第20話 聖誕の日
再び謁見の間へと戻り改めて王と対面するセシリアだが、その顔には疲労の色が見える。
聖剣シャルルが祭られていた祭壇からここに戻るまで涙を流す王たちにここから帰りましょうと説得し、道中セシリアが聖剣を手にした瞬間いかに感動したかを競うように話す興奮したおじさんたちにひきつった笑みを浮かべながら聞いてここまで来たことを考えれば仕方のないことかもしれない。
そして今なお、王によって聖剣の存在が明かされ後しばらくして聖剣を抱えて戻ってきたセシリアの姿に皆がどよめき、興奮気味の王が聖剣を手にしたときの聖女の話を饒舌に披露すればセシリアには尊敬と敬意の眼差しが集まってしまうのである。
「ときに聖女セシリアよ」
なんか自分の名前の頭に余計な呼び名がついているが、王に突っ込めるわけもなく素直に返事をするしかない。
「はい」
その返事一つで周りが興奮しどよめき立つ。
「余の王国騎士団に迎い入れゆくゆくは、聖女セシリア直属の団を作ろうかと考えている。どうであろうか?」
「じ、自分の団を!? い、いえ、そのぉ~、実力に見合ってない……そうです、私はあくまでも一人の冒険者。王国のために人々のために尽くすのも魅力的ですが、助けるべく人の近くで寄り添いたいと、そう思います」
自分の団を持つとかとんでもない話だと、断る理由を必死に考え出た言葉をなるべく堂々と言ってみる。
「ほぉ~、なるほど。聖剣を持つ聖女を余の国に是が非でも迎い入れたいと思っておったが、人の近くにいてこそなのかもしれんの。聖剣眠り五百年、その長き間に王族から持ち主が現れなかったのは聖女セシリアのような気高き心が足りなかったせいかもしれんな」
目を瞑り顎髭をさすりながら何度か呟いた王が目を開くと自分の膝を打つ。
「先ほどまでの余なら何が何でも聖女セシリアを迎え入れたであろうが、聖手に選ばれしその気高き志に当てられなお引き留めることなどできようか。自由に羽ばたき人々に寄り添ってこその聖女であるな! 今日で多くのことを学ばせてもらったぞ。礼を言わせてくれ聖女セシリアよ」
満足そうな表情をしながら頷く。何もしていないと言うかただ成り行きでこうなっただけだとは言えず、抱きかかえる聖剣シャルルに目をやる。
そもそもなぜセシリアが聖剣を手に持たず両腕で抱いているのかと言うと『そっちの方があざとく可愛いく見えるものだ。なによりも我はそこじゃないと嫌だぞ』と、のたまう変な聖剣のせいなのである。
「ならばせめて聖女セシリアを支援させてもらえぬか。装備でも金でもなんでも望みの物を与えようぞ」
「い、いえ……装備の方は約束がありますし、お金はその……沢山あっても身の丈にあってないと言いますか。それよりもこの聖剣、本当に私が持っていていいのですか? この国の秘宝なのではないのですか?」
「おかしなことを言う、聖剣が聖女セシリアを選んだのだぞ。その手以外のどこに聖剣に相応しい場所があろうか」
聖剣を抱きしめているセシリアを見て王は目を細める。
「気高き志に水を差すのはやぶさかでないとは言え、本当に何もいらぬと申すのか? 金はあって困るものではないであろう。余としてもこのまま帰すのは心苦しいのだがな」
セシリアはお金があれば困らないとは思うものの、国からの支援まで受けると柵など出来てめんどくさいことになりそうだし、正直聖剣だけでも困っているのにこれ以上の面倒は避けたいのが本音である。
だが王にも体裁があるのかなかなか折れてはくれない。
「では、知り合いの教会に支援をしてくれる方を探しているので心当たりはないでしょうか?」
「どこまでも人のために尽くすと言うか、ふむ……」
「王よ、よろしいでしょうか?」
会話に割って入ったのはセシリアを迎え城まで案内したステファノである。王が目で合図すると列から一歩前に出て跪く。
「聖女セシリア様のおっしゃる教会への支援の件、是非とも私目にお任せいただけないでしょうか」
「ふむ、ステファノか。よかろうそちに任せる。よいであろうか聖女セシリア?」
「あ、はい。十分すぎます。ありがとうございます」
自分に許可を取られるとは思ってもなかったセシリアが慌てて答えると、ステファノがセシリアに向かって深々と頭を下げる。
「お許しいただきありがとうございます。このステファノ全霊を持ち聖女セシリア様のお役に立ちたいと所存でございます」
「い、いえ。私の方こそありがとうございます」
聖剣を抱えたまま首を振りながらステファノにお礼を述べるセシリアだが、王の前においての礼儀作法と言う観点から見れば守れていないに等しい。
だがこういう場に慣れていないセシリアが見せる初々しさと仕草が多くの者の心のどこかに刺さり萌やし、ファンを増やしていることをセシリアは知らない。
そして、抱いている聖剣シャルルがその雰囲気を感じ取って満足そうに頷いていることも知らない。
「聖剣に選ばれし者がこの目で見れたこと、余の人生の中でも最高のときであった。礼をいわせてくれ」
「め、滅相もないです!」
王から礼を言われ頭を何度もペコペコと下げる姿を、周囲は萌え王は優しく見る。
「本当に欲もなく飾らぬ者であるな。聖女セシリアよ、余の息子の側室に迎えたいがどうであろうか?」
「いっ!? そ、側室! いえ、その……お断りしても、いい……ですか?」
王自ら、息子の側室にとの申し出を断ることは普通ではありえないが、絶対になるわけにいかないセシリアは恐る恐る尋ねるように断る。
「ふはははっ、断られおったわ。いやはや愉快! 聖女セシリアよ、余はますますそちのことが気に入ったぞ。力が必要なときはいつでも言うといい。力になろうぞ」
セシリアは王が笑いだしたとき心臓が跳ね上がり死にそうなくらい驚いたが、怒っておらずよい方向に話が進んでホッとする。何が何でも側室になるわけにはいかないのだから心の底から安堵していた。
聖剣を両腕に抱きしめ抱える聖女を王をはじめ皆が見送る。
謁見の間を出て姿が見えなくなった扉を見つめたままの王が小さく呟く。
「余ももう少し若ければの。あれほどの女性……いやこれこそ邪念であるな。余が聖剣に選ばれぬわけよ。聖女セシリアは余の器ごときで収まる者ではないわ」
膝をトンと打つと、玉座から立ち上がる。
「今を持って本日を聖剣を持つ聖女が生まれた日、『聖誕の日』とし祝日と定める! 各所に通達するとともに宴の準備をせよ!」
王の言葉に兵たちは返事をし、統率の取れた動きで散開しそれぞれの役目を果たしに向かう。聖剣を持つ聖女の誕生に立ち会えたこと、そしてそれを祝う日の成立に関われることに喜びを感じるみんなの目は輝きその表情は喜びにあふれていた。
まさか自分の祝日が制定されているとは思いもよらないセシリアは帰りの馬車の中で、とりあえず無事に帰れたことに胸を撫でおろしているのだった。