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第189話 我ら姫シクハック!

 ペティの投げた『粘着』のスキルがついた魔力を足場に甲板を駆け上ったカメリアは 、傾いているせいで今はおおよそ海の真上にある右舷の角に立つ。


「あー、危なかったー。リュイ大丈夫?」


「う、うん。大丈夫……です、じゃなかった、大丈夫」


 背中にリュイがしがみついているのを確認したカメリアが安堵のため息を付き、周囲を見渡す。


 少し離れたところでは同じく右舷の角に立ち、クラーケンの二本の足と、二本の触腕と戦っているセシリアの姿がある。そして下を見ると、先程の攻撃で大きく損傷した船の側面が見える。


「あの大砲ってまだ使えそうだけど、撃てないかなぁー」


 カメリアの呟きに後ろにいるリュイが身を乗り出して下を見る。


「何台か使えそう。でもあそこに行くには一旦甲板を下りて、船内に入りそこから上に上る必要があるんじゃないですか? あっ!」


 再び敬語を使ったことに気づいたリュイが慌てて口を押さえる。そんな姿を見てクスクス笑ったカメリアがふと下を見て指をさす。


「ここから真っ直ぐ下りたら、あそこにすぐ行けそうじゃない?」


「こ、ここを? いくらなんでも傾斜が急過ぎるんじゃぁ」


「なかを通ってもいいんだけど、船内がぐちゃぐちゃで道が塞がって、通れなかったら意味ないからねー」


 突然の提案に驚くリュイだが、カメリアは乗っているワイキュルの右側をパンパンと叩く。


「ねえヴクレ、右足上げて」


 カメリアのワイキュル、ヴクレは言われた通り自分の片足を上げる。

 足の裏からネバっとした糸が引かれるのを見たカメリアは満足そうに頷くと手綱を握る。


「ちょうどいい感じー。元祖壁走りのカメリアさんなら行ける、行けるー。ってわけで! リュイしっかり掴まっててよー!」


 そう言うや否やカメリアはヴクレの手綱を引き、トリヨンフローレの側面を海面目掛け走り始める。


「あわわわわっ!?」


 左舷方向に傾いていて垂直ではないとはいえ、急こう配を突然掛け始めるカメリアの行動に目を回すリュイを他所に置き、ヴクレは船の側面を駆け抜けクラーケンが開けた穴目掛け一直線に走る。


 左舷の側面を走ることは、必然的にクラーケンに近づくことになり、次第に大きくなるクラーケンの姿にカメリアの表情も強張るが、聖剣シャルルを振るいながらカメリアたちの存在に気付いたセシリアと目が合うと、手を振って余裕ぶってみせる。


 そのまま落ちるように滑り込んだ穴のなかは、クラーケンの攻撃で破壊された木の残骸が散らばっていた。


「酷い有り様ねー。誰かいないのかしらね」


 斜めになった船内で部屋の角で踏ん張るヴクレの上に乗ったカメリアは、瓦礫の山になっている辺りを見回す。


「うぅ……怖かったぁ」


 カメリアの背中にしがみつくリュイが声を震わせる。


「ん? カ、カメリアあれ」


 片手はカメリアにしがみついたままでもう一方の手でリュイが瓦礫の山を指さす。カメリアが目を向けると、瓦礫の山のしたから僅かだが靴のようなものが見える。恐る恐る近づき、カメリアとリュイ、ヴクレで瓦礫をのけていくと下から年老いた男が姿を現す。


「息はしてるっぽいから生きてる」


リュイの言葉に安堵の表情を見せるカメリアは、年老いた男を瓦礫から引っ張り出すと平らな床に寝かせる。

 ボサボサに生えたヒゲを蓄えた男は仰向けのまま、苦悶の表情でしばらく唸っていたが、突然目を見開き上半身を起こす。


「ぶはぁーっ死ぬかと思ったわ!! ってお前らだれじゃい!?」


 ヒゲの男がカメリアたちを見て二度目の驚きを見せると、カメリアが自分の胸をドンと叩く。


「わたしたちは、聖女セシリア率いる姫シクハックの一人、密林に湧く青き泉の精霊、カメリアです!」


 自慢気に自己紹介したカメリアのあとに沈黙が訪れる。


「ちょっとリュイ、続けて名乗ってよー。ほらっ」


「え、ええっと、リュ、リュイです……」


 名乗っている途中でカメリアが肘でリュイを突っついて首を横に振る。


「違うよ、ちゃんと名乗って、草原に咲く一輪の花って」


「ひっ、あ、あれを! う、うう。そそそ、草原に咲く一輪の花……リュイです」


 顔を真っ赤にして名乗るリュイを見たヒゲの男が不思議そうに首を傾げる。


「聖女の仲間とはそのような名乗り方をするのか。変わっとるの。まあいい、わしはソルビットと言ってここの大砲の整備と操作を任されとるんだが、先ほどの攻撃でご覧のありさまじゃ。仲間は見当たらんところを見ると無事に逃げ出せたのじゃろうて」


 そう言って立ち上がろうとしたソルビットが、苦悶の表情を見せ足を押えてうめき出す。


「折れてるのかもしれません」


 リュイが急いで駆け寄って、ソルビットの足をさすると瓦礫から木の棒を見繕って足を固定して応急処置をする。


「すまんな。クラーケンのヤツに一矢報いてやったと思ったらいきなり攻撃しおってやられたわ」


 痛みから顔に汗の玉を噴き出すソルビットは悔しそうに言う。


「あのーソルビットさん。まだ大砲って使えますか?」


 カメリアの質問にソルビットが辺りを見回す。


「上段の二門はダメだな。下三門は使えるかもしれんが、まさか撃つ気か?」


「そのまさかなんですけど、撃ち方を教えてもらえませんか?」


 カメリアが答えると、ソルビットが首を横に振る。


「待て、おそらく今この船は大きく左舷に傾いておるのだろう? その状態で撃ったら反動で船はさらに左舷方向へ傾くかもしれん。使えたとしても撃つことは危険なんじゃ」


 ソルビットの説明にカメリアが腕を組んで頭をひねる。


「うーん、ここからもう一発クラーケンに撃ち込んでやろうと思ったんだけどなぁー」


「あ、あのぅ、も、もし左舷にある大砲を撃ったら逆に右舷に傾くってことですか?」


 話しを聞いていたリュイの質問に、ソルビットが少しだけ考えるとボサボサのヒゲを掻きながら口を開ける。


「ん? ああ単純に言えばそうなるが、クラーケンに巻き付かれている状態ではそれだけでは弱いのう。帆に左舷側から風を受けつつ大砲を撃ち、さらにはクラーケンを怯ませるくらいせんと船体を立て直すのは厳しいだろうよ」


「結構難易度高いわねー」


 ひねっていた頭をさらにひねるカメリアの近くにあった伝声管(でんせいかん)と呼ばれる鉄のパイプからコツコツ音が鳴り始める。


「「あーあー、聞こえますかぁ? 船内のみなさーん。動ける人がいたらなるべく船の右舷に集まってくださーい。右舷って船の右ですよー、船首を正面にして右ねー」」


「この声……」


 鉄のパイプから響く声に反応したカメリアが伝声管(でんせいかん)の会話口の蓋を開けると話し掛ける。


「その声ファラでしょ?」


「「うわっ、びっくりした。カメリア?」」


「そう私。ちょっとお願いがあるんだけど今どこにいる? あとノルンはどこ?」


「「えーとね、操舵室(そうだしつ)ってとこ。ノルンは船内で救助活動してるはずだよ」」


「ファラ、そこから外にも声って届く?」


「「んーと、こっちが外かな? ああいけそう。大丈夫外にも声届くよ」」


「じゃあ今から言うこと覚えて」


 カメリアが手早く伝声管(でんせいかん)の向こうにいるファラに伝えると、ソルビットの方を振り向く。


「ソルビットさん、私たちに大砲の使い方を教えてくれませんか?」


「大砲の使い方をお前さんらにか?」


 驚くソルビットにカメリアが自信満々に頷く。


「船を立て直して、クラーケンに大砲を打ち込みたいから手伝ってほしいです」


 カメリアをじっと見ていたソルビットだが、ふと笑みを浮かべる。


「そんな真っ直ぐな目で見られたら教えんわけにはいかんな。どの道、今はお前さんら姫シクハックに賭けるしかなさそうじゃしな。分かった教えよう」


「ありがとうございます。リュイはここで一人で撃ってもらうつもりだから、一緒に頑張って覚えようね」


「が、がんばる」


 意気込むリュイは力強く頷くと、カメリアと一緒にソルビットに肩を借して立ち上がらせると大砲のそばまで歩き、使い方の説明を真剣に聞く。



 ***



 船の舵を操作する操舵室(そうだしつ)でカメリアと会話を終えたファラは、『船外』と書かれた伝声管(でんせいかん)の蓋を開けると咳ばらいを一つして、息を少し吸う。


「あー、あー、姫聞こえますかー? クラーケンと戦っているとこすいませんが、私が言うタイミングで左舷方向に大きな風を起こせませんでしょうかぁ? と言うか起こしてくださーい。あと、そこにノルンいる? いたら帆を操作する場所へ行ってくださーい。着いたら操舵室(そうだしつ)まで連絡してねー。連絡以上でーす」


 パタンと音を立て蓋を閉めたファラが次は『船内』と書かれた蓋を開けて、再び話はじめる。


「船内にノルンいますかー? いたら外に出て、帆を操作する場所に行ってくださーい。着いたら操舵室(そうだしつ)に連絡してぇ~。操舵室(そうだしつ)だよー」


 パチンと勢いをつけて蓋を閉めたファラが後ろを振り返ると、外から壁を突き破った巨大なクラーケンの足が部屋を横切って、向かいの壁を抜け外へと出ている光景が広がっている。


「よっと」


 クラーケンの足の下にある隙間を屈んで抜けると、舵を操縦するステアリングホイールやコンパスが並んでいるのが見える。

 後ろからファラについて行こうとしたワイキュルが、隙間が小さいため体が引っかかって顔だけ出し、悲しそうにきゅーきゅー鳴く。


「ヌクロンは大きいからここ通れないって。あっちで待ってて」


 ヌクロンは寂しそうにきゅーと小さくなくと頭を抜いて隙間から姿を消す。


 ヌクロンとのやり取りを終えたファラが振り返ると、そこには顔や体に包帯を巻かれた二人の男が床に寝ており、そのすぐ近くに腕と足に包帯を巻くヴァーグ船長の姿があった。ファラの姿を見るとヴァーグ船長は体を小刻みに震わせながら立ち上がろうとする。


「あんまり動かない方がいいと思うけどなぁ。詳しくは分からないけど、骨折れてるんじゃない?」


「くっ、お前たちなにをするつもりだ」


 喋ると痛むのか胸を押え額に汗をかきながらヴァーグ船長はファラをにらむ。


「なにって、船を起こすついでにクラーケンを引きはがすつもりなんだけど」


「船を起こすだと? 無理だ、船の操縦もできない女どもにそんなこと出来るわけないだろ」


「はいはい、どうせ操縦なんて出来ませんよーだ。出来ないからさっきから教えてって言ってるじゃん。それに出来ない、出来ないって言ってたら本当に出来ないだけで終わるし。どうせ出来ないんだったら、やってみるから手伝ってよ」


 ファラに言い返されにらむヴァーグ船長に、ファラが人差し指をぴっとさす。


「そんな卑屈になってても仕方ないと思うけどなぁ。私らの姫、聖女セシリア率いるチーム姫シクハックはね。おじいちゃん船長の常識を吹き飛ばすほど凄いんだから、賭けてみてよ私らにさ! ってことでご教授よろしくー」


 強引に話しを終わらせるファラに言い返せないヴァーグ船長は、口をもごもごさせながら悔しそうな表情を見せる。

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