第19話 契約成立の決め手は!?
契約の儀式をしなければここから出さないと宣言する聖剣に対抗する術も、考えもないセシリアは従うしかないのである。
最近ため息ばかりついているなと思いながらも、大きく息を吐き聖剣に手を伸ばし柄を握るとそのまま恐る恐る持ち上げる。
『鞘を抜け』
聖剣の言われるまま金の蔦が施された鞘を抜きブレイド部、いわゆる刀身を露わにしていく。
白の混ざった鮮やかな銀色のブレイドにはフラーと呼ばれる中心の溝に両サイドを挟む浅い溝が走り特徴的な刀身をしている。
『別に何もしなくていい。我がお前を見極めるのが儀式だからな……ふむふむ、弱いな。魔力も少ないし、スキルは……広域。まあ珍しいが戦闘にはあまり役に立たないな』
儀式と言うよりダメ出しのような言葉の羅列には、自分が弱いとは理解していても傷付くものである。
『ふむ、筋力も低いな。軟弱もいいところだ。足はそこそこ速いが平均より少しだけと言ったところか……むっ? むむむむむっ!?』
突然聖剣がカタカタと音を立て震え出す。
『お、お前、男か?』
どうやって知ったのかは知らないが、表情は見えなくても聖剣が驚愕し動揺しているのはセシリアにも分かった。
「はい、男です」
嘘を言っても仕方ないのでセシリアが正直に答えると聖剣は黙ってしまう。
セシリアがしばらく続く沈黙に必死に耐え、緊張のために喉を鳴らし生唾を飲みこんだのはもう何度目か分からない。
汗ばむ手に加え、ずっと聖剣を手に持っているため腕が段々とだるくなってくるので、一回置いていいかと尋ねようかどうしようかと考え始めたとき、聖剣がカタカタと音を立てる。
『一つ尋ねる。なにゆえその恰好をしている? そしてなぜここにいる?』
「なにゆえって、破れた服をもらうとき女の子に間違われて、そのままギルドに登録されて……食事が必要な子に服を着せる為、服を宣伝する契約をして……依頼をこなしたら聖女だって言われて気が付けばここにいます」
ざっくりここまでの経緯を話すと、聖剣が再び黙るがすぐにカタカタと震える。
『つまりはお前は自分の意志とは関係なくその姿を強要されていると』
「えっと、まあそんな感じです」
聖剣が大きく震え始めるとセシリアの手元を離れ宙に浮きあがる。
『良いっ! 実に良いぞ!』
突然宙に浮いた聖剣がくるくる回りながら歓喜の声を上げる。テンションの高い物言いにセシリアはついて行けず口を開けて見るだけである。
『見た目は可憐な少女であるのに男であること! さらに、本人が望まぬ形で聖女を強要される。うむっ! 良きシチュエーションよ! 気に入ったぞ! 誉れき者よ名を名乗れ!』
「え、名前? あ、セシリア、セシリア・ミルワードです」
『そうか、良い名だ。益々萌えるというもの。よかろうセシリアよ! 我の名はシャルル。我の新たな主人として認め、セシリア・ミルワードを守る剣として我が身をささげようぞ!』
「ちょっ、ちょっと待って。なぜそんな流れに?」
『なんだノリの悪い主だな。ここは我を掲げ喜ぶところだろう』
不満そうに聖剣もといい、空中に浮いた聖剣シャルルが刀身をブンブンと振る。
「振り回したら危ないですって、それよりなぜ契約することになったんですか?」
人が手を振るのと違い、抜き身の剣が刀身をブンブンと振るのは恐ろしいものである。
怯えるセシリアと対照的に、妙に上機嫌な聖剣シャルルは刀身をフリフリしてテンション高めに動く。
『何よりもその姿! そしてそこに至るまでの過程。さらには自分の意識とは裏腹にその格好を強要されていると言うのがまた良い! その状況を考えるとキュンキュンするのだ、萌えるってやつよ』
「あのぉ~すいません。さっきから言ってるもえるって何ですか?」
『なんだ? お前たちがこの世界とは別の場所から連れてきた者が言ってなかったか?』
「別の世界?」
『どうにも話が噛み合わんな。まあ良い、我はセシリアが気に入ったと言うことだ。長き聖剣人生において伝説の男の娘に扱われる日が来ようとは、この状況に萌えないわけがないであろうよ! 長生きはしてみるものよ。くっくっくっ、はっはっはっ、はああっはっはっ!!』
身を震わせながら笑いの三段活用を始めるシャルルが何を言っているのか分からないが、ろくでもないことを言っているのはなんとなく理解できた。
(これ本当に聖剣なのかな? 血の契約といい、意味分からないことばかり言うしどっちかって言うと魔剣ぽいな。)
セシリアは契約成立よりも変な剣に気に入られてしまったことに不安を感じてしまう。
『さて、いつまでもここにいても仕方ない。おっとそうだ、色はどうする?』
「色?」
『発光色のことだ。前の主が赤が良いと言うから今は赤く光るが、どうせ光るなら自分のイメージカラーとかがよかろう?』
「イメージカラー? 発光?? そもそもなんで剣が光る必要が……」
『なんだロマンのない主だな。剣が光ったらカッコいいだろうよ。セシリアのイメージカラーに光るっ! これすなわちカッコいいだ!』
訳が分からない、剣が光ることに何の意味があるのか。そもそも自分のイメージカラーってなんだ? と混乱するセシリア周りをふよふよと浮くシャルルに目はないがセシリアは視線を感じる。やがて刀身を小刻みに震わせる。
『その瞳の色、実にいい。よし決めたセシリアよお前のカラーは紫だ。高貴なイメージもあることだし実に良い色だろう!』
勝手に決めてテンションの高いシャルルがゆっくりとセシリアの手元に向かってやってくる。
思わず握ってしまうとシャルルが目映い光を放ち、セシリアは思わず目を瞑ってしまう。
────光が
──なんと……
─これが聖女……
遠くで聞こえていた声が段々と近付いてくる。それに伴い目の前の光が和らぎ光のモヤが晴れてくる。
視力が戻り声の方に振り返ると驚愕の表情で尻餅をつく王と、入り口付近で眩しそうに目を細め盾を構える兵たちの姿があった。
『抜け!』
セシリアの頭の中で聞いたことがある声が響く。
声を聞いて手に感じた重みに手元を見ると鞘に納められた聖剣の姿があり、鞘から眩い白い光が漏れている。
鞘とグリップを持つ手に力を入れゆっくりっと聖剣を抜くと、ガード部分の赤い宝石が紫色に変化する。そしてその光は刀身へと伸びセシリアが鞘を抜き刀身を露わにするのに合わせ二本の溝に流れ込んでいく。
抜き切ったときゆっくりと剣先を真上に向けると紫の光が集まり刀身を包み眩い光を放つ。
「「「おおおっ!?」」」
王を始めとした皆が驚きの声を上げる。
「せ、聖女だ。まさしく聖女である。まごうことなき本物である!!」
王が涙を流しながらそう宣言するので、兵たちも構えを解き膝を付いてセシリアに頭を下げる。
『くくくっ、この光景、実に愉快ではないか?』
「全然面白くないんだけど」
頭に響く声にセシリアはムッとした顔で悪態をつく。
『その表情っ、たまらんなグッとくるぞ。我がハートがきゅっとするわっ!!』
(本当になんなんだこの剣……それよりもこれ、本当にどうしよう。)
紫に輝く聖剣を掲げる聖女に涙を流し感激する王たちを見て今後がとても不安になるのである。