第198話 渓谷を抜けて
魔王に支配された隣国の内、ファーゴ、ネーヴェ、グレシルの三国と隣接するフォンネージだが、正規のルートではない場所からの侵入がしやすいと言った観点からファーゴが選ばれる。
フォンネージの領土北から気温は大きく下がり、まばらだが氷に包まれた大地が現れはじめる。そしてさらに北へと進むと大地は真っ白になり、夏まで解けない氷の川を挟んだ渓谷が姿を現す。
深い谷間と、険しい道を防寒着を着込んだセシリアたちがワイキュルと馬に乗って進む。
「めちゃくちゃさみーーっつ!! 雪って冷てぇ〜!!」
「鼻がぁ、耳があぁ~いたぁーい!?」
「くしゅん! くしゅん! 鼻が痛くてくしゃみがとんまんなーい」
「肌がピリピリする。ふふ、力が目覚めたっぽい」
寒さに騒ぐエルフ四人を乗せるワイキュルたちは特注の防寒着を着て、寒さに弱るどころか無駄に雪を蹴ったりしながら楽しそうに走る。
「ラボーニト、大丈夫?」
馬用の防寒着を着たラボーニトを撫でるセシリアに、ラボーニトが白い息を吐きながらぶふっつと元気よく答える。
セシリアの後ろにはピッタリと引っ付くリュイが乗っていて、背中に顔をつけ幸せそうな表情をしている。
先頭にはセシリアたちにとって、もはや見慣れた光景となったジョセフとニクラスが二人で馬に乗っている。
セシリアたちだけでなく、ワイキュルや馬用の防寒着も準備してくれ、さらには雪風をしのぐテントに食料、ファーゴへと向かう地図までマニーィク王から全て無償で提供される。
しかも滞在、僅か三日で出発できると言う謁見のとき見せたマニーィク王の言動からは、想像がつかないほどの早い仕事っぷりに色んな意味で驚かせられたセシリアであった。
「かなり寒いけどグランツ大丈夫?」
手綱を引くセシリアが声を掛けると、セシリアのコートの中からグランツが顔を出す。
『快適でございます。幸せであります』
ホクホク顔で喋り方のおかしいグランツに対し、ラボニートの横にぶら下げている、聖剣シャルルがカタカタと音を立てる。
『セシリア、寒い〜。寒いよー』
「置くとこないし、剣だから我慢して」
『剣だからとか酷いぞ。剣だって抱きしめてほしいときだってあるんだ』
「いつも抱きかかえてるでしょ我慢してってうひゃっ!?」
聖剣シャルルと会話を交わしていると、足元の影がセシリアの足に絡みつく。
『セシリア寒いのじゃ〜。影だからって外に放置しないでほしいのじゃ』
影のアイデンティティを放棄するアトラがセシリアの足にすり寄ってきて、セシリア思わず悲鳴を上げる。
「セシリア様、どうかされたんですか?」
一人で騒がしいセシリアに後ろに乗っているリュイが、心配そうに尋ねてくる。
「あ、いやね。聖剣が寒いって文句を言ってくるから、我慢してて言ったの」
独り言を聞かれたみたいで恥ずかしそうに言うセシリアの言葉を聞いて、リュイはラボニートの横にぶら下がっている聖剣シャルルを見つめる。
「セシリア様が良ければ、私とセシリア様の間で挟んではどうでしょうか?」
「え、いや剣って鉄だから冷たいよ」
否定するセシリアだが、その頭のなかでは、『それがいい! それがいい!』『わらわも! わらわも!』と騒ぐ声が響いている。
しばらくセシリアが思考しのち、セシリアとリュイの間に聖剣シャルルとコッソリ忍び込んだ影が挟まることになる。
「セシリア様もっと引っ付かないと聖剣が落ちますので、引っ付いていいですか?」
と言いながらこれ以上どうしようもないのに、さらに引っ付いてくるリュイと、間に挟まれホクホクの聖剣シャルル。
『くぅ~、男の娘、女の子の間に挟まれて幸せぇ〜』
変なテンションで変な喋り方をする聖剣シャルルと、さり気なくコートのなかに忍び込みセシリに抱きつくアトラ。
『なかはセシリアの匂いが濃いのじゃ。むふふふ』
アトラの変態の囁ささやきを聞きつつ、セシリアは自分の背中に顔をスリスリするリュイに頭を悩ませる。
「地図によると、もう少しで洞窟が見えてくるはずです」
先頭にいるジョセフが声を上げる。
***
パチパチと焚き木が弾ける音を聞きながら、セシリアたちは焚き火を囲う。
火に当てられ、寒さと温かさから顔を赤くするセシリアたちの横でニクラスが地図を開く。
「セシリア様、ジョセフの見立てだとあと二日もすれば渓谷を抜けるとのこと。着いた先はファーゴ城の北側と言うわけですが、そこからの侵入経路がこれになります」
そう言ってニクラスが見せてくるのはファーゴ城の見取り図。
「こんな国家機密レベルのものをなんでマニーィク王は持っているのですか?」
驚くセシリアに、ニクラスも何度も頷き同意する。
「かつてのフォンネージは戦争を好む軍事国家だった、このような相手国の機密情報を持つのもその名残だそうで。今は遊戯人が残した遺産が多くあり、『争いは可愛くない』を誓いに国を運営しているようですな」
ニクラスの説明にマニーィク王だけでなく、ギルドマスターやその他大勢の人が言動は変だが、機敏で正確な仕事をすると言う、相反する要素をフォンネージの人たちが持っていることに納得してしまう。
「理由は分かりましたが、そんな大事な秘密を私たちに教えて良かったのですか?」
「これを渡されるとき、セシリア様なら悪いように使わないし、過去戦争で利用していたものをファーゴ開放のために使えるならその見取り図も意味を成すと言われましたわ」
ニクラスの言葉にセシリアは火の光に照らされ、ゆらゆらと揺らぐ見取り図を見つめる。
(争いを生むために作られた物が、争いを止めるために使えるかもしれないってことだよね)
見取り図を優しい目で見つめるセシリアだが、ニクラスの話はまだ続いている。
「なによりもセシリア様は可愛いので、見取り図も可愛く見え喜んでいますと言ってましたわ」
その一言にセシリアは転けそうになる。
「最後の一言は余計だよね……見取り図が可愛いって、わけわからないよね」
どこまでもフォンネージの国らしい発言に呆れながらも、渓谷を抜けた先のことを思い気を引き締めるのだった。




