第196話 魔王退散!?
セシリアたちは夜までトリヨンフローレ内にとどまり、人気がなくなるまで待機し、夜にこっそり船を降りる。
そのままジルエットを抜けまだ魔王の手が伸びていないフォンネージへと入国する。
王都の手前にある小さな町、プラントリへと着いたセシリアたちは、休憩と情報収集を兼ねて滞在することにする。
「ジルエットのアントワールも結構ありましたが、なんだかそれ以上にプレントリって町は、セシリア様関連の商品が多くないですか?」
ケープコートを羽織りフードを頭に被るセシリアに、同じ格好のリュイが話し掛ける。二人だけでなく、ペティたち四人も同じ格好をしている。
魔族に存在を悟られないため、目立たないようにしているセシリアたちであるが、忍んで過ごすことに非日常感を感じているペティたちは楽しそうで、小さな声できゃっきゃと騒いでいる。
「なんでかは分からないけど、私の顔があっちこっちにあるおかげで、私が顔を出せなくて困っているのは確かだよ」
フードを深く被り直しながらセシリアが不満そうに言う。
「お待たせして申し訳ないですわ。とりあえず食事にしませんかの」
ニクラスがセシリアたちのもとにやって来て、プラントリにある食堂へと案内される。
「この町は肉料理が美味いらしいんですよ。おっと、お金の方はクラーケン退治でもらった報酬があるので、遠慮せずガンガン食べてください」
食事と聞いてテンションが上げるペティたちの前に、次々と料理が運ばれてきてテーブルに並んでいく。
「うまっ! 総長これ凄く美味しいですよ!」
「は、半端なくうめえなコレ!」
ソーセージやハンバーグを頬張るペティたちの隣で、フードを深く被ったセシリアはニクラスと会話をする。
「事前に得ていた情報通り、一時は魔王軍が攻めてくると噂され臨戦状態にあったみたいですが、魔王が大人しくなった今は多少は落ち着きを取り戻しているようですのぅ」
「なるほど……ところでなぜこの町には、わた、えーっと、聖女セシリア関連の商品がこんなにも沢山あるのですか?」
「それは私がお答えしましょう」
そう言って割り込んできたジョセフが、ニクラスの横に座る。
「こう言った商品のことをグッズと呼ぶらしいのですが、聖女セシリア様のグッズを持っていると魔王が来ない。そのようなご利益があるそうです」
ジョセフの説明に、理解が追いつかないセシリアの目が点になる。
「まず聖女セシリア様グッズは、アイガイオン王国で生産、輸出されているようです。ちなみにアイガイオン王国の国旗が刺繡された認証マークがあるのが本物の証です」
「アイガイオンがなぜ私のグッズとやらを生産、輸出しているんです?」
ジョセフの説明を受け、聞きたい気持ちと聞きたくない気持ち半分と言った表情でセシリアが聞き返す。
「誇り高き聖女セシリア様を、アイガイオン王国の誇る魅力として、みなに知ってもらいたい、そして身近な存在でありたいと願いを込めてこのハンカチを作っています。聖女セシリアの生誕の地アイガイオンに是非お越しください……と、ここに書いてますから、おそらくそう言うことです」
ジョセフが、セシリアの顔がプリントされたハンカチが入った木箱の文字を読み上げる。
「ぶふぅーっ!?」
水を噴き出したセシリアが、むせる。
「な、なにを買ってるんですか?」
「なにって『聖女セシリア様ハンカチ』ですよ。一般的には家庭用の魔王避けとして、『聖女セシリア様お守り』や『魔王退散! 聖女セシリア様直筆お札』が人気ですが、観光客やセシリア様のファンなんかはこちらの顔入り扇子やシャツが人気です。これらには好きな言葉も入れてもらえるので、みな思い思いの言葉を入れています。あとは、私が個人的に画期的な商品だと思ったのはですね……」
情報を収集しに行ったはずなのに、セシリア関連のグッズを次々と出すジョセフが一際大きめの箱を出すと、なかに畳んであった白い布を取り出す。
もの凄く嫌な予感で胸いっぱいにしながらセシリアは、ジョセフが取り出した布を広げるのを黙って見守る。
「こちら、『聖女セシリア様等身大の抱き枕カバー』というものでして、大きな枕にこれを被せ抱いて寝れる、つまりセシリア様と昼夜一緒に寝れると言う画期的な商品です」
抱き枕カバーに頬擦りをするジョセフの姿も相まって、あまりの嫌悪感と呆れからセシリアが、勢いよくテーブルに突っ伏して頭をぶつける。
「アイガイオン王もいい加減にしてほしいですが、ジョセフさんもなにをしているのでしょうか? 今後の進路を決めるために情報を集めるのではなかったのですか?」
自分の等身大の写真がプリントされた抱き枕カバーを広げて、ニコニコ笑顔のジョセフをセシリアがにらむ。
「そもそもなんで私は微妙に薄着なんですか……おかしいでしょ」
ほぼ人前で見せたことなどないはずのネグリジェ姿の自分がプリントされた抱き枕カバーを見てセシリアは頭を押えながら訴える。
「そうでしょうか? 私は好きですけど」
「だれもあなたの好みは聞いていません。ってなにをしているのですか?」
ジョセフが別の箱から黒地の布を取り出したのを見たセシリアが尋ねると、ジョセフはその黒い布をひるがえして首に巻く。
「『魔王を寄せ付けない聖女セシリア様マント』ですセシリア様がプリントされていて、直筆のサイン入りなんです。おっと、ニクラスの分もマントは買っていますからどうぞ。あ、抱き枕カバーはあげませんよ、これは私のですから」
「おお、すまんな。これはミルコが見たら羨ましがるのぉ」
ウインクをしているセシリアの顔がプリントされたマントを羽織る二人を見て、セシリアは頭を押えて首を横に振る。
「直筆って私は「みんなに愛を届けちゃう!」なんて書いた覚えがないのですが。そもそも私がグッズの存在を知らないのに直筆とか根本的におかしいでしょう」
ややキレ気味なセシリアの言葉にジョセフとニクラスが顔を見合わせる。
「もういいです……それよりもここフォンネージからどうやってファーゴ、グレシル、ネーヴェの三国へ侵入するかです。手掛かりはありそうですか?」
呆れた顔のセシリアの質問に、ジョセフが胸を張る。
「フォンネージ王国の王、マニィーク王は聖女セシリア様の大ファンだそうです。本人が頼めば喜んで協力してくれる可能性が高いです」
「大ファンって……」
この国の協力を得られるかもしれない有益な情報なのに、全く嬉しくない情報を知ってセシリアの顔は引きつる。
『なるほど、魔王の脅威にさらされたばかりで聖女セシリアの期待感が膨らみ信仰の対象となるのは理解できるが、港があるジルエットよりも聖女セシリアグッズに力を入れているのは王の趣味であったか。よき、よき』
「冷静に分析しないで……」
自分の顔や姿がプリントされたグッズの数々を前にして頭が痛いセシリアは、フォンネージの王であるマニィーク王がセシリアの大ファンだと聞いて心底会いたくないと思ってしまうのである。
そして、聖剣シャルルの冷静な分析で酷くなる頭痛に頭を押さえるセシリアの隣では、リュイが目を見開いて枕カバーをガン見している。
(セシリア様抱き枕カバーほしいっ! 絶対あとで買いに行こう)
それはいつもは決断しきれない優柔不断なリュイが、即決した瞬間であった。




