第195話 聖女は聖剣と企み進路を北へ決める
レシフ島から出発しておおよそ一日、トリヨンフローレはジルエット王国の領土である、アントワールにある港に入る。
クラーケンとの戦闘で損傷の激しいトリヨンフローレが港に入ると、事前に手紙により情報を聞いていた港の男たちが迎え誘導を開始する。
それに加え、ジルエット領でも問題になっていた巨大クラーケンを討伐したことで噂になったトリヨンフローレを一目見ようと多くの人々が集まっていた。
そしてそれらに負けず、人目を引く集団が港に押し寄せていた。
「これは降りにくいなぁ。一応私がいるのは世間には非公開にはなっているはずなんだけど……」
セシリアはトリヨンフローレの甲板の影に隠れて下を覗きながら呟く。
「セシリア様、あの人たちセシリア様の顔が描かれた扇子を持ってますよ。あっちの人はセシリア様の名前が書いてます。あちらの男性の集団は扇子に好きだーとか、結婚してくれーとか書いてる人が多いですね」
セシリアの隣で一緒に隠れるリュイが小声で状況を実況してくれる。リュイの実況内容を聞く度に、セシリアの顔が曇っていく。
「セシリアって本当に人気者なんだな。改めて尊敬し直したぜ」
「全然嬉しくない……」
ペティに褒められたセシリアは、ますます落ち込んでしまう。
「姫って誰かと結婚するの? 人間って相手が決まってたりするんじゃない?」
カメリアが船の上からコッソリと下を覗いたあと、扇子に書いてある「結婚してくれ」の文字が目に止まったらしく尋ねてくる。
「あ、それ私も聞きたい! 人間の恋愛事情ってどうなってるの?」
「うん、姫の相手、気になる」
ファラとノルンが割って入り、セシリアの隣にいるリュイは黙っているが、チラチラと見て気にしている素振りを隠しきれない様子である。
そんな周囲の好奇心に満ちた目を前にして、セシリアは大きなため息をつく。
「私に結婚相手はいませんし、する気もありません」
「えー、なんか船内の噂だと姫って色々な国の王子様から求婚されてるって聞いたよ。それにあそこにいるツルツル剣士とか、ブンブンオジサンの弟子とか強い人たちからも結婚を迫られているって。人間ってこう、熱く燃える恋愛するって本に書いてあったよ。しよーよ恋愛。姫だったら選びたい放題なんだし、とりあえず付き合ってみるとかどう?」
ファラが耳にした噂と遊戯人が残したマンガの知識をもとにして、セシリアに恋愛するようにねだってくる。
「選びたい放題とかそう言う問題じゃないの。それにお付き合いはきちんとしなきゃダメだと思うんだけど」
セシリアがファラの意見を否定すると、カメリアがポンと自分の手を叩く。
「あれねー! 運命の人を待ってるってやつ!」
「ちがうねー。全く違いますねー」
カメリア的会心の意見をセシリアがカメリアに寄せて速攻否定すると、カメリアは次なる意見を述べようと思考に入る。
「今の私は、付き合うとかそう言うことは考えれないから。それよりも恋愛に興味があるならペティたちこそ自分でしたらいいじゃないの?」
「あたいらか? エルフは結婚なんてしないし、恋愛とかもめんどくせーから基本やらないぞ。それになによりもあたいらまだ六十程度のガキだから、人の恋愛に興味はあっても自分でやる気はないかな。
そもそもファラとカメリアがセシリアに進めるのは、マンガで見て人間の恋愛模様に興味持ってるからだと思うぞ」
「そ、そんな感じなんだ、エルフって……」
種族による恋愛観の違いと、年齢に対する認識の違いに戸惑うセシリアの肩にグランツが飛び乗ってくる。
『セシリア様、例の記者が船に紛れ込んできました』
「記者って、アークさん?」
小さな声で返したセシリアが、グランツの指し示す方に目をやり、気配を掴むと船体の壁際に向かって歩き出す。
突然歩き始めるセシリアに驚くペティたちは、視線でセシリアの姿を追う。
壁際に着いたセシリアが手をついて、角からそっとのぞくと壁に寄りかかるアークの姿があった。
「本当にどこにいても見つかるものだな。気配を消すのは自信があるんだがな」
苦笑しながら寄りかかっていた壁から背中を離したアークはセシリアの方を見ると、深く被っていたハンチング帽のつばを上げて顔をあらわにする。
「大陸経由でこちらに来たんですか?」
「ああ、聖女さんがエキュームからレシフ島に寄る過程で、クラーケンと戦闘するなら船体が損傷し、ここアントワールに来るとふんで先回りしたんだ」
「アークさんに先回りされるのでしたら、大陸経由でレシフ島へ渡った方が早く行けたということでしょうか?」
少し不服そうに言うセシリアを見て、ほんの少しだけ笑みを見せつつアークは首を横に振る。
「クラーケンの存在に困っていたのはジルエット王国側も同じで、アントワールからも船は出せなかった。かと言って、エキュームのルアーブ王みたく金に物を言わせ戦艦を作る計画もなかったから聖女さんの行ったルートが一番近道だったはずだ。それにだ、聖女さんが乗っていなかったら討伐は叶わなかったんだろ?」
「私もいたからであって、誰がいなくても討伐はできませんでしたよ」
セシリアの言葉にふっと笑ったアークが、それを隠すようにハンチング帽を深く被る。
「ところで、今後はどうする予定なんだ?」
「今後ですか? 魔王との決着に向け進行する予定です。そのために魔王と会わなければいけないのですが、簡単には会えないかもしれませんね」
そこまで言ったセシリアが、抱きしめている聖剣シャルルに目を向ける。そして小さな声でなん言か呟いたあとアークに視線を戻す。
「確かジルエット王国の隣は、フォンネージとソレーイエでしたよね? この二国に魔王は訪れていますか?」
先ほどクラーケン討伐の話をしていたときと違い、セシリアが向ける瞳に宿る力強い輝きにアークは思わずたじろいでしまう。
「あ、ああ。ソレーイエはまだ進行はされていない。フォンネージも魔王軍が活発化して緊張感が高まっていたが、前にプレーヌであった魔王とフレイムドラゴンの衝突で魔王軍が沈静化して今はまだ健在だ」
セシリアはアークの説明を唇に指を押え、何やら思考しつつ聞いている。
「魔王のいる場所は分かりますか?」
「さすがにそれは分からないが、ルニアージュ辺りじゃないかと言う噂はある」
そこまで聞いて黙るセシリアをアークは緊張した面持ちでじっと見つめる。
「私はジルエットからフォンネージ経由で魔王が支配している地域へ向かおうと思います。そこでアークさんにお願いがあります。あ、絶対に損はさせませんから聞いてください」
少しいたずらっ子っぽい、企みを含んだ笑みをアークに向けたセシリアが今後の計画を説明し始める。
それから程なくして、ハンチング帽を深く被り顔を隠しているが、僅かに見える口の口角が上がっているアークが港を足早に去って行く姿があった。
「さてと、これで次の目的が大体決まったかな」
やれやれと、安堵のため息をつくセシリアがふと視線を感じ、そちらを見ると離れた場所にある柱や荷物の影から覗くリュイやペティたちの姿があった。
セシリアの用事が済んだと分かると、みんなが駆け寄って来る。
「ねえねえ、姫は誰と話してたの?」
「誰って、協力者ってとこかな?」
「ふーん協力者なんだ。それって男の人?」
「男の人だけど」
セシリアがファラとカメリアの質問に答えると、「やっぱり」と嬉しそうに二人が大きく頷く。
首を傾げるセシリアを見上げるノルンがポツリと呟く。
「姫、コソコソしてた。怪しい」
「怪しい? んー人前に出たがらない人だし、そういった意味では怪しい人かも」
「恥ずかしがり屋の男の人なんだ。で、姫はいつから知り合いなの?」
ファラとカメリアが目を輝かせて質問してくる、この時点でなんとなくセシリアは違和感に気がつき、三人がなにを聞いているのかを理解する。
「あ、もしかしてまだ恋愛の話を引きずってる? だとしたら違うから」
否定するセシリアだが、含み笑いをするファラとカメリアが近づきすり寄る。
「否定するとこが怪しー」
「だよねー」
「絶対にないから。断言する」
「断言するの、怪しい」
「なんでノルンまで。人の恋愛事情が気になるなら自分で恋愛すればいいじゃない」
「エルフの私としては自分の恋愛に興味ないんだけど、姫の恋愛事情には興味があるんだよねこれが」
「分かるー、私も姫の恋愛事情気になるもの」
「エルフめんどくさっ!」
好んで男の娘なわけではない自分が、男と付き合うことはないと断言するセシリアだが、その意図が伝わるわけもなくファラとカメリア、ついでにノルンに詰め寄られるのである。
「ん? リュイどうした」
そんな四人が戯れるのをやや離れて見ていたペティが、隣にいるリュイに声を掛ける。
「セシリア様は、男の人になんか渡しません」
いつになく低い声のリュイの独り言が聞こえてしまったペティは、顔を逸らして聞かなかった振りをする。
***
海風に吹かれ乱れる前髪をかき上げたメッルウは、背中にあるドラゴンの翼を開いたまま波が激しくぶつかる岩場に降り立つ。
人、一人分程度の岩場に立つメッルウは翼をたたむと、波に揺られるクラーケンの一部を瞳に収める。
巨大な槍が刺さったクラーケンを食べようと、下からは沢山の魚が群がり、その魚を食べる大型の魚が集まる。
空からは次々に海鳥が群がりクラーケンや集まってくる魚をついばむ。
一生において一度出会えるかどうか分からないほどの巨大な餌の出現に、クラーケン討伐後のお祝いを人に変わってやってくれているかのような賑わいを様々な生き物たちが見せる。
「あれを人間がやったのか。あの巨大なクラーケンを……」
生き物たちが見せる宴の喧騒を前にメッルウは呟き、しばらく険しい表情で見つめる。
「聖女セシリア……。念の為、トレントも見ておくか」
セシリアの名を呟き大きく翼を広げたメッルウは体を浮かせると、ミストラル大森林の方へと飛び立って行く。




