匹目が内側に入るとき、結界に触れてどの辺りが綻ぶか探りました。綻びがあった地点で四匹目が来るのを待って、出て来たと同時に結界を破壊させてもらいました」
冷や汗をかきながらセシリアの説明を聞くファントムの背後にいたドルミーが、さっと飛び出すと不敵な笑みを浮かべる。
「お、おネムビームなのな!」
「えい」
両手でピースサインを作り、額に当てたドルミーがギザギザに進む緑色のビームを放つが、魔力をまとった聖剣シャルルの一振りにかき消されてしまう。
「うちの渾身の一撃が一瞬で消されたのな……」
攻撃手段も持たず、不意打ちも失敗した三人は、しずしずと華麗に歩いて向かって来るセシリアに対して、じりじりと後ろに下がり続ける。だが、ファントムが突然笑い出す。
「フハハハ、聖女よ。メッルウ様直属精鋭部隊である我々の罠にまんまと掛かったな!(ウソだがな!)」
高笑いをするファンタムにセシリアは歩みを止め、辺りを警戒しつつ三人の出方を待つが、それよりも先にドルミーとジュエが首を傾げる。
「え? そうなのな? うちたちは聖女を見つけて知らせるのが役目だった気がするな」
「そもそも俺ら精鋭部隊だったっけ? しかも俺らで倒そうぜとか言った挙句この有り様だし、命令違反してたりするし」
ファントム渾身の演技が味方の誤射撃によって打ち砕かれてしまう。
少し哀れみを含んだ苦笑いをするセシリアに、ファントムは肩をガックリと落としてしまう。
そんなとき、セシリアがふと目を大きく開くと翼を広げる。
「なるほど、あなた方の本当の目的は時間稼ぎ……と言うわけですね」
セシリアの声に合わせたかのように三人の後ろから、獣人たちが姿を現す。ゾロゾロと藪や木の陰から出てくる獣人たちにファンタムたちは一転、強気に前のめりになり不敵に笑う。
「そ、そうだ! もとより我々の目的は聖女の足止めなのだ。この数の魔族を例え聖女とは言えども相手はできまい! 残念だったな!(ウソだがな)」
ファンタムが勢いづいてセシリアに啖呵を切る。周囲を囲む獣人たちもじりじりと近づき囲う円を小さくしていく。
「んー囲まれましたか。この森ごと吹き飛ばしてもいいんですけど、仲間もいますし……やめようかなー、どうしようかなー」
唇に指をあて可愛らしい格好で物騒なことを言いながら、チラッと見てくるセシリアに三人はドン引きする。フレイムドラゴンを倒したとき、そして先日のファーゴ城での巨大な魔力を見せられた三人を含め魔族たちは、セシリアの発言を信じざるを得なく警戒して攻撃に転じれず、周囲を囲う獣人たちも進むのをやめる。
そんな時間が僅かに過ぎたとき、セシリアがなにかに気がついたように目をわずかに大きく開く。
「時間稼ぎ……そうあなた方はおっしゃいましたね」
そう言ってふと笑うセシリアを見て三人はさらに警戒を強める。
「そのお言葉そっくりお返しいたします。あなた方は時間を稼いでいるつもりで、私の時間稼ぎのお手伝いをしていたのですよ」
「な、なんだと!? そんなでたらめ……」
ファンタムが声を荒げたとき、セシリアを囲んでいた自分たち獣人たちをさらに大勢の人間の兵や冒険者たちが現れ囲む。
「聖女セシリア様とお見受けいたします! われら魔族に国を追われ集まった混合軍です! 是非ともこの戦いに参加したく急ぎ馳せ参じました!!」
一人の男が声を上げると、周囲の男たちも雄叫びで答える。
「私が戦えば周囲の人たちが集まってくる、それを計算した上で、あなた方の時間稼ぎに乗ったフリをしていたのです(ウソだけどね)」
ふふんっと笑みを浮かべるセシリアに、ファンタムが歯ぎしりをして悔しさをにじませる。
だがそのとき、空に赤い流れ星が尾を引いて現れると頭上で弾け炎をまとったメッルウが降り立つ。
「ふふっ、ふははははどうだ聖女よ! 俺はメッルウ様がいらっしゃるまでの時間稼ぎをしていたのだ。お前の時間稼ぎにハマったフリをして、本当は俺が時間稼ぎしていたのだ! まんまとハマったな(ウソだがな)」
「ふふふふ、甘いですね。メッルウさんを誘き出すために罠にハマったフリをしていたのです。まんまと騙されメッルウさんを呼んでしまいましたね(ウソだけど)」
全ての偶然を計算していたとウソでウソを積み上げマウントを取り合う二人。
聖女セシリアを倒すため駆けつけてきたメッルウだが、自分そっちのけで言い合うファンタムとセシリアを見て、登場と同時に聖女セシリアに向かって討伐宣言をするタイミングを見失うのである。




