第197話 推しぴたちが開く道
フォンネージの王であるマニィーク王への伝手を頼るため、王都フォンネージに入ったセシリアは、ジョセフとニクラスを連れてフォンネージのギルドを訪れる。
地域差もあるが、本来依頼書が貼ってある掲示板には多種多様な依頼が並び、魔物討伐からそれこそ引越しの手伝いや店番、掃除をしてほしいなんてものまである。
だが、ここフォンネージギルドの掲示板には西側の隣国であるファーゴ、ネーヴェ、グレシルの国境沿いの見張りや、魔族の目撃情報の確認や討伐などが数枚貼られているだけである。
「国民の不安の大きさは、このようなところにも影響するのですね」
「生活はしなければなりませんが、言いようのない大きな不安が側にあっては衣食住が疎かになりがちになりますからの。生きる希望や楽しみにあふれているときは依頼も華やかになるってものですわ」
ケープコートのフードで顔を隠していても分かる、少し悲しみを含んだ声のセシリアの呟きにニクラスが答える。
「案内の者を連れてきました」
ジョセフに声を掛けられ、掲示板を見ていたセシリアがフードの影で顔を隠しながら見ると、フォンネージギルドの受付嬢が立っていた。
「ギルドマスターのもとへご案内いたします。ついて来てもらえますか?」
受付嬢が小さな声で告げると、セシリアは黙ってうなずく。そのまま人気の少ないギルドのなかを歩き、裏口を開け中庭を抜けてギルドマスターのいる建屋へと案内される。
建屋に入ってたどり着いたドアをノックした受付嬢に案内され、入った部屋には赤毛の長い髪を後ろで束ねた四十代ぐらいの男性が、大きな机を前にして座っていた。
男性はセシリアたちを見るとゆっくりと立ち上がって近づいて来る。
「フォンネージのギルドマスターをしています、マヌエル・ファットリと申します」
丁寧に挨拶をするマヌエルを前にしてセシリアはケープコートのフードを脱ぐ。
「はじめまして、セシリア・ミルワードと申します。この度は……?」
フードを脱いだセシリアの目の前に立つ、マヌエルが目を見開いているのに気づいたセシリアが近くにいる受付嬢を見ると、受付嬢は両手で口を押え顔を赤くし高揚させている。
「聖女セシリア様! サインください!!」
もう我慢できないと言った感じで、小走りで駆け寄ってきた受付嬢が厚手の紙をセシリアに差し出す。
「おい、ソフィーずるいぞ! 私が先だ!」
「先にお願いしたのは私ですぅ! 早いもの勝ちです! ギルドマスターとか関係ありませんからね」
目の前でサインをどっちが先にもらうかで争い始めるギルドマスターと受付嬢に、セシリアの目は点になってしまう。
***
「えへへぇ~。本物のセシリア様からサイン貰っちゃった」
セシリアのサインが掛かれた厚紙に頬擦りする受付嬢のソフィーの隣で、待ちきれないといった様子でソワソワするギルドマスターのマヌエルにサインを書いた紙を手渡すと、嬉しそうに抱きしめくるっと一回転する。
「いやぁ~お見苦しいところをお見せしてしまいました。本物の聖女セシリア様に出会えるなんて夢にも思ってませんでしたから、嬉しくて、嬉しくて」
お見苦しいの言葉に対して「本当だよ」なんて声に出したい気持ちをグッとこらえたセシリアは、やや引きつった微笑みをマヌエルたちに向ける。
「突然の訪問申し訳ありません。重ねてお願いがあるのですが」
「任せてください!」
「いえ、まだなにも言ってませんが……」
お願いを伝える前に即答するマヌエルに(この人大丈夫かな? ギルドマスターって変な人しかいないの?)なんて思いを胸にセシリアは、冷静に言葉を続ける。
「マニィーク王への謁見を願いたいのですが、ギルドマスターであるマヌエル様に……」
「お任せを! マニィーク王にすぐにお伝えしましょう。あぁ〜王様喜ぶだろうなぁ」
また言い切る前に話を進めるマヌエルに、セシリアは面倒臭さを感じつつも目的は果たせたからいいやと放置することにする。
受付嬢のソフィーがバタバタと準備を始める側でマヌエルが近づいてくる。
「あの、今はお忍びで行動されているので、もちろん黙っていますが、魔王討伐が終わったあとみんなにセシリア様と会ってサインしてもらったことを自慢してもいいですか?」
「え? あぁ……まあ」
セシリアは自分と出会ったことを「自慢したい」なんて思ってもみなかった言葉を聞いて理解が追いつかず曖昧な返事をしてしまう。
「ありがとうございます! そうと決まれば一緒に写真を撮ってほしいのですが」
いつの間にか手に持っていた魔道具、カメリャを嬉しそうに抱えてセシリアに見せアピールする。
「あぁ~っ! ギルドマスターズルいですよ! 私も撮ってほしいのです!」
手紙を書く準備をしていたソフィーが、マヌエルの持つカメラを見て憤慨する。
「分かった分かった、でも今は聖女セシリア様はお忍び中だから、みなにナイショだぞ」
「へへへぇ〜分かってますよ!」
ノリノリな二人を前にしてため息をつくセシリアは、マヌエルとソフィーそれぞれ写真を撮ることになる。
(本当にこれで大丈夫なのかなぁ)
そんな不安を抱えるセシリアのもと、その日の夜に宿泊している宿にギルド経由で手紙が届く。その行動の速さに昼に出会ったギルドマスターたちの行動とのギャップを感じながら封を切る。
『聖女セシリア様 是非ともお目にかかりたく存じ上げます。誠に勝手ではございますが、明日の朝一で迎えの者をギルドに寄越します。お会いできるのを楽しみにしております』
そんな文面を見てセシリアは、そのへりくだった文を読んで、腰をかけていたベッドの上で固まる。
(一国の王が一般市民に向けて書く文面ではないよねこれ……)
セシリアは嫌な予感を胸いっぱいにして、寝苦しい夜を過ごすことになる。
***
朝早く、ギルドに向かい待機していた馬車にセシリアたちは乗り込む。
きっと考え過ぎ、自分の取り越し苦労さ、なんて言葉を呪文のように心のなかで唱えつつ、フォンネージの中心にあるラマーセ城に着いたとき、その呪文は無意味なものであったことに気がつく。
城の入り口を警備する兵が鎧の上からマントを付けていることに、嫌な予感を感じつつフードを深く被り先に進もうとする。
「あの人たち『聖女セシリア様マント』を付けてますよ。すごくアピールしてますけど、コメントしてあげなくていいんですか」
「いいの! 気にしちゃだめ。行くよ」
マントを見せるため背を向けてアピールする兵を指さすリュイと、なにか言いたそうなペティを連れて、足早に先に進むセシリアの視界にある壁には、『聖女セシリア様ポスター』や、若干デフォルメされた絵が描かれた『魔王退散聖女セシリア様お札』が沢山貼ってある。
見えていない振りをして進んだ先にある謁見の間に入ったあとも、玉座に向かって均等に並ぶ柱に丁寧に貼られた様々なパターンのセシリアが描かれたポスターが王への道を作っていることに精神的ダメージを受けながら進む。
そしてその先にある玉座に座っている『聖女セシリア様直筆サイン入りシャツ』を着ている王の姿を見たセシリアは、ダメージを受け過ぎて膝から崩れそうになる。
これまでに出会った王や女王の服装を思い浮かべても、いい歳したおじさんが上半身シャツ一枚の薄着で、しかも自分の顔がプリントされているものを着ていると言うこの状況に冷静ではいられない。
だが相手は一国の王である。相手の趣味趣向にとやかく言えないのが一般市民というものだと冷静を装ってセシリアはケープコートのフードをそっと取る。
その瞬間、玉座から王が立ち上がり周囲からは感嘆の声がもれる。
「お初目にって、いっ!?」
玉座から小走りできたマニィーク王が跪きセシリアに手を取る。自分の顔入りシャツを着た王が一般市民に跪いて手を取る、そんな思いもよらない行動と手を握られたことにセシリアは思わず驚きの声をもらしてしまう。
「フォンネージの王をやっているマニィークと言います。聖女セシリア様にお会いできて光栄です! 推しぴの一人としてこんなに幸せなことがあるでしょうか、いやない」
のど元まで上がってきた「なに言ってるんだこの人」「推しぴってなに?」の言葉を飲み込み、セシリアは引きつった笑みをマニィーク王に向ける。
「そ、そんなに喜んでいただけて光栄です。ですが、王様がっ、ひっ!?」
一国の王が自分の前で跪いている状況をやめさせようとした矢先、マニィーク王が突然立ち上がったかと思うと、セシリアの顔入りシャツを引っ張ってなにやらアピールしてくる。
「サインもらえませんか」
思わず悲鳴を上げてしまうセシリアがドキドキする胸を押えて、満面の笑みを向けるマニィーク王に恐怖すら感じてしまう。
「サ、サインですか……」
今だ混乱するセシリアに、側近の者が盆にのせた筆を差し出してくる。それを手に取ったセシリアがさらに差し出されたインク壺に筆をつけ、マニィーク王のシャツに名前を書いていく。
「あ、マニィーク・エレメントルへって書いてもらえます?」
「えっ、あぁ……はい」
自分でもなにをやっているんだろうと思いながら王のシャツにサインを書いて、マニィーク王の名を記すとマニィーク王はホクホク顔で周囲の側近や兵たちに、サイン入りシャツを見せびらかす。
周囲の人たちが羨ましそうにするその表情が、王のご機嫌取りなどでではなく心底羨ましそうなのが余計にセシリアを怯えさせる。
「このシャツを国宝にする!」
「「「おおおっ!!」」」
どうでもいい宣言にどうでもいい感激の声を受け、額を押えるセシリアが気を取り直してシャツを周囲の人に見せびらかすマニィーク王に話し掛ける。
「あの、お願いがあってきたのですが……」
「大丈夫です。聖女セシリア様の推しぴ代表である私にお任せください! なんでもやりますよ!」
セシリアのサイン入りのシャツを着た胸を張って即答するマニィーク王。シャツにプリントしているセシリアのウインク顔に加え、直筆? の「聖女セシリアにお任せっ!」のメッセージは、セシリアを煽っているようにしか見えない。
「お願いだから私の話を聞いて……」
本当に自分の目の前にいる人は王なのか? そんな根本的疑問を感じながらこの国に入ってみんなが自分の話を聞いてくれないことを嘆くのである。




